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「新国立劇場の開館十年」を考える アーカイブ

2009年01月27日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十四)    ≪舞台芸術環境を悪化させる「新聞社制定賞」について≫

 「新国立劇場では、次期芸術監督の尾高忠明自身が納得いかぬままという不可解な交代劇。インテンダント(総裁)不在のまま官僚主導で動くという、歌劇場として世界的にも極めて特殊な運営形態が招いた事態」、「健康上の理由もあり、今期限りで退任する若杉弘は、日本のオペラの幕開けともいえる山田耕筰の「黒船」と、戦争の不条理を徹底して描くツィンマーマンの「軍人たち」を名舞台へと導き、強いメッセージを日本の観客に示してみせた。次期監督の尾高は、音楽界全体での人脈や、人心掌握の力を買われての起用。彼らを始め、音楽の世界に生きる人々への敬意こそを礎にした劇場へと、同劇場は来年こそ生まれ変わってほしい。」
 以上は、旧臘17日の朝日新聞(朝刊)に掲載された「回顧2008クラシック」の、新国立劇場についての言及の抜粋である。
 執筆した音楽担当記者の「劇場の再生」の願いは、もっぱら「歌劇場」としてのものだろう。このブログ『提言と諫言』で五年に亘って新国立劇場について取り上げているのも、この新国立劇場の再生についての祈りのようなものがあるからだ。それは現状の、「オペラ」も「演劇」も「バレエ」も「ダンス」もと、弁えも節操もなく何でも上演する、馬鹿に図体の大きなあっぱれな「多目的文化ホール」と化した「文化施設」への祈りではない。この国の行政が最も得意とする「満遍なく公平に」の不思議なバランス感覚と、キャリア官僚の天下り先、或いはノンキャリア組の再就職先を確保しようという思惑或いは強い意思が何よりも優先されて誕生した「舞台芸術の殿堂」は、ただ願ってもただ祈っても再生するというものではない。それは、心ある者の、その立場、能力に従っての行動によって、はじめて再生に向かうのだろう。では、新国立劇場の再生を願う朝日新聞の「回顧」執筆音楽記者に出来ることは何か。それは、自社が制定する「朝日舞台芸術賞」の廃止を働き掛けることである。なぜか。
 朝日新聞、読売新聞は、演劇担当記者、また記者OBを含む演劇評論家、演劇ライターなどを自社制定賞の推薦・選考委員に起用、新聞社自体は選考対象の演劇公演のチケットの手配もぜず、上演団体に彼らに代わってでもチケット代を支払うことで演劇を支援するという意識も持ち合わせず、反対に彼らの無償観劇(只見)に便乗、それを当然視すらして、彼らをしてチケット強要の常習者にしている。演劇関連団体、上演団体、劇場の側にも、表現者としての矜持など端から怪しく、観察・批評者としての彼らと、緊張した、一線を画すような姿勢を保持することなど思いもつかず、彼らと懇ろになることで、文化庁や地方行政団体による補助金(税金)にありつこう、権威があるとも思えない新聞社制定賞でも貰えるものなら貰っておこうとの卑しさ募って、彼らを組織の役員・アドバイザーなどに起用するなどの迎合・癒着を恒常化させている。この新聞劇評家、新聞記者OBの幾たりかは業界ボス化しているといわれる昨今の風潮は、この朝日新聞、読売新聞の制定賞が作り上げたものと言ってもよい。文部科学省が取り扱う「芸術文化」とりわけ「舞台芸術」への助成策は、以前に関西芸術文化協会によるオペラ制作に於ける助成金の不正処理、不正受給についての新聞報道で初めて一般に知られたが、それは業界では「氷山の一角」とも言われたほど、助成金被交付団体の不正受給は恒常化している。一億三千万人を対象に一人当たり一万二千円程度の「定額給付金」に、「税金のばらまき」「効果が薄い」と批判する朝日、読売が、たかが数百か数千の舞台芸術関係者を対象に、芸術支援というよりは彼らの生活援助に化け、一人当たり数百万円にもなる、それも不正受給が恒常化しているばらまき文化施策に、全く関心を寄せないのはなぜだろう。それは、文化担当の新聞記者が、業界関係者になってしまったからであり、新聞社自体が、その制定賞を設けていることで、業界と距離を置けなくなっているからである。(余談だが、以前にも書いたが、当時の読売編集局幹部たちに、「読売演劇大賞を続けるならば、せめて選考委員のチケット代を自社で負担するくらいの配慮をすべきだろう」と助言したが、只見只食い只呑みの日常にいる彼らには、「自腹を切る」ことの意味など伝わらなかったのだろう。)
 十数年前のことだが、文化庁による助成金制度「アーツプラン」の説明会の折、日本劇団協議会の常務理事のひとりが「向こう(文化庁)が金を呉れると言うんだから、貰っておこうじゃないか」と発言、壇上にいた今は亡き千田是也会長始め同席した演劇関係者の誰ひとり、その発言者を批判し、あるいは制することなく、かえって同調の空気すらが広がっていて、多勢に無勢、席が離れてもいたので、その常務理事を叱責することは出来なかった。税金によって自分たちの活動が支援されることについての感謝の念、謙虚な姿勢が無く、「向こうが呉れると言うから貰っておこう」との卑しい姿勢が、不正受給にも繋がっている。その姿勢を土台にした制作作品を、演出家を、俳優を顕彰しようとの新聞社制定賞は、「向こう(新聞社)が呉れると言うんだから、貰っておこうじゃないか」程度の、有難味の薄い、業界内向けの筋の悪い賞である。
 心ある朝日新聞音楽担当記者に、「朝日舞台芸術賞」の廃止の働きかけを勧める所以である。

2008年12月22日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十三) ≪遠山理事長の「反攻」について(二)≫

 新聞各紙の新国立劇場への過剰な配慮を疑う
 十日ほど前からの新聞各紙には、年末恒例、文化・芸能(論壇、文芸、美術、音楽、映画、演劇など)の一年回顧の記事が出ている。その一年に起きた事件・出来事に、その年の特異特徴的な共通項を見出し、象徴的な言葉で表そうとのご苦労は察するに余りあるが、マンネリで知恵もない編集企画、そんな「演劇回顧」記事と付き合うのも苦労ではある。 
 前回の『提言と諫言』「新国立劇場の開館十年を考える」(三十二回)で取り上げた日本経済新聞だが、12月11日に掲載された「回顧2008演劇」の書き出しには、「日本社会の行き詰まり感を映すかのように、海外との共同作業の中からすぐれた舞台が生まれる傾向が強まっている。」とある。当方には、「海外との共同作業」から優れた舞台が多く生まれることと、これが「日本社会の行き詰まり感」とがどう繋がるのかが皆目判らない。新国立劇場制作の日韓合同公演を最初に取り上げているが、そこには、「二人の韓国人俳優の力強い演技に日本人俳優が引っ張られる形で、舞台には熱気が渦巻いていた。」とある。後でも触れるが、朝日新聞の10日朝刊に掲載された演劇回顧でも「韓国人俳優の圧倒的な演技力が光った」、「この作品をはじめ、国際共同制作に収穫が多かった。」とあった。多くの批評家や演劇関係者からも、日韓の俳優の演技レヴェルの差を痛感させられたと聞いていたが、日本経済新聞も、朝日新聞もだが、それこそ「日本人俳優の養成、再教育の必要性を強く感じた。」などと書いて欲しいところであるが、ないものねだりかもしれない。
 日本経済新聞の「回顧」に戻るが、「若手劇作家の新作を経験豊富な演出家が手がける新国立劇場の「シリーズ・同時代」は面白い試みだった。」とし、「若手劇団の公演に足を運ぶことの少ない観客が作品に触れる貴重な機会となった。」と書いていたが、これは「面白い試み」で、「貴重な機会」を提供した劇場の企画力を評価してのことだろう。
 1200字程度の決して大きいとは言えない記事で、新国立劇場制作の作品について、その四分の一を費やすほどの高い評価は、さすがに同紙の経営諮問委員会委員経験があり、電通の監査役を務め、経営最高幹部はもとより、編集委員、担当記者とも懇意と言われる新国立劇場の遠山敦子理事長に配慮し過ぎてのものとは即断できないが、外部での新作演出依頼の殆んどを断り、劇場での上演企画立案に努め、「面白い試み」で、「貴重な機会」を提供した当の芸術監督の演出家・鵜山仁について、「鵜山仁芸術監督の企画力が光った。」くらいの16字程度の極小コメントがあっても良かったが、記事には鵜山の鵜の字も出してこない。そして肝心なところだが、この日本経済新聞の「回顧」だけはどうしたことか、6月から9月頃までは大きな騒ぎともなっていた新国立劇場の運営、芸術監督選考問題には一切触れていないところが不自然であり、奇妙である。同劇場を巡る夏の騒動を日本経済新聞の多くの読者は知っているはずだが、そのことに触れない回顧記事に疑問を持つのではないだろうか。
 この点について、他紙の「回顧」ではどう書いているか。
 遠山理事長が社を代表する主筆に直接にか連絡が取れるほどに親しい付き合いの読売新聞は、「新国立劇場が2010年からの新芸術監督として、演出家の宮田慶子を選んだと発表。しかし、昨年就任したばかりの鵜山(うやま)仁・現芸術監督の交代が任期1年目のシーズン途中で決められたことに対し、演劇関係者が抗議声明を出す騒ぎとなった。3年という任期の短さや芸術監督のあり方について課題を残した。」とこの問題に触れている。ただ、この「3年という任期の短さや芸術監督(制度)のあり方について」こそは、演劇関係者から抗議声明を出された当の遠山理事長の主張でもあり、それを意識的にか無意識にか課題だとする記者の視線は、不自然すぎるほど同劇場に限りなく好意的だ。この姿勢は、政治部や社会部の行政改革や天下り問題への追及が他紙と比べても特段に鋭いと評判の読売新聞とは思い難いものだが、朝日新聞の「舞台芸術賞」に先行して「読売演劇大賞」 (「朝日、読売両紙が制定した舞台芸術褒賞制度については、以下のブログをご笑読戴きたい。『朝日』は 「制定賞廃止」で見識を示せ 06年02月09日  『朝日』は「制定賞廃止」で見識を示せ(続) 06年02月12日  「新国立劇場の開館十年」を考える(七)≪無償観劇を強要する演劇批評家、客席で観劇する劇場幹部≫ 08年01月01日 )を制定した読売新聞文化部、新国立劇場に上演作品の受賞を辞退されては敵わない、という懸念からでもないだろう。編集局本流の政治部社会部と同調、天下り批判の視点や意識を持っていれば、五十億円の国税が投入され、上部団体同様に文部(科学)省の官僚の天下り人事が繰り返され、またその運営能力の低さに批判が集まる新国立劇場を取材対象にカバーしている文化部はその流れに即した大きな記事を物し、社会に大きな警鐘を鳴らすことが出来るはずだ。愚劣な「芸能ネタ」、演劇を含む脆弱な「文化」を取り上げるのが文化芸能面と、文化部幹部や当の記者たちが思い込んでいるのであれば、それはどだい無理な注文だろう。
 次は朝日新聞の「回顧2008演劇」である。
 ここでも、日本経済新聞の「回顧」と同様に、「国際共同制作に収穫が多かった。」とあることは先に触れたが、「新作公演が相次いだ今年の演劇界は盛況だったかに見えた。しかし既視感のある物語や出演者の知名度に頼る作り手と、予定調和的な笑いや感動を求める観客による、微温的で閉塞した作品も目についた。」と記しているところは評価したい。新国立劇場についての言及は、「新国立劇場では鵜山仁芸術監督が10年に1期3年で退く人事をめぐり、選考手続きの不透明さが批判を浴びた。劇場執行部の統治・運営能力に疑問符がついた形だ。」の80字。遠山理事長批判の急先鋒とみられた勢い今何処、経営幹部と理事長との「手打ち」が噂され、敗退したはずの朝日新聞、「疑問符」を付けた記者氏に、経営幹部或いは遠山理事長得意のクレームが届いているのではと案じている。ちなみに、12月17日の朝日新聞朝刊に掲載された「回顧2008クラシック」には、「新国立劇場では、次期芸術監督の尾高忠明自身が納得いかぬままという不可解な交代劇。インテンダント(総裁)不在のまま官僚主導で動くという、歌劇場として世界的にも極めて特殊な運営形態が招いた事態だ。」とあり、新国立劇場の運営については音楽担当記者の方が、厳しい評価を下している。新国立劇場のこの先のあり方を心配する人々からは、演劇制作は止めて貸し出しだけにして、オペラとバレエ・ダンスだけを制作するオペラ劇場になるべきだとの、些か先走っているような声も上がる新国立劇場、オペラ劇場としての運営も酷いものであることが、「回顧2008クラシック」の記事からも充分に窺える。
 そして、「回顧」は続く。「音楽の世界に生きる人々への敬意こそを礎にした劇場へと、同劇場は来年こそ生まれ変わってほしい。」と。
 朝日新聞に限らず演劇の担当記者に、この劇場の危うさが見えないのだろうか。それとも充分に理解していながら、筆を曲げて、当たり障りなく書いているのだろうか。であるとしたら、何かの理由があるのだろう。劇場最高責任者が自社最高幹部と親しい、同様に劇場最高責任者が監査役を務めている広告代理店への配慮、自社が演劇賞を設けている、劇場制作の演劇公演を名義的であれ主催している、記者自身が公演チケット代を含む便宜供与を受けている、などの事情があるのだろうか。 
 新聞社、とりわけて演劇担当記者の、取材対象への過剰な配慮を疑う所以である。

