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ひと場面・ひと台詞
≪―12、1月の舞台から―『鹿鳴館』 作・三島由紀夫≫

清原  しかしですよ。あなたが政治がおきらひだと言ふことはきこえてゐる。惡い政治や惡い外交の渦中にゐて、さうお思ひなのは尤もだ。だが、マリア・ルーズ號事件をご承知でせう。明治五年の日本には、ああいふ立派な自主的外交もあつたのですよ。痛快な正義漢の大江のやうな人物もゐたのですよ。當時の副島外務卿も偉い人物だつたし、法律顧問のアメリカ人のぺシャイン・スミスも、自主的外交のいい協力者でした。何もかも薩長の藩閥政府になつてからだめになつたのです。かつてパークス公使の恫喝に屈してゐた時代に逆戻りをしたのです。今鹿鳴館に招かれてゐる外國人のうちで、誰が政府の期待するやうに、文明開化の日本を見直して尊敬してゐると思ひます。彼らはみんな腹の中で笑つてゐるのです。あざ笑つてをるのです。貴婦人方を藝妓同様に思ひ、あのダンスを猿の踊りだと見てゐます。政府の大官や貴婦人方のお追従笑ひは、條約改正どころか、かれらの輕侮の念を強めてゐるだけだ。よろしいか、朝子さん。私は外國を廻つて知つてをるが、外國人は自尊心を持つた人間、自尊心を持つ國民でなければ、決して尊敬しません。壯士の亂入は莫迦げたことかもしれん、しかし私はそれで政府に冷水を浴びせ、外國人に膽の据つた日本人もゐるぞといふところを見せてやれば、それで満足なのだ。抜身をふりまわすからと云つて、お客にかすり傷一つ負はせてはならんと命じてある。若い者たちは剣舞の一つも踊つて、威勢よく引揚げるでせう。それだけの話だ。……私はそれ以上のことは望まない。世間では私のことを人殺しの親分のやうに云うてをるが、根も葉もない噂にすぎん。これだけのことをして私が殺されるなら、犬死にはちがひないが、あとにはつぎつぎと私の素志を継ぐものが出るでせう。……おわかりですね。私は若いころから、自分の屈辱にも、人の進んで演じてゐる屈辱的行為にも我慢のならない人間なのです。   (第二幕)


影山  だから私は言ふのだ。骨肉の情愛といふものは、一度その道を曲げられると、おそろしい憎惡に變 つてしまふ。理解の通はぬ親子の間柄、兄弟の間柄は他人よりも遠くなる。私は久雄の父親に對する憎惡がよくわかる。實によくわかる。政治とは他人の憎惡を理解する能力なんだよ。この世を動かしてゐる百千百萬の憎惡の歯車を利用して、そこで世間を動かすことなんだよ。愛情なんぞに比べれば、憎惡のはうがずつと力強く人間を動かしてゐるんだからね。……いはばまあ、そうだ、その菊をごらん。たわわに黄いろの花瓣を重ねて、微風に揺られてゐる。これが庭師の丹精と愛情で出来上つたものだと思ふかね。さう思ふなら、お前は政治家にはなれんのだ。政治家ならこの菊の花をこんなふうに理解する。こいつは庭師の憎惡が花ひらいたものなんだ。乏しい給金に對する庭師の不満、ひいては主人の私に對する憎惡、さういふ御本人にも氣づかれない憎惡が、一念凝つてこの見事な菊に移されて咲いたわけさ。花作りといふものにはみんな復讐の匂ひがする。繪描きとか文士とか、藝術といふものはみんなさうだ。ごく力の弱いものの憎惡が育てた大輪の菊なのさ。 (第二幕) 


影山   やれやれ、又ダンスがはじまつた。
朝子   息子の喪中に母親がワルツを踊るのでございますね。
影山   さうだ。微笑んで。
朝子   いつはりの微笑みも、今日限りと思ふと樂にできますわ。(泣きながら)樂にできますわ。どんな嘘いつはりも、もうすぐそこでおしまひだと思ふと。
影山   もうぢき王妃殿下方がお見えになる。
朝子   氣持よくお迎へいたしませうね。
影山   ごらん。好い歳をした連中が、腹の中では莫迦々々しさを噛みしめながら、だんだん踊つてこちらにやつて來る。鹿鳴館。かういふ欺瞞が日本人をだんだん賢くして行くんだからな。
朝子   一寸の我慢でございますね。いつはりの微笑も、いつはりの夜會も、そんなに永つづきはいたしません。
影山   隠すのだ。たぶらかすのだ。外國人たちを、世界中を。
朝子   世界にもこんないつはりの、恥知らずのワルツはありますまい。
影山   だが私は一生こいつを踊りつづけるつもりだよ。
―後略―
(第四幕)

『三島由紀夫全集』第二十一巻 昭和49(1974)年 新潮社刊

劇団四季公演『鹿鳴館』 作・三島由紀夫 演出・浅利慶太
    平成18(2006)年12月から19年1月 浜松町・自由劇場 
 影山悠敏伯爵=日下武史
 同夫人朝子=  野村玲子
 清原永之輔= 石丸幹二 

初演 昭和31(1956)年11月 丸の内・第一生命ホール
    劇団文学座公演