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2009年01月 アーカイブ

2009年01月01日

劇場へ美術館へ
≪GOLDONI/2009年1月の鑑賞予定≫

演劇]
*1月22日(木)から2月4日(日)まで。     浜松町・自由劇場
劇団四季公演 『アルデールまたは聖女』
作:ジャン・アヌイ 訳:諏訪 正
演出:浅利 慶太
劇団四季HP http://www.shiki.gr.jp/

[歌舞伎]            
*3日(土)から27日(火)まで。         半蔵門・国立劇場
『初春歌舞伎公演』
「象引」「十返りの松」「誧競艶仲町」
出演:芝翫 団十郎 三津五郎ほか

*3日(土)から27日(火)まで。         東銀座・歌舞伎座
『壽初春大歌舞伎』昼の部               
「寿初春式三番叟」「俊寛」「十六夜清心」「鷺娘」
出演:吉右衛門 菊五郎 富十郎 幸四郎 玉三郎 
    梅玉 歌六 時蔵 芝雀 ほか

[音楽]
*8日(木)。              銀座・王子ホール
『ウィーン・リング・アンサンブル』
 ライナー・キュッヒル、エクハルト・ザイフェルト
 ハインリヒ・コル、ヴォルフガング・シュルツ
 ペーター・シュミードル ほか

*9日(金)。           横浜みなとみらいホール
『ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル』
演奏曲目:イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番ホ短調
     アイヴス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 第4番
     ブラームス:ハンガリー舞曲集

*15日(木)。              銀座・王子ホール
『庄司紗矢香 ヴァイオリン・リサイタル』
演奏曲目:シューベルト:ソナチネ第3番ト短調
     ブロッホ:ヴァイオリン・ソナタ第1番
     メシアン:主題と変奏
     ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調

[展覧会]
*18日(日)まで。       京橋・ブリヂストン美術館
『都市の表象と心象―近代画家・版画家たちが描いたパリ』

*18日(日)まで。       新橋・汐留ミュージアム
『アーツ・アンド・クラフツ≪イギリス・アメリカ≫』
 ―ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで―