2008年12月16日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十二) ≪遠山理事長の「反攻」について(一)≫

  前回(『提言と諫言』「新国立劇場の開館十年を考える」三十一回)、体調を崩して2カ月ほど執筆しなかったことを書いたが、このブログ、とりわけて「新国立劇場…」の拙なくそれもやたらと長く、決して愉快な内容ではない文章を、熱心にお読み下さる方々、それも大概が年長の方々からの御見舞を毎日のように頂戴している。中にはわざわざお出掛け戴き、激励と執筆の督促を下さる方々もあり、その心遣いには恐縮しながらも、病人を叱咤することは慈悲深いのか、無慈悲なのかと考えあぐねているが、「新聞記者には書けないことを厳しく書け」との思召しと諦めて、しばらくは書いていこうと思う。
 そんな二週間の間には、同様に「現役の論説委員が社説で批判を加え、記者OBも「声明」に名を連ねたほどこの問題と深く関わり、主導したかに見えた朝日新聞を始めとする新聞メディアが、今では全く何事もなかったようにおとなしくなった」と書いたことについて、「朝日は本当に手打ちをしたのか」との問い合わせ、というよりも詰問を幾つか受けもした。「手打ち」というものは、本来がその当事者にしか判らないもので、当方としても、そういうものが行われたと疑われても仕方がないような静観或いは尻尾を捲いて引き下がった姿勢を感じ、それ故にそう表現したのであり、遠山敦子理事長や朝日の経営幹部の証言を得ての発言ではない。ただ、自ら「手打ち」をしたと、何のつもりでか外部に漏らす当事者が全くいないとは言い切れない。新聞メディアが新国立劇場の芸術監督問題について書かなくなった裏に、「手打ち」があったか無かったかは判らない。
 遠山氏が自分にも向けられている批判に手心を加えて貰うべく、読売新聞の渡辺恒雄主筆に接触したとの噂を耳にしたが、その真偽は定かではない。また、日本経済新聞の文化面の記事が概ね新国立劇場側の主張に好意的である(同紙は山崎正和氏の談話を載せたが(「公的芸術監督の役割 劇作家・山崎正和氏に聞く」 日本経済新聞8月19日夕刊 08年08月25日)、そこには、氏が新国立劇場理事、芸術監督選考委員であることに、本人も解説記事をものする編集委員も全く触れておらず、氏の肩書表記にも「劇作家」となっている。同劇場の当事者のひとりに、客観的な意見、というよりも鵜山芸術監督批判を語らせる姿勢は些か異常である。)と度々聞くが、その理由として遠山氏が同社の経営諮問委員会の委員を務めているからだ、との情報も耳にした。新国立劇場執行部が火消しのつもりか反攻のつもりでかは判らぬが、この山崎正和氏の談話記事を劇場のホームページに転載、会報誌送付の折に別刷りにして同封するなどで利用していたが、この火消しか反攻の工作に、山崎氏のみならず、日本経済新聞も協力したことは確かである。
 遠山氏が電通の社外監査役を務めていることは既に書いたが(官僚批判喧しい最中、電通の社外監査役に就任する天下り劇場理事長 08年6月19日)、新国立劇場は少額小口とは言え、新聞各紙に広告を出稿している広告主の立場である。広告主の代表者を広告代理店が社外監査役に選ぶことに些か疑問があるが、電通の規定などを調べていないのでこれ以上は触れない。広告代理店の役員が、民間の報道機関の常勤或いは非常勤の取締役・監査役を務めることはあるだろうが、氏名も公表されない形の経営諮問委員会の委員を務めているとすれば、如何なものだろうか。電通の規定に則したものであろうか。
 広告主の代表者、或いは広告業最大手の電通の監査役である遠山氏は、新聞社の経営幹部に接触することに慎重であるべきだろう。以前に『週刊新潮』の取材を受け、自らの姿勢について「何らルールに反したことはしていない」と語った遠山氏だが、新国立劇場の理事長職に専念せず、数十の肩書ホルダーであることを批判すれば、「望んで肩書を増やしているのではない。私が有能有益だから向こうから頼んでくるんだ」と仰りそうだ。
 分を弁えること、けじめを持つこと、誠実であることが、何物にも優先されると、幼少の頃に親や師匠に教わったものだが、齢七十の元国務大臣閣下、親に「ルールに反さなければ何をしてもいい」とでも教わったのだろうか。

2008年12月02日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十一)≪三十回までの総目次≫

第1回<「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長>から 
第30回<次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」朝日新聞7月9日朝刊>まで。

 このブログ『提言と諫言』では、昨07年の12月3日から今年の9月24日まで、「新国立劇場の開館十年を考える」を書いてきた。その後、9月末から体調を崩したことで、新国立劇場についての検証作業、作品チェックを二か月ほど出来ずに過ごしてきた。その間に、新国立劇場と「声明」に名を連ねた演劇関係者、あるいはメディアとが、どういう「手打ち」をしたのかは不明だが、いつもながらの「腰砕け」、国の補助金がなければ作品を作れず、また演劇関係者たり得ない「補助金中毒患者」と化して久しい大多数の演劇人は無論のことだが、現役の論説委員が社説で批判を加え、記者OBも「声明」に名を連ねたほどこの問題と深く関わり、主導したかに見えた朝日新聞を始めとする新聞メディアが、今では全く何事もなかったようにおとなしくなった。この二か月の当方の沈黙を訝った演劇界のある長老からは、「新国立劇場執行部(文化庁)と話でもついたからか」と、何ともあからさまで、また過分の評価(?)を戴いたばかりだが、幸か不幸かそんなことはない。
 本復したとは言い難い体調ではあるが、もうしばらくはこの問題を考えていこうと思っている。今回は30回までの総目次を作った。ご笑読戴きたい。

第1回  < 「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長>07年12月3日

第2回  「役所体質から劇場組織への転換が急務」と語る若杉芸術監督07年12月4日

第3回  明暦・寛文期のインテンダント・村山又兵衛に学ぶ07年12月6日

第4回  六十歳で勇退したバイエルン歌劇場総裁07年12月9日

第5回  本物が退散し、偽物が蝟集する『綻びの劇場』07年12月12日

第6回  国立劇場の理事だった大佛次郎の苦言07年12月21日

第7回  無償観劇を強要する演劇批評家、客席で観劇する劇場幹部08年1月1日

第8回  劇場のトップマネジメントは及第か(上)08年1月9日
     ―税金で賄われる「民間の財団」という不思議な劇場

第9回  劇場のトップマネジメントは及第か(中)08年1月17日
     ―芸術監督は「ギャラの高いアルバイト」で良いのか

第10回  NHK副会長を引責辞任した新国立劇場の評議員08年1月26日

第11回  就任会見で「専念しない」と発言、朝日新聞に「無自覚」と批判されたNHK会長も兼ねる新国立劇場の理事職08年2月5日 

第12回  劇場のトップマネジメントは及第か(下)08年2月7日
     ―専念しない、専門家でない天下りの劇場最高責任者を頂く、世界で稀れな歌劇場  

第13回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(一)08年2月18日
      ―肩書は年齢の数を越えるといわれる六十九歳の遠山理事長

第14回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(二)08年2月26日
     ―「官と民の持たれ合い」を象徴する、元文化庁長官の被助成団体会長兼任 

第15回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(三)08年2月29日
     ―経営の健全化を指摘されるNHKの子会社の取締役も務める遠山理事長

第16回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(四)08年3月7日
     ―パチンコ施設業者の団体の長に収まる元文部科学大臣

第17回  官僚批判喧しい最中、電通の社外監査役に就任する天下り劇場理事長08年6月19日

第18回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(五)08年6月30日
     ―公務員改革に慎重な福田首相も、「適材適所でも天下りは二回まで」。

第19回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(六)08年7月5日 
     ―「新国立劇場芸術監督交代 演劇部門 唐突な印象」 読売新聞7月1日朝刊

第20回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(七)08年7月8日
     ―「新国立劇場 芸術の場らしい議論を」 朝日新聞7月7日朝刊 社説

第21回  巨額な年国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(八)08年7月9日
     ―「演劇部門の芸術監督交代 「1期限りで代える必要あるのか」の声」 毎日新聞7月8日夕刊

第22回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(九)08年7月11日
     ―<次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」> 朝日新聞7月9日朝刊

第23回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(十)08年07月13日
     ―22回分の総目次 <「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長>から <次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」朝日新聞7月9日朝刊>まで。

第24回  次期芸術監督人事について(一)08年07月24日
     ―<監督人事、詳細開示を>朝日新聞7月14日夕刊、<劇場側「運営は透明」>朝日新聞7月18日朝刊、「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」、「芸術監督選定プロセスの詳細開示を、再度求める声明」  
第25回 次期芸術監督人事について(二)08年07月31日
     ―「芸術監督人事 なぜもめる?」 日本経済新聞7月26日夕刊、「新国立劇場の次期芸術監督選出 対立が泥沼化」 東京新聞7月30日朝刊

