ひと場面・ひと台詞
≪―5月の舞台から―『解ってたまるか!』≫
そこへ明石が戸口に現れる。村木、ライフルを構へる。
明石 待つて下さい。先生、村木先生。中央の明石助三郎、後生一生のお願ひがあつて参上致しました!
村木 何だ、言へ!
明石 申上げます、その前に銃を降して下さい!
村木 助さんよ、興奮するな、俺は冷静だ、狙つてゐるのはお前さんの膝小僧だ、安心しろ、撃つた處で命に別條は無い。
明石 でも、撃たないで下さい…、へへへ、膝も身の内でして…。
村木 黙れ、俺には冗談さへ言つてゐれば機嫌が良いと思つたら大間違ひだぞ、俺は斑氣だからな…、さ、願ひの筋を言へ!
明石 では、率直に申上げます…、先刻、一般記者會見の席上では默つてをりましたが、吾が中央新聞は、御承知の様に、東大名譽教授大口叩先生が知識階級の讀むべき日本最高の新聞として全國の學生に推奬した最も進歩的な新聞でありまして、社會の進歩と改善の爲、少數の優れた頭腦に訴へる様、常々紙面の構成に絶大の注意を拂つてをり、發行部數も優に五百萬を越えるほど大衆の支持があり…。
結城 それは矛盾してゐるではありませんか、少數の知識階級の爲の新聞が多數の大衆から支持されるなどといふ、そんな馬鹿な…。
村木 口出しするな、ユダ…、今、助さんの言つた事は少しも矛盾はしてゐない、大衆には知識階級の模倣をしようといふ心理が絶えず働いてゐる…、手取り早く言へば、自分が知識階級であると思はれたいといふ欲望を内に潜めてゐるのが大衆であり、またさういふ欲望を持つた大衆を知識階級と呼ぶのだ…、ユダ、お前さんは能く矛盾、矛盾と言ふが、矛盾こそ人間存在の原理そのものなのだ、矛盾が厭なら人間を廢業するしか無い、解つたな…、で、助さん、新聞週間みたいなPRはそれ位にして、肝腎の用件を聽かせて貰はうか。
明石 は、實はさういふ他紙とは各段の差を持つた權威ある吾が中央新聞を通じて、全學連と文化人グループとの代表が私に村木先生との會見を求めて來てをりますので…。
村木 ブンカジン…、何だ、それは?
明石 文化人ですよ、進歩的な…。
村木 だから、何だと言つてゐるのだ、そのブンカジンといふのは…、日本人か?
明石 これは驚きましたな…、文化人とは…、文は文福茶釜の文、化は化物の化け、人非人の人ですよ、謂はば現代日本人の知的指導者、オピニオン・リーダーです。
『解つてたまるか! 億萬長者夫人』福田恆存著 昭和43(1968)年 新潮社刊より
劇団四季公演『解ってたまるか!』 作・福田恆存 演出・浅利慶太
詳細:劇団四季HP http://www.shiki.gr.jp/
平成19(2007)年5月22日~6月21日 浜松町・自由劇場
配役:村木明男(ライフル魔)=加藤 敬二
初演 昭和43(1968)年6月 日比谷・日生劇場
劇団四季公演
配役:村木明男(ライフル魔)=日下 武史