*26日(月)まで。       六本木・サントリー美術館
『japan蒔絵―宮殿を飾る 東洋の燦めき―』

*2月15日(日)まで。       上野毛・五島美術館
『茶道具取合せ展』

2009年01月05日

推奨の本
≪GOLDONI/2009年1月≫

『日本の私塾』 奈良本辰也編
 淡交社 1969年

    
 学問が専門化していって、その相互の関連がなく、ただいたずらに細分された労作が積み重ねられてゆくのみなのである。総合大学という呼び方は、いったい何のためにあるのであろうか。もちろん、総合研究というものも行われている。多くの人びとが集まって、意見を出し合いながらやってゆこうというのだが、あまりにも細分化され、専門化された研究には、単なる意見の交換はあっても、それを基礎にして、新しい体系をつくりあげようとする創造の芽が育たないのである。
 「専門バカ」という言葉が聞かれる。たしかに、戦後の大学は、この「専門バカ」をつくり過ぎたようだ。新制大学としての急激なふくらみは、戦前の中等学校以上の新しい大学をつくりだし、そこに採用される先生とか教授とかいわれる者の数を史上空前のものにした。そして、それらがすべて、論文の数によって認定されたのである。専門的な論文がいくつかあればそれで資格ができるのである。
 探究の末にたどりついたというような論文ではなく、ただ、その大学教授の資格をとるための研究に人びとの頭が向いてしまったのも当然であろう。もちろん、自分の魂を痛めつけて、その苦悶の末に考えだしたというような労作があらわれるはずもない。要するに、専門的な労作がいくつかあればそれでよいのである。 
 かくして、学問とか研究と称されるのものが、人間や思想というものから著しくかけ離れてしまったのである。そこに、大量の学生が投入されてきた。彼らは、激烈なる入学試験の結果、そこに迎え入れられたのであるが、その試験の結果に、いや大学をめざしての悪戦苦闘の結果に、満足すべきものをそこで見いだしたであろうか。
 (略)私は、今日の大学は改革されなければならないと思っている。それは情報産業の時代にふさわしい大学である。つまり、それは大学の巨大化をさらに進めることによって、それを電波によるか通信によるか、何らかの形で全社会のものにするのである。それが行なうカリキュラムの編成は、永井道雄などが言っているような大学公社というものがしたらよいであろう。もちろん、資格の認定も大学公社の責任である。
 そして、いま一つの方向は、私塾なのである。私塾とは、あの大学が原の位置に復帰して、今日の状態にふさわしい姿で再出発するということである。元来、ユニバーシティ(大学)なるものは、ヨーロッパで十二世紀ころに始まったもので、ボローニャやパリなどの有名無名の学者が、工匠のギルドに似せてつくったものといわれている。(略)そこには教える者と教えられる者と人間的な信頼があり、精神的な紐帯があった。私は、教育というものは、そうした関係のなかから生まれ出てくるものであると思っている。人間の才能を平均化し、ローラーで押しならしてゆくような教育環境に本当の教育があるはずがないのである。そこにつくりだされるのは単なる大学卒という人間の商品化でしかない。
 ところで、わが国における私塾であるが、これは一方において、幕府教学の総本山ともいうべき昌平黌と、それにつらなる各藩の藩校との対立物として生まれたものである。(略)ここでは、教える者と教わる者との呼吸が一つになっていたのである。それは人間的なつながりにおいて成り立っていた。だから、そこでは「三尺離れて師の影を踏まず」というような師弟の関係をはなれてかなり自由な討論もなされたようである。山崎闇斎はその塾生たちを前にして、「もしも孔子が大将となり、孟子が副将として、わが日本の国を攻めてきたときはどうするか」というような問いを発したと言われている。このような、大胆不敵の問いが投げかけられるというのも、その私塾の比較的自由な雰囲気がこれをなさしめたのであろう。
 そして、中江藤樹が熊沢蕃山に対してしたように、その入塾が簡単にいかなかったこともある。蕃山は、その軒下にすわり込んで動かず、ついに藤樹の許しを得た。そしてここに学ぶ数年間の苦労は、なみたいていのものではなかったという。もちろん、これは藤樹がそれを蕃山に命じたのではない。蕃山自身が選んだ道であった。
 このような形においてある以上、私塾は、その学者の数ほどあったといってもよかろう。しかし、その私塾がすぐれた人物を生みだすためには、そこにすぐれた学者がおり、またすぐれた指導理念のようなものがなければならなかったのである。
(はじめに〈奈良本辰也執筆〉より)

2009年01月27日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十四)    ≪舞台芸術環境を悪化させる「新聞社制定賞」について≫