第26回 ≪次期芸術監督人事について(三)08年08月04日

第27回  次期芸術監督人事について(四)08年08月06日
     ―<「悪評交響曲」鳴り響く「新国立劇場」遠山敦子理事長> 週刊新潮7月31日号 

第28回  次期芸術監督人事について(五)08年08月13日
     ―芸術監督予定者をめぐる理事会でのやりとり 永井愛 7月14日 

第29回  次期芸術監督人事について(六)08年08月25日
     ―「公的芸術監督の役割 劇作家・山崎正和氏に聞く」 日本経済新聞8月19日夕刊 

第30回  次期芸術監督人事について(七)08年09月24日

2008年09月24日

「新国立劇場の開館十年を考える」(三十)
≪次期芸術監督人事について(七)≫

 「あの人は昔から人一倍プライドが高く、新聞記者など見下している。会見でも、あからさまに記者を蔑んだ物言いをするし、すぐにキレますよ」
 これは、今月の1日に突然の辞意表明をした福田康夫首相について、ある政治記者が漏らした言葉である(『週刊新潮』08.09.11 [特集]「自民党の終わりの始まり」より)。これを読んで、ある人物を思い出した。ほかでもない、新国立劇場運営財団の理事長である遠山敦子氏である。と言っても、私自身は、遠山氏とは面識もなく、オペラ公演の初日や賛助会員の観劇日に、招待客への挨拶のつもりなのか、開演前などに客席の一階中央部分の招待用の席周辺を、ゆっくりと歩きまわる老婦人として知っているだけである。彼女の顔を知らなければ、その振る舞いを見て、劇場のトップだとは思わないだろう。オペラの芸術監督である若杉弘氏が劇場客席を歩きまわる姿も、遠山氏に似てはいないが同様に異様である。
 既にこのブログ『提言と諫言』「新国立劇場の開館十年を考える」(二十七)≪次期芸術監督人事について(四)≫<「悪評交響曲」鳴り響く「新国立劇場」遠山敦子理事長>で、『週刊新潮』の記事を紹介した。出演者の相次ぐキャンセルを訝る記者に対して、<「顔を真っ赤にして怒ったり」>、同様に、劇場の芸術的水準の維持確保の姿勢を問われると、<「ふんっ、芸術ね」と吐き捨て>、<批判されることが大嫌い>で、新聞でのオペラ評が批判的だと、事務方に「こんなことを書かれて悔しくないの」と怒鳴り、「貴紙の評価は事実に反する」と抗議をさせるそうで、人を人とも思わないその言動は、この『週刊新潮』の記事が事実だとすれば、専制君主、暴君の様であって、独立行政法人の委託業務を随意契約で受け、巨額な国税が投入されていて、近いうちにはその存続すらが問われることにもなる、官僚のための公益法人の天下り渡り鳥の態度としては、いただけない。6月末以来の芸術監督就任を巡る問題での騒ぎは収束したかに見えるが、財団トップがこれだけ目立ってしまえば、次は「独立行政法人の民営化」をマニフェストに加える民主党も、「行政の無駄撲滅キャンペーン」を始めた自由民主党も、「日本芸術文化振興会の完全民営化」、そして「新国立劇場への補助金全廃」を検討することになるかもしれない。
 拙速との批判を強引に押し切り、「国立大学法人」法の成立を推進、大学の序列化、格付けに躍起となり、国立大学の命運を担うポストとなった理事、監事職に文部科学省出身者(天下り)を大量に押し込むことに成功したと言われる遠山氏だが、新国立劇場運営財団理事長に天下ってから3年半、自身の組織運営手法が、如何に稚拙であり強引であるかが露呈した。『週刊新潮』には、「とにかく私は、何らルールに反したことはしておりません」と答えた遠山氏だが、これは法令違反でなければ、トップとしては何をしてもいいのだということである。この姿勢こそが、今回の騒動の根本にある。意に沿わぬオペラ批評を書かれて、「貴紙の評価は事実に反する」と抗議させる感性、神経は、芸術創造団体のリーダーとしても、法人組織の責任者としても「不適任」であることを見事に証明している。芸術文化に造詣が深い訳でもない一介の天下り官僚に、何とも不似合い、不釣り合いなポストを与えたのは、氏の部下でもあった文部科学省の現役幹部ではあるが、そんな者でも劇場トップが務まると思わせているのが、彼らが所管する現代日本の舞台芸術界である。自助努力をせず、文化庁の事業(国税)、補助金に縋ることでしか生活が出来ない、補助金中毒患者と成り果てた者たちが集う「舞台芸術界」こそ、改革が必要であるが、これはまた別の機会に論じる。
 今回の騒動は、トップの更迭で収束すべきものと思うが、遠山批判の狼煙を上げたはずの舞台芸術界、とりわけ演劇関係者たちは、習い性となっているのか、予想通りの「腰砕け」、新シーズンには今までと同様に、新国立劇場の仕事を引き受け、或いは招待状を手に劇場に通うという情けない様を演じることだろう。そうであれば遠山氏は辞任もしないし、文部科学省も動かない。6月末からこの問題をたびたび取り上げた新聞各紙も、いまでは何事もなかったように、新国立劇場公演の紹介記事を載せている。日本の凋落は、政治や経済や行政だけが作っているのではない。芸術文化、ジャーナリズムの軟弱さ軽薄さにも因を求めることが出来よう。
 11年目のシーズンに入った新国立劇場だが、三十回まで続いたこの「新国立劇場の開館十年を考える」は、もうしばらく書き続けるつもりである。

2008年08月25日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十九)
≪次期芸術監督人事について(六)≫

「公的芸術監督の役割 劇作家・山崎正和氏に聞く」  日本経済新聞8月19日夕刊 

 「選考経過に演劇人有志から批判が出て、職責が改めて注目されている。その知られざる役割とは。」とリードにある。兵庫県立芸術文化センターの芸術監督を経験した山崎氏に聞く「体験的芸術監督論」。見出しには、「バランスと常識 納税者の視点を」とある。 今回はこの記事の要約である。
 公の劇場での芸術監督に求められるのは、微妙なバランスと常識である。芸術監督は、税金の管理者たる行政側を啓蒙し、議員を説得し、納税者に訴えなければならない。その間でのコミュニケーションの欠如は、芸術監督の責任だ。兵庫の芸術監督を始めた時は、県議相手にロビー活動までした。ギリシャの昔から、演劇は公に支援されるものだが、それを得る努力は演劇人がしなければならない。芸術監督は官僚を味方につけるべきだ。西洋では市民の文化への関心が分散しておらず、舞台芸術であれば、オペラとバレエとドラマで括れる。日本では、芸術ジャンルの数が多く、能、狂言、歌舞伎、オペラ、バレエ、新派、新劇とあり、国がお金を分ける基準がない。新国立劇場でいえば、三部門の芸術監督が競いあい、我が方に多く支援してくれと国民にお願いするのが仕事であって、劇場内部で揉めている余裕などないはずだ。一九九五年に阪神淡路大地震が起きた直後、文化なぞやっているのは非国民だという雰囲気があり、税金を使って演劇をする困難に直面した。その五ヶ月後に「ゲットー」を上演したが、兵庫県からも連絡が途絶えがちで、私は東京と大阪の企業をまわって二千万円の支援を取りつけた。その折に役者たちに、「あなた方のギャラは県民の税金から出る。そのうち六千人はすでに亡くなっている。亡くなった方の税金も使って、芝居をするのですよ」と語った。我田引水だが、やってよかった。何も感じられなくなっていたのに、あの芝居を見たら目の前の霞が落ち、感じることが出来るようになった、という投書があった。悲劇による悲しみの浄化が現実に起きた。演劇にはそんな力がある。困難な状況が生まれた時、イニシアチブを取って課題を乗り越えるのが、芸術監督なのだ。
 
 ここには、この山崎氏の談話をまとめたと思われる編集委員の解説記事も載っている。その中に、現演劇部門芸術監督の鵜山仁氏を再任しなかった背景に、「監督不在状況への制作現場の危機感があった」との指摘がある。そして、「関係者の不信の根を取り除き、劇場に期待する観客や関係者の信頼回復に向け、指導力を発揮するときだ」としている。

  山崎正和氏は記事にあるように劇作家であり、また評論家としても著名である。また、関西大学や大阪大学で長く教鞭をとったこともあり、後には地方私立大学の学長を長く務め、昨年からは文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会の会長も務めている。中央教育審議会の会長は、東京大学総長や、慶應大や早稲田大のトップ、財界の首脳などが選ばれており、大阪大学教授を定年前に退職した山崎氏の起用は、異例なことと言われている。大学進学希望者の全入が現実となり、濫造された私立大学の淘汰が迫られる今日、進学希望者の全入を先取りするかのように大学受験偏差値が40を大きく下回り、大学生き残りに懸命な地方私立大学での学長経験が買われたとも聞く。氏の「体験的学長論」を聞きたいところだが、これはまた別の話だ。
 この記事には、山崎氏の話にも、編集委員の解説にも、氏が渦中の新国立劇場運営財団の理事であり、演劇部門の芸術監督の選考の重責を担う選考委員でもあることに触れていない。そのあたりが、却って気になる。渦中の劇場の当事者が、この時点でそのことには触れず、他の劇場での体験だけを語るとは、いささか妥当性を欠いてはいないか。「他人ごと(人ごと)」なる言葉を自国の宰相に投げつけるマスコミの不躾に倣って言うならば、この山崎氏、何とも当事者意識を欠いた、「他人ごと」理事である。「(新国立)劇場内でもめている余裕などないはず」と山崎氏は語るが、この言葉は劇場と関わりのない者にこそ相応しい発言である。永井愛氏のメモや、『週刊新潮』の記事にもあったが、劇場の理事、選考委員であるばかりか、今度は遠山敦子理事長の芸術顧問にも就くとの噂があるほど、この新国立劇場に深く関わり、遠山理事長を遥かに超える劇場への「愛着」「深い思い入れ」すら感じさせる山崎氏だが、自身の推薦で芸術監督に就任した鵜山氏に、立派な経験譚を語り、芸術監督としての心得と戒めを与えたのだろうか。

2008年08月13日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十八)
≪次期芸術監督人事について(五)≫

芸術監督予定者をめぐる理事会でのやりとり 永井愛 7月14日

 この『提言と諫言』の前々回8月4日に、「新国立劇場の開館十年を考える」(二十六)≪次期芸術監督人事について(三)≫で書いたことだが、新国立劇場のサイトには、7月17日付けの「最新ニュース」に、<*一部の理事から、審議内容が公開されたことについて>があり、「そもそも、新国立劇場運営財団の理事会で芸術監督選任に関する審議内容は非公開で行われています。それは席上多くの個人名やその資質、評価などが話し合われており、自由闊達なご意見をいただくためです。したがって、討議に参加される方々にも守秘義務があります。このような会議の内容を公開することは問題であり、また、一時間にわたる会議の一部をとりあげることは恣意的な引用の恐れがあり不適切であると考えます。財団の運営に携わる理事として、遺憾なことと考えております。」との(理事長か財団執行部か判らぬが)遺憾表明が載った。また、前回8月6日の「新国立劇場の開館十年を考える」(二十七)≪次期芸術監督人事について(四)≫では、『週刊新潮』7月31日号の記事から、「事を荒立てている理事がいて残念」との遠山理事長の発言を取り上げた。
 今回は、運営が独断専行だとして批判の渦中にある遠山理事長をして、「財団の運営に携わる理事として、遺憾」「事を荒立てている」と言わしめた、理事である劇作家の永井愛氏が発表した「芸術監督予定者をめぐる理事会でのやりとり」である。
 この文章は、新宿の淀橋第3小学校の廃校跡地に設置された社団法人芸能実演家団体協議会運営の芸能花伝舎で開かれた、演劇関係者12名と関係3団体による「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」を明らかにするための記者会見で配られたものである。全文はシアターウェブのサイト で読むことができる。
 前文には、「情報を操作してまで、鵜山現監督の再任を阻止しようとした理事長サイドのやり方に強い疑問を持ってい」て、「情報の外におかれているという意味では」、次期芸術監督に選考された「宮田氏も被害者の一人」。発表するこの文章は、当日の理事会でのメモから纏めたもので、「言葉はそのままでは」なく、「間違いが含まれている可能性もあるため、財団には是非、詳細な記録を公開していただきたい」とある。
 理事会でのやり取りは、ここでは記さない。ただ、そこにあった「時間がない」、「一任してほしい」との遠山理事長の発言が事実とすれば、そのことは異常なことと指摘しておくに止める。
 理事会がどこで、何人の出席者で、何時から何時まで開かれたかが永井氏の文章にはなく、この類いのメモとしては不足が多い。
 以前の理事会は、日本経団連の会議室を借りて開いていたようだが、この6月23日の理事会の会場は、同様に日本経団連だったのだろうか。運営財団の会長・御手洗冨士夫氏、5名いる顧問のうちの豊田章一郎、今井敬、奥田碩の3氏は、(日本)経団連の会長経験者であり、全理事31名のうちの半数が経済界から選ばれていることなどの事情から、この日本経団連ビルの会議室を借りているのかと思うが、せめて年に二度か三度の理事会は、運営財団自身の会議スペースで開催するのが筋ではないか。新国立劇場は独立行政法人日本芸術文化振興会の施設であり、運営財団は単なる運営を随意契約によって託されている団体である。財団執行部はその辺りの事情を斟酌考慮して、理事会を劇場の外で実施しているのだろうか。であれば、というよりもそもそも、この劇場とは別のところに運営財団の根拠地、ヘッドクオーターはあるべきで、理事長室や常務理事室、管理・総務部門のオフィス、会議室は、劇場内に置く必要もない。遠山理事長は、施設としての劇場の「場長」に任ぜられているのではなく、あくまでも、施設運営業務を委託されている団体の責任者、という立場である。このあたりの制度、或いは制度理解の不備、けじめのなさが、今回の事態の誘因の一つだと言えば言い過ぎだろうか。
 
 <理事会のやりとり>の後には、<補足>があり、そこには、財務省や文化庁への影響力を期待して、小田島雄志、鈴木忠志、山崎正和の3氏を理事長の顧問(アドバイザー)に迎える考えが財団側にあることを、劇場の演劇部門の中島豊プロデューサーから聞かされたこと、と書いている。
また、「制作部が芸術監督に対し、これまでより積極的に発言や提言を行う。芸術監督が独裁的になったり、暴走されたりすると制作陣はやりにくい。こうした体制の変更は理事会にかける必要はないと思っている」との霜鳥秋則常務理事の発言がある。
 この、「理事長の顧問(アドバイザー)」の話は、先の『週刊新潮』での、「芸術顧問の話は間違ったニュース」との遠山氏の否定で済む話かどうか。永井氏はこの文章の最後に、<疑問と問題点>として、
 「顧問(アドバイザー)についても疑問は多い。いったい何をアドバイスするのか。芸術監督に直接ものを言わないとしても、理事長への「助言」が、発言力を強めた制作サイドに降りてきて、現場に影響を与えることにならないか。そうなれば、芸術監督の上にもう一人監督がいるのと同じことになる。芸術監督制度が骨抜きになってしまう。劇場の根幹を揺るがす、こうした問題はオープンな議論があってしかるべきなのに、執行部のやり方にはまったく透明性がない。」
 と記しているが、その疑いは至極真っ当である。遠山氏の言う通りに、「芸術顧問の話は間違ったニュース」で、そもそも「最初からなかった話」ということではないのであれば、それこそ劇場のサイトの「最新ニュース」で、どう間違ったニュースなのかを知らせるべきだろう。
 小田島雄志、鈴木忠志、山崎正和の3氏が、この件についてどう考えているのかは、寡聞にして知らない。

2008年08月06日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十七)
≪次期芸術監督人事について(四)≫

<「悪評交響曲」鳴り響く「新国立劇場」遠山敦子理事長> 週刊新潮7月31日号

 <官僚的体質の特徴のひとつが、批判を嫌うということだとすれば、目下その最右翼と目されるのが、新国立劇場の遠山敦子理事長(69)である。独断専行に鳴り響くのは「悪評交響曲」ばかり。>とのリードで始まる、新国立劇場運営財団の遠山理事長が主役の記事である。取材を受けてコメントを載せているのは、一般紙の政治部記者、複数の文化部記者、新国立劇場関係者、小田島雄志氏、そしてご本人の遠山氏の、脇役4人と主役の「女傑」、1ページの記事にしては登場人物が多い。
 まずは、朝日新聞の社説で「社説らしからぬ個人批判」を受けたこの「女傑」の言動が取り上げられている。 昨2007年12月12日のブログ、「新国立劇場の開館十年」を考える(五)≪本物が退散し、偽物が蝟集する『綻びの劇場』≫にも書いたが、昨年秋のオペラ公演で、主役級歌手のキャンセルが相次いだことがあった。このことについて、音楽記者会と遠山理事長との懇親会での記者と遠山氏との遣り取りが描かれている。この問題を「ある記者が問うと、"契約上全く問題ない"と顔を真っ赤にして怒る。記者が"客が納得しない""芸術的水準が保てない"と畳みかけると"ふんっ、芸術ね"と吐き捨てた。批判されるのが大嫌いなんです」とある。また、「複数の全国紙が新国のオペラ公演について批判的な評を載せると、書いた記者」には、公演を誉める客のアンケートと共に、「"貴紙の評価は事実に反する"という抗議文」が届くのだそうだ。「事務方は遠山さんに"こんなこと書かれて悔しくないの!"と怒鳴られ、渋々抗議したとか。個人のブログに抗議が届いた人さえいる」そうだ。
 私は遠山氏が運営財団の理事長に天下ってくる遥か以前から、新国立劇場の運営について批判を続けていて、4年前からはこのブログでたびたび書いている。しかし、遠山理事長の目には留まっていないのか、寂しいことだが、今までに一度も劇場側から抗議を受けたことはない。「ブログのここは、事実と違います」などの指摘を貰うこともない。その代り、文化庁やら劇場やら遠山氏と近い方々からは、劇場側の事情や遠山氏を擁護するような話を度々聞かされ、当然のことだが、劇場得意のバラマキのチケットではなく、チケットを購って観劇に出掛ければ、顔見知りの職員は例外なく慌てて隠れたり、目を合わさないように無視したりと、それなりのあっぱれな応対をして貰っている。
 昨年秋には、部長職のすべてを異動させる人事を断行、今度は三部門の芸術監督を一気に代えようとの遠山氏の強権姿勢が今回の迷走を招いた。オペラ部門の次期芸術監督に擬せられた尾高忠明氏については、既報のように、尾高氏も正式に就任を受諾していなかったが、これも遠山氏という「お上の命に下々の意思確認など要らぬ、との発想」と新国関係者は語る。コミュニケーションの不足を理由に再任されない鵜山仁演劇部門芸術監督の意思確認も同様で、理事でもある小田島氏は、「鵜山君が自ら辞退したのかと思えば、彼の意志も確認せずに降ろすことにしたとか。」「密室ばかりで不愉快です」と憤慨する。また、別の理事は、「遠山さんは媚びない鵜山さんが嫌いで、芸術監督の上に芸術顧問を設け、高校時代の同窓生を就けようとしていました」とある。週刊新潮の記事では、この同窓生の名を明らかにしていない。週刊新潮の記者も知らない、無名の人物、単なる同郷の同窓生、なのだろうか。
 そして主役本人の登場である。遠山氏としては、鵜山は解任ではなく再任しないということであり、「制作現場から悲痛な声が届き、方々から批判の声も上がっていました。現監督を傷つけないために、コミュニケーションというギリギリの言葉を選」んだのだそうである。またこの事態になる前に、なぜ直接に話し合いを持たなかったかを記者に問われても、「担当理事がいますから」。当事者である鵜山氏とは自らコンタクトを取っていないようであり(まあ、元文部科学大臣閣下からすれば、この劇場の芸術監督などは"下々"もいいところだろう。)、劇場運営の要諦は無論のこと、問題解決手法のイロハすら御存知ないらしい。ほかにも、<事を荒立てている理事がいて残念>、<芸術顧問の話は間違ったニュース>、<"ふんっ、芸術ね"発言は記憶にない>、<何らルールに反したことはしていない>、などとのたまった。
 「見事に批判を受け付けず、今日も「悪評」が響く」。記事は結んでいる。

2008年08月04日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十六)
≪次期芸術監督人事について(三)≫

 新国立劇場の次期芸術監督の選出を巡る一連の動きの中で、新国立劇場の対応はどんなものかを少し紹介する。
 選考プロセスの詳細開示を求めた演劇関係者の声明を受け、劇場は7月17日に回答したことを、そのホームページの「最新ニュース」で伝えている。

「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」に対する回答について
2008年7月14日付で、演劇人有志と日本劇作家協会、日本演出家協会、国際演劇評論家協会日本センターから、新国立劇場運営財団にだされました「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」につきまして、「次期演劇芸術監督の選考とその考え方」として、7月17日に返答いたしましたのでお知らせいたします。
 新国立劇場をご支援くださっている方々には、ご心配をおかけしましたことをお詫びいたします。今後も、皆様により愛され親しまれる劇場をめざして、職員一同全力で精進してまいりますので、引き続き、ご支援くださいますようお願い申し上げます。
 *一部の理事から、審議内容が公開されたことについて

 「次期演劇芸術監督の選考とその考え方」と題する回答を簡単に要約する。
 「日本に定着していない芸術監督制度を取り入れ」て劇場が発足し、多くの成果をあげた。これは、演劇部門でも過去11年で「現監督を含む歴代4人の芸術監督をはじめかかわった芸術家の皆様のご努力の結果と認識している」などと前文にある。
 本文は、<演劇芸術監督の業務内容><演劇芸術監督の任期と現監督><選考過程><理事会後の動き><今後の対応><新国立劇場運営の透明性について>の6項からなり、全体としては、この問題についての劇場執行部としての手落ち、誤まった運営は全くなく、劇場執行部には非はないとの主張を展開するものである。最後の項「新国立劇場運営の透明性について」は、特にこの回答の眼目と思われるので、その全文を転記する。
 「新国立劇場運営財団では、芸術・文化団体、芸術家、言論界、教育者、経済界等の幅広い分野から、各界を代表する高い識見を有する方々に、理事、評議員にご就任いただいている。重要な議題については、詳細なる資料を上程の上で、これら理事・評議員により、真剣かつ闊達なる議論・審議を行い、国立の劇場として国民の皆様の負託に応えられる様な、透明性の高い運営を行っている。また、理事会・評議員会の議決・報告案件については、従来より、国民の皆様への説明責任を十分に果たすとの方針のもと、会議後、遅滞無くマスコミ各社の方々に対してブリーフィングを行い、劇場運営全般についての理解促進に努めている。
 一部の報道に、官僚主義、お役所的、秘密主義との指摘があるが、劇場の運営や重要事項の決定プロセスは上記の通り、高い透明性が担保されている実態とは全く乖離したものであることを申し添えたい。」
 