 「新国立劇場では、次期芸術監督の尾高忠明自身が納得いかぬままという不可解な交代劇。インテンダント(総裁)不在のまま官僚主導で動くという、歌劇場として世界的にも極めて特殊な運営形態が招いた事態」、「健康上の理由もあり、今期限りで退任する若杉弘は、日本のオペラの幕開けともいえる山田耕筰の「黒船」と、戦争の不条理を徹底して描くツィンマーマンの「軍人たち」を名舞台へと導き、強いメッセージを日本の観客に示してみせた。次期監督の尾高は、音楽界全体での人脈や、人心掌握の力を買われての起用。彼らを始め、音楽の世界に生きる人々への敬意こそを礎にした劇場へと、同劇場は来年こそ生まれ変わってほしい。」
 以上は、旧臘17日の朝日新聞(朝刊)に掲載された「回顧2008クラシック」の、新国立劇場についての言及の抜粋である。
 執筆した音楽担当記者の「劇場の再生」の願いは、もっぱら「歌劇場」としてのものだろう。このブログ『提言と諫言』で五年に亘って新国立劇場について取り上げているのも、この新国立劇場の再生についての祈りのようなものがあるからだ。それは現状の、「オペラ」も「演劇」も「バレエ」も「ダンス」もと、弁えも節操もなく何でも上演する、馬鹿に図体の大きなあっぱれな「多目的文化ホール」と化した「文化施設」への祈りではない。この国の行政が最も得意とする「満遍なく公平に」の不思議なバランス感覚と、キャリア官僚の天下り先、或いはノンキャリア組の再就職先を確保しようという思惑或いは強い意思が何よりも優先されて誕生した「舞台芸術の殿堂」は、ただ願ってもただ祈っても再生するというものではない。それは、心ある者の、その立場、能力に従っての行動によって、はじめて再生に向かうのだろう。では、新国立劇場の再生を願う朝日新聞の「回顧」執筆音楽記者に出来ることは何か。それは、自社が制定する「朝日舞台芸術賞」の廃止を働き掛けることである。なぜか。
 朝日新聞、読売新聞は、演劇担当記者、また記者OBを含む演劇評論家、演劇ライターなどを自社制定賞の推薦・選考委員に起用、新聞社自体は選考対象の演劇公演のチケットの手配もぜず、上演団体に彼らに代わってでもチケット代を支払うことで演劇を支援するという意識も持ち合わせず、反対に彼らの無償観劇(只見)に便乗、それを当然視すらして、彼らをしてチケット強要の常習者にしている。演劇関連団体、上演団体、劇場の側にも、表現者としての矜持など端から怪しく、観察・批評者としての彼らと、緊張した、一線を画すような姿勢を保持することなど思いもつかず、彼らと懇ろになることで、文化庁や地方行政団体による補助金(税金)にありつこう、権威があるとも思えない新聞社制定賞でも貰えるものなら貰っておこうとの卑しさ募って、彼らを組織の役員・アドバイザーなどに起用するなどの迎合・癒着を恒常化させている。この新聞劇評家、新聞記者OBの幾たりかは業界ボス化しているといわれる昨今の風潮は、この朝日新聞、読売新聞の制定賞が作り上げたものと言ってもよい。文部科学省が取り扱う「芸術文化」とりわけ「舞台芸術」への助成策は、以前に関西芸術文化協会によるオペラ制作に於ける助成金の不正処理、不正受給についての新聞報道で初めて一般に知られたが、それは業界では「氷山の一角」とも言われたほど、助成金被交付団体の不正受給は恒常化している。一億三千万人を対象に一人当たり一万二千円程度の「定額給付金」に、「税金のばらまき」「効果が薄い」と批判する朝日、読売が、たかが数百か数千の舞台芸術関係者を対象に、芸術支援というよりは彼らの生活援助に化け、一人当たり数百万円にもなる、それも不正受給が恒常化しているばらまき文化施策に、全く関心を寄せないのはなぜだろう。それは、文化担当の新聞記者が、業界関係者になってしまったからであり、新聞社自体が、その制定賞を設けていることで、業界と距離を置けなくなっているからである。(余談だが、以前にも書いたが、当時の読売編集局幹部たちに、「読売演劇大賞を続けるならば、せめて選考委員のチケット代を自社で負担するくらいの配慮をすべきだろう」と助言したが、只見只食い只呑みの日常にいる彼らには、「自腹を切る」ことの意味など伝わらなかったのだろう。)
 十数年前のことだが、文化庁による助成金制度「アーツプラン」の説明会の折、日本劇団協議会の常務理事のひとりが「向こう(文化庁)が金を呉れると言うんだから、貰っておこうじゃないか」と発言、壇上にいた今は亡き千田是也会長始め同席した演劇関係者の誰ひとり、その発言者を批判し、あるいは制することなく、かえって同調の空気すらが広がっていて、多勢に無勢、席が離れてもいたので、その常務理事を叱責することは出来なかった。税金によって自分たちの活動が支援されることについての感謝の念、謙虚な姿勢が無く、「向こうが呉れると言うから貰っておこう」との卑しい姿勢が、不正受給にも繋がっている。その姿勢を土台にした制作作品を、演出家を、俳優を顕彰しようとの新聞社制定賞は、「向こう(新聞社)が呉れると言うんだから、貰っておこうじゃないか」程度の、有難味の薄い、業界内向けの筋の悪い賞である。
 心ある朝日新聞音楽担当記者に、「朝日舞台芸術賞」の廃止の働きかけを勧める所以である。