 上記のように、この日の「最新ニュース」にある、<*一部の理事から、審議内容が公開されたことについて>も、全文を転記する。
 「そもそも、新国立劇場運営財団の理事会で芸術監督選任に関する審議内容は非公開で行われています。それは席上多くの個人名やその資質、評価などが話し合われており、自由闊達なご意見をいただくためです。したがって、討議に参加される方々にも守秘義務があります。このような会議の内容を公開することは問題であり、また、一時間にわたる会議の一部をとりあげることは恣意的な引用の恐れがあり不適切であると考えます。財団の運営に携わる理事として、遺憾なことと考えております。」

 転記したように回答の「新国立劇場運営の透明性について」には、「新国立劇場運営財団では、芸術・文化団体、芸術家、言論界、教育者、経済界等の幅広い分野から、各界を代表する高い識見を有する方々に、理事、評議員にご就任いただいている。」とあるが、この文章の書き手、主体は誰か。例えば、文部科学省が、その施策の追認機関のような審議会について述べるのであれば、こういう書き方もしよう。しかし、財団理事・評議員という自分の身内に対して、「高い識見を有する方々」で「ご就任いただいている」とする表現は、些か異常である。協働意識のみごとな欠如と、劇場は自分達執行部だけのものとの強い姿勢は充分に伝わるのだが。
 一般論としては、組織の最高議決機関の討議を非公開にしていることはままあることで、それを怪しむにはあたらない。ただ、独立行政法人の所有する国立施設の運営を委託されていて、国民の税金がその運営経費八十億円の7割を占める公益法人の理事会の討議内容は、ホームページで議事録として公開するべきものだろう。討議に参加した理事に、「守秘義務があ」るとのことだが、「新国立劇場運営財団寄付行為」を読む限りは、理事に会議内容についての守秘義務は課していない。また、「遺憾なことと考えて」いるのは運営財団なのか、或いは理事長なのかが判らない。そもそも、この回答者が、「財団法人新国立劇場運営財団」となっているが、最高議決機関である理事会に諮ったものなのか、遠山敦子理事長以下の常勤理事によるものなのかが判らない。常識(民間人の、と限定すべきか)的に言えば、財団の最高議決機関に諮らずに、その財団の理事について、遺憾表明をするとは考えられない。この「最新ニュース」でも、一連の新聞報道でもその点は触れられていない。
 官僚や、新聞ジャーナリストには、この一般論や常識は通用しないものかもしれない。
 次回は、守秘義務を果たさず、遺憾だと言われた理事・永井愛氏のメモについて書く。
 

2008年07月31日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十五)
≪次期芸術監督人事について(二)≫

「芸術監督人事 なぜもめる?」 日本経済新聞7月26日夕刊
「新国立劇場の次期芸術監督選出 対立が泥沼化」 東京新聞7月30日朝刊

 日本劇作家協会などの演劇関係者が芸術監督の選考プロセスの詳細開示を再度求めて十日が過ぎるが、劇場執行部からは回答がない。既に17日に回答したので、それで充分であるとの考えであろう。
 日本経済新聞7月26日夕刊のコラム「芸文余話」(内田洋一編集委員執筆)は、「芸術監督人事 なぜもめる?」と題して、芸術監督が「三年の任期で成果をあげるのは難しい」として、選考過程で芸術監督候補の「ビジョンが競われる仕組みを考えられないか」と問い、「核となる俳優と長期の出演契約を結ぶなり、戯曲を発掘する専門家を育てたりすることで、芸術監督は仕事をしやすくなるだろう」と説く。そして、見直すべきは、芸術監督制の「不足」についてであり、見直しがなければ、引き受け手がないという「最悪のシナリオが現実にな」ると警鐘を鳴らす。
 東京新聞7月30日朝刊の「新国立劇場の次期芸術監督選出 対立が泥沼化」は、7段写真付きの大きな記事である。
見出しも、<演劇人 「芸術家使い捨て」と反発> <運営財団 意思疎通不足を問題視> <鵜山仁・現監督が会見 「選考経緯に不自然な部分」>とある。ついでに、小見出しもあげると、<不透明な理事長一任> <制作上の支障を指摘> <芸術より営業重視?>とある。
 リードには、「1期限りで退任の決まった鵜山仁・現監督が財団を批判するという異常事態も。」とある。本文記事によれば、「劇場側は十七日、「理事会の大勢は(後任を選ぶなら宮田さんとした)選考委員会の決定を尊重した」と回答。日本劇作家協会などは、「(過程開示要求への)回答になっていない」とする声明を再度発表するなど、議論が擦れ違ったまま泥沼化している」。
 また、「運営財団の理事で、劇作家の永井愛さんは遠山理事長ら執行部が一任を主張し、発表に至った議事内容をメモとして記者会見で明らかにした」ことについて劇場側は、「非公開で行われる理事会の議論が会見で公開されたのは遺憾」としたと報じている。1期限りで再任しない理由とされるコミュニケーション不足については、「執行部がやりやすい人を選ぼうとしているのではないか」と劇作家・井上ひさし氏が批判、「芸術監督にすべての非難を集めるのは無理。上層部が現場に来て、けいこにつきあうようなコミュニケーションができる劇場もある」との、演出家で彩の国さいたま芸術劇場、シアターコクーンの芸術監督を務める蜷川幸雄氏のコメントを載せている。
 また、「観客動員に苦戦した」ことをあげ、劇場側には、「芸術水準より営業成績を重視する空気があったのではという関係者の見方もある」として、退任の背景を推測している。最後に、「芸術家が個性的なカラーを貫き、権限も強い欧米に比べ、日本は芸術監督制度の社会的認知が十分でない」とし、新国立劇場運営財団の評議員でもある評論家の大笹吉雄氏の「問題を開示して共有すべきだ。でないと開かれた劇場という考え方から遠ざかっていく」とのコメントで結んでいる。
 
 鵜山仁・現監督の会見についての記事では、<「『粛々と進行した』とされる選考委員会から理事会に至る経緯に、かなり不自然な部分があったと考えざるをえない」>との鵜山氏の発言から始まる。また、<自身の発言が、新国立劇場側に「不可思議な文脈で引用されている」との疑念を抱いていること、「続投についての自らの意志表示は公式に一切していないのに、退任の理由を「忙しいから辞めたい」とも受け取られかねないような個人的な事情に帰され、「意思の有無をある方向に誘導された違和感を持っている」>との鵜山氏の劇場に対する疑念や違和感を取り上げている。そして、<「芸術監督は芸術の成果で評価されるべきで、忙しさという個人的事情に帰することは、芸術監督制そのものを矮小化することにつながる」>との鵜山氏の劇場j側への批判を伝えている。

2008年07月24日

「新国立劇場の開館十年を考える」(二十四)
≪次期芸術監督人事について(一)≫

 7日に、芸術監督の交代についての新国立劇場運営財団(遠山敦子理事長)の対応を社説で批判、畳み掛けるように9日朝刊の文化面で、次期芸術監督の人事迷走ぶりを報じ、尾高忠明氏の「納得できねば辞退も」とのコメントを載せた朝日新聞だが、14日、18日には、ともに2百字足らずの短信を掲載している。
<監督人事、詳細開示を>朝日新聞7月14日夕刊
 新国立劇場(東京・初台)演劇部門の芸術監督交代をめぐり、演劇人有志と日本劇作家協会、日本演出者協会、国際演劇評論家協会日本センターが14日、「選定過程が不透明だ」として詳細の開示を求める声明を出した。
 会見で劇作家の井上ひさし氏は「税金を使っている劇場なのだから、(交代の)狙いや理由を提示すべきだ」と話した。声明には、井上氏に加え、蜷川幸雄、坂手洋二、永井愛、別役実、木村光一、佐藤信ら計12氏が名を連ねている。

<劇場側「運営は透明」>朝日新聞7月18日朝刊
 新国立劇場(東京・渋谷)演劇部門の芸術監督交代をめぐり、日本劇作家協会などが選考過程の情報開示を求めた声明に対し、同劇場運営財団(遠山敦子理事長)は17日、「国民の負託にこたえられる透明性の高い運営をしている」などと文書で回答した。選考過程は非開示で、討議参加者のは守秘義務があるなどとし、審議の詳細なプロセスは開示できないとした。 

 
 前後したが、14日に出された「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」と、劇場側の回答を受けて22日に出された「芸術監督選定プロセスの詳細開示を、再度求める声明」が、日本劇作家協会と国際演劇評論家協会日本センターのサイトに掲載されていた。

「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」
 新国立劇場運営財団は6月30日、オペラ、舞踊、演劇の次期芸術監督を発表しました。
 演劇については、「6月23日の理事会では鵜山監督の続投を主張する声もあったが、遠山敦子理事長に一任となった」と、報道されていますが、採決が不可能だった理事会の審議過程そのものを問題視する意見が出ています。また、芸術監督の選任について、選考委員会に差し戻すこともなく、なぜ理事長に一任するという異例な結果になったのかも不明瞭なままです。
 7月1日付読売新聞、7月7日付朝日新聞、7月8日付毎日新聞でも指摘されているように、財団執行部が進めた今回の芸術監督交代については、各方面から疑問の声が上がっており、選考委員会、理事会で正常に検討、議決されたとは思えません。
 芸術監督選びのプロセスを曖昧にしようとする財団執行部のやり方は、芸術監督制度と芸術家を著しく軽視する行為であり、決して見過ごすことはできません。
 私たちは、ここに強く抗議するとともに、今後このようなことが繰り返されないためにも、芸術監督選定の手続を明らかにすることを要求します。
 2008年7月14日
 井上ひさし 大笹吉雄 小田島雄志 木村光一 坂手洋二 佐藤信 沢田祐二 永井愛 蜷川幸雄 ペーター・ゲスナー 別役実 松岡和子
日本劇作家協会 日本演出者協会 国際演劇評論家協会日本センター
 
「芸術監督選定プロセスの詳細開示を、再度求める声明」
 新国立劇場運営財団は7月17日、「芸術監督選定プロセスの詳細開示を求める声明」に対して「回答」を提出しましたが、私たちは、これは私たちの求める「プロセスの詳細開示」に対する回答にはなっていないと考えます。
 新国立劇場運営財団は、「芸術監督選考を巡る理事会でのやり取り」を記した永井愛理事が会議の内容を公開したことを、「守秘義務」に抵触すると指摘していますが、私たちはそのようには考えません。このたびの芸術監督選定過程に於いて問題になっているのは、鵜山氏やその後任者についての「個人の資質、評価」ではなく、新国立劇場運営財団執行部の進め方、手続きの踏み方の「プロセス」の正当性です。こうした財団執行部の対応は、問題の本質をすり替えるものです。
 非公開であっても、そこに、公正さを損なうおそれのある審議が行われていた可能性があるとすれば、そのことについて内部からの告発があった経緯こそを、重く受け止めるべきです。詳細開示を求めるメンバーの中に、永井理事のみならず、新国立劇場運営財団の理事、選考委員、評議員が入っていることは、このことが新国立劇場運営財団内部に留めておくべきではなく、広く社会に問いかけるべき問題であるという、私たちの判断を示しています。
 そもそも、新国立劇場運営財団執行部による記者会見の内容が、多くの報道陣に違和感を与えたばかりでなく、新国立劇場運営財団の一部の理事、選考委員、評議員の認識とも大きく食い違っていたことから、このような詳細開示を求める声が上がったのです。
 新国立劇場運営財団に、あらためて「プロセス」についての詳細の公開を求めるとともに、今回の回答の中で言及されている鵜山仁芸術監督にも、あらためて事実関係を証言して頂きたいと思います。
 2008年7月22日
 井上ひさし 大笹吉雄 小田島雄志 木村光一 坂手洋二 佐藤信 沢田祐二 島次郎 扇田昭彦 永井愛 蜷川幸雄 ペーター・ゲスナー 別役実 松岡和子
日本劇作家協会 日本演出者協会 国際演劇評論家協会日本センター

2008年07月13日

「新国立劇場の開館十年」を考える(二十三)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(十)≫

 「新国立劇場の開館十年を考える」22回分の総目次 <「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長>から <次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」朝日新聞7月9日朝刊>まで。
 このブログ『提言と諫言』では、昨07年の4月13日から、この年の9月6日に劇団創立70周年を迎えた文学座のスケッチ、「劇団文学座の七十年」を書き始めた。劇団発行の「文学座五十年史」や、劇団に関わった作家・演出家・俳優たちの書籍などから興味深い証言などを拾い出し、私なりの「文学座小論」を将来にものするためのメモのつもりで書いていた。しかし、11回目を書いた直後だったか、劇団の幹事会の席上で、「GOLDONIがブログで文学座を批判している」としてブログのコピーが回し読みされたと、ある幹事から聞かされた。怪文書の扱いのようで、それ自体は少しも嬉しくはなかったが、生来の恥ずかしがりが禍するのか、却って関心を持たれることを避ける性格、隠者のような振舞いを良しとする質でもあって、暫く休むことにして、そして今に至っている。
 「新国立劇場の開館十年を考える」のタイトルで、昨07年12月3日から書き始めたブログは、今日で23回を数えることになった。これは、「文学座小論」同様に、「劇場運営論」の執筆のためのスケッチのつもりで書いていて、「文学座の七十年」と深い関わり、繋がりを意識しているつもりである。ただ、こちらが想像している通りにか、新国立劇場に出入りする文学座の演出家や幹部俳優、新国立劇場の演劇部門の芸術監督になっていた鵜山仁氏にも読まれていないようなので(そして肝心の新国立劇場・遠山敦子理事長にも、だが。)、暫くは続けることにする。

 22回分のブログの見出しを書き出した。リンクも貼ったので、ご笑読をお願いする。

 第1回  < 「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長>07年12月3日

 第2回  「役所体質から劇場組織への転換が急務」と語る若杉芸術監督07年12月4日

 第3回  明暦・寛文期のインテンダント・村山又兵衛に学ぶ07年12月6日

 第4回  六十歳で勇退したバイエルン歌劇場総裁07年12月9日

第5回  本物が退散し、偽物が蝟集する『綻びの劇場』07年12月12日

第6回  国立劇場の理事だった大佛次郎の苦言07年12月21日

 第7回  無償観劇を強要する演劇批評家、客席で観劇する劇場幹部08年1月1日

 第8回  劇場のトップマネジメントは及第か(上)08年1月9日
      ―税金で賄われる「民間の財団」という不思議な劇場

 第9回  劇場のトップマネジメントは及第か(中)08年1月17日
      ―芸術監督は「ギャラの高いアルバイト」で良いのか

 第10回  NHK副会長を引責辞任した新国立劇場の評議員08年1月26日

 第11回  就任会見で「専念しない」と発言、朝日新聞に「無自覚」と批判されたNHK会長も兼ねる新国立劇場の理事職08年2月5日 

 第12回  劇場のトップマネジメントは及第か(下)08年2月7日
      ―専念しない、専門家でない天下りの劇場最高責任者を頂く、世界で稀れな歌劇場  

 第13回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(一)08年2月18日
      ―肩書は年齢の数を越えるといわれる六十九歳の遠山理事長

 第14回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(二)08年2月26日
      ―「官と民の持たれ合い」を象徴する、元文化庁長官の被助成団体会長兼任 

 第15回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(三)08年2月29日
      ―経営の健全化を指摘されるNHKの子会社の取締役も務める遠山理事長

 第16回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(四)08年3月7日
      ―パチンコ施設業者の団体の長に収まる元文部科学大臣

 第17回  官僚批判喧しい最中、電通の社外監査役に就任する天下り劇場理事長08年6月19日

 第18回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(五)08年6月30日
      ―公務員改革に慎重な福田首相も、「適材適所でも天下りは二回まで」。

 第19回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(六)08年7月5日 
      ―「新国立劇場芸術監督交代 演劇部門 唐突な印象」 読売新聞7月1日朝刊

 第20回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(七)08年7月8日
      ―「新国立劇場 芸術の場らしい議論を」 朝日新聞7月7日朝刊 社説

 第21回  巨額な年国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(八)08年7月9日
      ―「演劇部門の芸術監督交代 「1期限りで代える必要あるのか」の声」 毎日新聞7月8日夕刊

 第22回  巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(九)08年7月11日
      ―<次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」> 朝日新聞7月9日朝刊

2008年07月11日

「新国立劇場の開館十年」を考える(二十二)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(九)≫

<新国立劇場 次期芸術監督の人事迷走 尾高氏「納得できねば辞退も」> 朝日新聞7月9日朝刊
 「劇場から大きなきしみが聞こえてくる」、「(議論を大事にする)姿勢を捨てるなら、劇場は劇場でなくなる」と、芸術監督の交代についての新国立劇場・遠山敦子理事長の対応を、その新聞の主張を明らかにするべく、論説委員が執筆する社説で早々と取り上げた朝日新聞だが、今度は9日朝刊の文化面で、演劇担当、音楽担当の二人の記者連名による記事を掲載した。今回も要旨だけを紹介する。
 リードの一行目には、「選任をめぐって迷走している。」とあり、「3部門の監督を10年秋に一斉に代えると発表、「一大イベント」とうたって清新さを強調したが、関係者から異論が続出。名前の挙がった予定者からは「辞退もありうる」との声まで出た。芸術監督のありかたが改めて問われている。」とある。私は、問われているのは「芸術監督のありかた」ばかりではなく、社説が敢えて言葉にせずに説いているように、遠山理事長の運営手法の危うさだと思うが、このことについては次回に譲ろう。
 「「え、僕に決まったの?」オペラ部門の芸術監督予定者として発表された指揮者尾高忠明さんは、新聞記事を読んで驚いた」とあり、「1年の半分は海外にいるし、札幌交響楽団の音楽監督や芸大での教職の仕事もやめるつもりはない」と一度は断ったそうだが、「現状の仕事は続けていい」と財団に説得され、了承。ただ、具体的な仕事の内容については詰めておらず、「事実上の見切り発表に。霜鳥秋則常務理事は「これから細かいところを話していけばいいと思っていた」。しかし尾高さんは「それは発表の前に文書化しておくべきこと。劇場が僕に何を求めているのか、僕の人脈やキャリアで何ができるのか
、会見の場でも説明するべきだったのでは」と不信感を募らせる。」とある。尾高氏は、自分の演奏実績なども「きちんと理事会で議論された」か疑問としたが、「複数の理事によると、今回の理事会でそうした議論はなかったという」。「今後、納得のいく書面を出してもらえなければ、辞退の可能性もある」との尾高氏のコメントを載せている。
 演劇部門の鵜山退任について、その疑問が相次いでいる理由を、「財団側が3月に退任の方針を固め、選考委員兼理事で演劇評論家の小田島雄志さんらが提起した鵜山再任案が十分議論されないまま、演出家の宮田慶子さんの選任を決めたため」としている。また、「次期芸術監督は作品準備のため、就任の約2年前に決まる。1期で退任する場合、1年もたたないうちに評価されることになる」とし、「芸術家の使い捨ては困る」との、沢田祐二氏(舞台照明家・財団理事)の発言も載せている。
 また、鵜山氏の再任しない理由に、劇場外の仕事が多忙で、現場のコミュニケーションが難しいことを挙げた劇場側が、「尾高さんに対しては外部の仕事の継続を認めている」とし、英国のバレエ団の芸術監督との兼任となる舞踊のデビッド・ビントレー氏についても、「日本に滞在する日数などの具体的な取り決めはまだされていない」と書いている。
 最後には、芸術監督の3年の任期について、「短すぎるし、監督にたいしても失礼。延ばす方向で検討したい」との、遠山理事長の話を載せている。
 これで、読売、毎日、朝日の取材記事が揃った。今回も記事の紹介に止める。

2008年07月09日

「新国立劇場の開館十年」を考える(二十一)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(八)≫

「演劇部門の芸術監督交代 「1期限りで代える必要あるのか」の声」 毎日新聞7月8日夕刊
 今回の新国立劇場の芸術監督交代の発表は、どうやら騒動、交代劇と呼ぶに相応しい事態を招いているようである。既にこのブログ『提言と諫言』<「新国立劇場の開館十年」を考える>でも紹介しているように、一日の読売新聞の『解説記事』、七日の朝日新聞の『社説』に続き、昨八日には毎日新聞夕刊に、『Crossroads』「新国立劇場」という記者署名入りの六段記事が載った。この記事は、毎日新聞のサイト『毎日jp』でも読むことが出来る。ここでは簡単に紹介するに止める。
 「現在の芸術監督はオペラが若杉弘氏(73)▽舞踊が牧阿佐美氏(73)▽演劇が鵜山仁氏(55)。若杉氏と牧氏は高齢で、後任選びを急ぐことに異論はない。だが、鵜山氏はまだ若く、昨年9月に就任したばかり。交代は唐突で早すぎる感じがする。」とある。
「今回の人事案は、次期芸術監督の選考委員会の結論として」理事会に提案されたものだそうだが、「選考委員会の経過も一部明らかになった」として、「欠席した委員が電話で「鵜山留任」と自分の意見を伝えたところ、選考委の主査の同財団常務理事が、「それはない」と言ったため、この委員は宮田氏の名前を挙げたという。」との選考委員から取材した話を書いている。また、遠山理事長が鵜山氏を再任しない理由として、「あまりに忙しく、制作現場とうまくコミュニケーションを取れていなかった。現場の意見、観客の反応、いずれにしても鵜山さんにもう一度お願いすることは難しかった」と語った30日の記者発表での発言内容を他紙の記事よりも詳述している。
 読売の記事でもコメントが載った永井愛氏がここにも登場する。永井氏は、「選考のプロセスが強引で不透明すぎる。芸術監督が芸術的なリスクをおかさないように管理を強化している」と、劇場の姿勢を批判している。また、当事者である鵜山氏は、「再演などで増えた外部演出の本数を大幅に減らすところでした。財団理事会の決定には従います」と語ったそうである。
 止めの文はこうだ。「東京・シアターコクーンと埼玉県芸術文化振興財団の芸術監督を兼務する蜷川幸雄氏は厳しく批判する。「1年もしないうちに次の芸術監督を発表することは、現職の否定につながる。」「国立の舞台は、芸術的成果こそ問われるのであって、興行面であれこれ言われる筋合いはない。鵜山君を任命した遠山理事長が、自身の責任を含め、ちゃんと説明してほしい」。
 この『Crossroads』、「今回の人事が演劇界にしこりを残すことも予想さ」せるとした1日の読売『解説』記事や、「(開かれた場での議論を深めるという、)その姿勢を捨てるなら、劇場は劇場でなくなる」とした7日の朝日『社説』に比べ、一段と厳しい論調であった。

2008年07月08日

「新国立劇場の開館十年」を考える(二十)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(七)≫

「新国立劇場 芸術の場らしい議論を」 朝日新聞7月7日朝刊 社説
 「<劇場の顔>の選考をめぐり、東京・初台の新国立劇場から大きなきしみが聞こえてくる。」との書き出しで始まる、昨七日の朝日新聞社説は、前回紹介した七月一日の読売新聞の解説記事以来の、新国立劇場の芸術監督就任をめぐる一連の動きを論じるものと思われる。紙面リニューアルの後、評判がいま一つの「天声人語」を、それでもさらりと目を通すことはあっても、よほどのことでもない限りは社説を読む習慣は疾うに無くし、このブログの熱心な読み手のおひとりから、「読んでいませんね」と、最前教えられたばかりである。今また、メールと電話で、同様な知らせを戴いたところである。少なくともこの一時間で三人の方から、ブログでの続報を期待されたと判断して、何はともあれ、かいつまんで、この社説を紹介することにする。 
 「混乱のきっかけは、…遠山敦子理事長が、芸術監督全員を一気に代えようとしたこと」にあり、昨秋就任したばかりの鵜山仁氏が「1期3年限りで退任させられることに疑問が出た」とある。劇場の理事で、次期監督の選考委員でもある小田島雄志氏らが、鵜山氏の続投を求めたそうだが、遠山執行部は「そうした声を抑え、交代を理事会に提案」、「そこでも演劇人や経済人の理事から異論や慎重論が相次いのに、理事長は「対応を一任された」と交代を発表した」とある。
 論説委員氏も、「選考の過程で理事長が考えを強く表明することはあっていい。しかし、理事たちの十分な理解を得られないようでは困る」とし、鵜山氏が多忙で現場とのコミュニケーションが取れなかったことが再任しない理由だとしても、「芸術家としての成果をどう判断するか議論を深めないまま、管理や運営面だけで芸術監督の適否は決められまい」し、「芸術に公費を使う歴史の浅い日本では、公共の劇場の芸術監督をどう選び、どんな役割と権限を与えるかは定まっていない」と説く。
「開かれた場で、芸術家、執行部、関連分野の専門家に観客も加わって、それぞれの考えをぶつけ合い、ここをどういう劇場にしてゆくのか、大いに議論したらいい。新国立劇場は、そうした面でも一つのモデルを示す存在であってほしい」として、
「その姿勢を捨てるなら、劇場は劇場でなくなる」と結んでいる。
今日は、記事の紹介に止める。

2008年07月05日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十九)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(六)≫

「新国立劇場芸術監督交代 演劇部門 唐突な印象」 読売新聞7月1日朝刊
 一般新聞各紙が既に報じたように、新国立劇場は、先月二十七日に次期の舞踊部門の芸術監督を、三十日にはオペラと演劇の両部門の芸術監督を発表した。この九月から再来年九月の芸術監督の就任までの二年間は、芸術参与として作品企画の準備を始めることになるという。
 六月二十八日、七月一日の朝日、毎日、東京、産経の各紙朝刊は、この人事をほぼ短信扱いで報じていたが、日本経済新聞が五百字ほどの『文化往来』で少し詳しく報じたほか、読売新聞は短信とは別に、「新国立劇場芸術監督交代 演劇部門 唐突な印象」と題して、千二百字、写真付き、記者署名入りの記事を載せていた。読売新聞のニュースサイト「YOMIURI ONLINE」では読めないようなので、今回はこれを紹介する。
 この記事によると、次期芸術監督の同時交代を計画していた遠山敦子理事長らの執行部は、先月二十三日に開かれた同劇場運営財団理事会でこの人事を提案したが、一部の理事が演劇部門の現芸術監督・鵜山仁氏の再任を求め、議論が紛糾し、最終的には遠山理事長への一任を取り付け、二十四日に予定していた記者発表が延期された、という。三十日の記者会見に出席した遠山理事長は、鵜山氏を再任しない理由を、「あまりにお忙しく、いろんなコミュニケーションが難しかった」からとしたが、それについては演劇評論家の大笹吉雄氏の「忙しいのは就任前から分かっていたはずだ」と、先の遠山発言に疑問を呈するコメントを載せている。記者はまた、鵜山氏の最初の企画作品だった「ギリシャ悲劇三部作」の有料入場者率が四〇パーセント台だったことを挙げ、このことも不利に働いたと観測している。そして、「理事長サイドのトップダウンで物事が決まる」「国民の劇場である以上、理事会などの議事録を開示し、プロセスを透明化すべき」との同財団理事・劇作家の永井愛氏の談話を載せている。記者は、この一連の動きが演劇界にしこりを残し、後任の宮田慶子氏が「難しいかじ取りを迫られる可能性もある」とし、またオペラ部門の尾高氏がオペラの経験が少なく、「その点を疑問視する声も少なくな」く、舞踊部門のビントレー氏が英国のバレエ団の芸術監督と兼務することに触れ、「具体的な滞在期間、日本の不在の間の制作体制については今後話し合いを進める」と報じている。
 今日は、記事の紹介に止める。

2008年06月30日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十八)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(五)≫

公務員改革に慎重な福田首相も、「適材適所でも天下りは二回まで」。
今回は、6月6日に開かれた衆議院決算行政監視委員会での審議から、民主党の長妻昭議員と福田首相、額賀財務相との質疑応答の一部を紹介する。
長妻議員は、タクシー接待問題、後期高齢者医療制度や、年金記録問題を質した後、本題の決算問題を取り上げ、平成十八年度の特別会計と一般会計による日本国の総支出(百五十兆円)中での無駄遣いを追及。答弁に立った額賀財務相は「全省庁の支出についての会計検査院の指摘は三百十億円。今年度予算では百五十二億円の削減を行った」と答えた。これに対して、長妻議員は削減のケタが違うとして、民主党の試算によれば、十五兆円強の削減が可能と述べ、ひもつき補助金システム、天下りあっせん仲介システム、特別会計システム、官製談合システム、随意契約システムと呼ぶべき官僚組織が作り出したシステムが、「税金の無駄遣いを自動的に生み出す仕組みとして各省庁に埋め込まれている」と指摘した。
 答弁に立った福田首相は、政府、行政における無駄は看過できない。天下りについては、本来あるべきことではなく、無駄、癒着などが顕著であり、排除しなければならない、と答えた。
 それに対して長妻議員は、旧自治省(現総務省)の事務次官経験者の「天下り(わたり)」の例を挙げ、四度の天下りのすべてを役所が斡旋していると指摘、先進七カ国で国が天下りの斡旋をしている国は日本以外にない。総理の権限で天下りを禁止するようにと要求した。
 これに対して福田首相は、度の過ぎた「わたり」はいけない。適材適所であれば行政経験者が独立行政法人、それに関係する公益法人で仕事をすることはあってもよいが、その必要性についても、独立行政法人やその公益法人で適切に処理すべき問題だとして、「これは四回でしょう。こんなのはやり過ぎ」、「(長妻議員に二回はいいのか、と問われ)二回と四回は全然違いますよ」と答えた。
 
 独立行政法人日本芸術文化振興会の設置する新国立劇場の運営を随意契約で委託されている財団法人新国立劇場運営財団の理事長(常勤)の遠山敦子氏は、27日に予定通りに広告業界最大手の株式会社電通の社外監査役に就任した。
 遠山氏の略歴を記す。
昭和13(1938)年12月10日 三重県生まれ。現在69歳。
昭和37(1962)年4月  文部省入省。
平成8(1996)年1月   文化庁長官(最終官職)を退任。文化庁顧問に就任。
同年6月           駐トルコ共和国特命全権大使に任命。
平成11(1999)年10月 文部科学省顧問に就任。
平成12(2000)年4月  国立西洋美術館館長に就任。
平成13(2001)年4月  独立行政法人国立美術館理事長に就任。
同月             小泉内閣で文部科学大臣に就任。平成15年(2003)年9月まで。     
平成16(2004)年4月  大学評価・学位授与機構 客員教授に就任。(現在も退任せず)
同年5月           国際日本文化研究センター 客員教授に就任。 
平成17(2005)年4月  財団法人新国立劇場運営財団理事長に就任。(現在も退任せず)
平成20(2008)年6月  株式会社電通社外監査役に就任。

 同様に、文化庁の文化部長などを経て、現在は新国立劇場運営財団の筆頭の常務理事に天下っている霜鳥秋則氏の略歴も紹介する。
昭和22(1947)年9月  北海道生まれ。現在60歳。 
昭和46(1971)年4月  文部省入省。
平成8(1996)年7月   文化庁文化部長に就任。
平成10(1998)年4月  長岡技術科学大学副学長に就任。
平成13(2001)年4月  小山工業高等専門学校長に就任。 
平成16(2004)年4月  自然科学研究機構理事に就任。
平成18(2006)年4月  財団法人新国立劇場運営財団常務理事に就任。
 
 文部科学省の斡旋による「天下り」は、遠山氏は省庁顧問(二回)、電通監査役就任を除いても四回、霜鳥氏は二回である。福田首相の理解では「四回の天下りはやり過ぎ」で、「二回と四回は全然違」うのだそうだが、民主党、長妻議員は、首相のアッパレな言質を取ったのだから、旧自治省官僚OBの古い事例で追及せず、二回以上の天下りを総務省にリストアップさせ、新国立劇場の二羽の渡り(天下り)鳥の例を取り上げて、次の国会で追及すべきである。

2008年06月19日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十七)
≪官僚批判喧しい最中、電通の社外監査役に就任する天下り劇場理事長(一)≫

 新聞メディアによる中央官庁の官僚批判が止まない。その中心は相変わらず「天下り」叩きのようだが、最近は深夜に自宅まで送る個人タクシーから、ビールやつまみの供応を受けるという「居酒屋タクシー」や、海外出張の折に、公費にもかかわらず自分のクレジットカードを使用して「マイレージの個人取得」をするという、官僚たちのあさましい振舞いに対する批判である。国土交通省は今後二ヶ月だけ、タクシーチケットを使用させないことにし、「マイレージの個人取得」については、先週末になって全省庁が自粛を指導することにしたそうだが、その実効性は疑わしい。公費を私して恥じないとは、官僚が既に公僕(パブリック・サーバント)としての本分を忘却し、自覚・節度を保持しなくなった証左だろう。行財政改革、とりわけ行政改革、公務員制度の抜本的な改革が求められている最中、これは昨今の新聞・テレビメディアが得意な末梢的な官僚叩きで終わらせる問題ではなく、議院内閣制下での、国会議員、とりわけ内閣を構成する与党と、その下で行政執行する官僚機構のあり方を再構築する、その端緒のひとつとして考えるべき問題である。
 中央官庁の若手官僚を対象に、海外の大学院や研究機関に留学させる「行政官長期在外研究員制度」が四十数年に亘って実施されているが、この制度を利用した官僚が、帰国後すぐに退職するという制度の食い逃げが顕著になり、それを読売新聞に追及された人事院が「帰国後五年以内に退職した場合、授業料を返納させる」という確認書を留学する官僚に提出させることになったと、三年前の二〇〇五年七月一日のこのブログで言挙げしたことを思い出した。ご笑読を願う。
在外研修制度利用者を自衛隊予備役に編入せよ
http://goldoni.org/2005/07/post_100.html
 
 本題に入る。この「新国立劇場の開館十年を考える」では、劇場トップである新国立劇場運営財団理事長の遠山敦子氏がその職務に専念することなく、トヨタ自動車や松下電器産業が作った財団の理事長や、NHKの子会社の取締役などの要職を兼ね、あまつさえ風俗営業法の規制を受けるパチンコ施設業者の団体の長までしていることを取り上げ、常勤理事長としての適格性に疑義を呈した。
 三月七日に書いた、「巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(四)」
http://goldoni.org/2008/03/post_225.html
を最後に、三ヶ月ほど劇場の動きを見守っていた。四月一日には理事長の再任が決まり、劇場管理部門は今年十二月一日に施行される一般社団法人及び一般財団法人に関する法律に伴う新財団への移行の準備に入ったようだが、それ以外のことについては不明である。このブログについては、いくたりかの国会議員や、内閣府や財務省などの高官が読んで呉れていると聞いていて、また、新国立劇場のある幹部職員には、「新聞記者や評論家の発言とは違い、核心を突いた手厳しい指摘」との過分のお褒めまで頂戴している。しかし、肝心の劇場トップである遠山氏は、ブログでの発言など、取るに足らない、一顧の価値すらないものとの強い姿勢があるのだろう。文部科学省・文化庁の芸術文化の担当職員もチェック怠らないブログだと聞いたが、私のブログでの発言は、遠山理事長の目にも耳にも届いていないようである。インターネットで調べた範囲では、トヨタの財団理事長も、松下の財団理事長も、博報堂の財団理事も、パチンコの団体長も、退任してはいない。私の指摘を受けて、他の兼任ポストを辞することはこの先もないのだろうか。
 
 先月の新聞報道によれば、遠山氏は電通の社外監査役への就任が内定したそうである。旧大蔵省・国税庁の有力OB達の牙城でもある広告業界第二位の博報堂が作った財団の理事を辞することなく、広告業界最大手の電通の監査役に収まるつもりだとすれば、博報堂に対しても、ましてや電通に対しても非礼な振舞いのように小人の私には思えるが、社会常識に囚われない大胆な決断で恐れ入る。
 電通の平成十九年三月期の有価証券報告書によれば、社外監査役三名の監査役報酬の総額は四千三百万円。一人当たりでは一千四百万円を超える。今や文部(科学)省OBきっての肩書キング(クイーン)の遠山氏だが、その肩書きの多さだけでなく、所得の多さでも目立つだろう。「天下りの星」となり、マスメディアの注目が集まるだろう。なにせ、事務次官や国務大臣の報酬を遙かに超え、五千万円強といわれる内閣総理大臣報酬に匹敵する額を手にしようというのだから。
 電通の社外監査役は、単なる名誉職ではないだろう。一朝事ある時は、否、日常の緊張を強いられる重職である。遠山氏への就任要請は、単に天下り官僚を求めたもの、とは思えない。芸術界のボスからパチンコ業者までの幅広い人脈に期待してというものでもないだろう。監査役選任辞退の報道は今のところはない。たぶん就任に向けて数十の名誉職の退任の根回しやら手続きやらで大童であろう。
 日本最大の劇場のトップの職は、遠山氏にとっては二千万円程度の、実入りの少ないものなのかもしれない。しかし、だからと言って、兼務が許されるような気楽なポストではなく、激務であり重職である。一層の経費削減を迫られ、作品成果の向上が求められ、運営の透明性確保が課されてもいる、国立施設の、巨額な税金が投入されている劇場の経営である。文部科学省ばかりか内閣府等による業務監査や会計検査院の検査などにも備えなければならず、大袈裟に言えば三百六十五日、二十四時間、頭も心も或いは体も休まることのないポストである。専心して臨まなければならない本来の専任理事長に専念せず、他の複数の財団理事長や理事、会長を兼任という片手間仕事にしていた遠山氏だが、さすがに世界に冠たる電通の監査役が、今のままで務まるはずがないことは、本人がご存じなはずだろう。税金が投入される財団の常勤理事長が、民間企業の監査役を務めることについて、その是非を含めて、渡海文部科学大臣、銭谷事務次官の文部科学省最高幹部がどう判断しているか。公務員制度改革が前進することになった今、私たち国民は納税者は、退職公務員の再就職問題を、単なる天下り叩きでなく、じっくりと深く考える絶好の機会である。文部科学省最高幹部、そして当事者の遠山敦子氏には、結論を出すまでの時間的なゆとりは与えられていないが。
 遠山氏の監査役就任が正式に決まる電通の定時株主総会は、この二十七日に開かれる。


2008年03月07日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十六)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(四)≫

 パチンコ施設業者の団体の長に収まる元文部科学大臣
今回は遠山敦子理事長が兼職する、全日本社会貢献団体機構会長職について書く。
 NHKの会長に就任したばかりの福地茂雄氏が、会長職に専念することなく、「非営利の組織で非常勤の務めだから」と兼職を続けるとしたポストの一つが、社団法人企業メセナ協議会理事長の職である。企業メセナ協議会は、大手企業を中心に150社の会員で構成する企業による文化貢献のための団体。全日本社会貢献団体機構という名は、遠山氏の数多い兼職ポストを調べ始めたつい最近になって知った。先の企業メセナ協議会の設立を主導したのが、フランスの文化支援に詳しかった朝日新聞元パリ支局長の根本長兵衛氏であったので、「全日本社会貢献団体機構」という何とも大きく立派な名を持つ団体は、朝日新聞に強い敵愾心を持つ読売新聞が設立を画した新しい文化支援組織なのかとも思ったが、実のところは、パチンコホール業者の全国組織・全日本遊技事業協同組合連合会が母体となって作った任意団体であった。「全日本」も「社会貢献」も充分に立派だが、「機構」には驚いた。「機構」という名を冠した任意団体が他にあるのか寡聞にして知らないが、パチンコホール業者の志の高さ、社会貢献への意気込みが強く感じられ、私も公益法人を設立する折には、「全宇宙劇場文化貢献機構」とでも命名しようかと思うほどだ。ただそれだと、「宇宙劇場」というパチンコホールチェーンの経営者になったようで、あっぱれ過ぎるか。
 この団体は、平成17年12月に、全日本遊技事業協同組合連合会の地方単組が続けてきた社会貢献事業を全国規模で進めていこうとの趣旨で設立した任意団体だが、名誉会長は日本画家で、日本美術界のドンともいわれる平山郁夫氏。顧問は、塩川正十郎元財務大臣、美術史・美術評論の泰斗である高階秀爾東京大学名誉教授など。理事・評議員には、全国のパチンコホール経営者に交じって、社団法人日本ユネスコ連盟の理事長や、平山氏が会長を務める「文化財保護・芸術研究助成財団」の専務理事、アサヒビールの会長、全日空の最高顧問、東京芸術大学学長の宮田亮平氏など、平山氏と親しい人物が名を連ねている。遠山氏の就任挨拶にも、平山氏からの推挙で会長を引き受けたとある。
 この団体の活動の柱は、加盟する地方の単組が行う社会貢献事業を顕彰すること、学術、文化、命の大切さについての研究・事業活動に助成することのようだ。研究・事業助成については既に34事業を助成したそうで、その主なものを拾うと、「日中韓文化交流フォーラム」を主催する「文化財保護・芸術研究助成財団」に一千万円(17年度)三百万円(19年度)、シンポジウム「危機にさらされている世界遺産をどう守るか」を主催する社団法人日本ユネスコ連盟に四百万円(18年度)、東京芸術大学学長の宮田亮平氏が同人である「美術運動体 九つの音色」に三百万円(19年度)、そして、遠山敦子会長が理事長を務める新国立劇場の「こどものためのオペラ劇場」に五百万円(18年度)、四百万円(19年度)など。さすがは芸術文化の世界に君臨していると言われる平山郁夫氏の主導するこの活動、この団体の役員が関わる事業に助成金が給付されている。この分では、来年度は、高階秀爾氏が館長を務める大原美術館や、氏が大学院長を務める京都造形芸術大学の主催事業が助成されることになるのかもしれない。社会貢献事業を顕彰する審査には、理事でもある地方協同組合の代表者は参加しないなどの適正な運営をしているのだが、この研究・助成事業についての審査は、上記のように、平山郁夫氏、遠山敦子氏始め主だった役員のところに助成することを、その当事者たちが決めている訳で、極めて不適正な審査だと言わねばならない。
 今年の遠山敦子会長の新年挨拶には、この団体が「全日本遊技事業協同組合連合会が母体となり、学識経験者、文化人、政財界関係者が参加して設立された第三者機関です。」とあった。昨今は死語のようになった「文化人」という言葉に久しぶりに触れた。「学識経験者」「政財界関係者」の範疇には入らないご自身を、「文化人」と規定したかったのかもしれない。また、この任意団体が「第三者機関」とは、どういうことだろうか。こういう組織を、「第三者機関」とは言わないのではないか。「国語の改善及びその普及」についての事務を司る文部科学省の元大臣にして、この国語力である。
 この団体の母体である全日本遊技事業協同組合連合会は、助成審査の実態を調べるために、それこそ「第三者機関」を設けるべきではないだろうか。

2008年02月29日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十五)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(三)≫

 経営の健全化を求められるNHKの子会社の取締役も務める遠山理事長 
 今回は、遠山敦子氏が兼職している、株式会社NHKエンタープライズについて書く。
 遠山氏は、トヨタ財団の理事長就任と同様、一昨年亡くなった東京大学名誉教授の木村尚三郎氏の後任として、NHKエンタープライズの社外取締役に就任している。木村氏の後任に遠山氏が選ばれた理由は判らぬが、これは偶然ではなく、文部科学省大臣官房の差配なのかもしれない。西洋史家、西洋文化研究者として著名な木村氏に比肩する教養人は遠山氏を措いて他にないとの認識が、トヨタ社内にもNHK局内にも共有されていた、ということなのかもしれない。
 2月26日夜のasahi.comには、「NHK経営委員会は26日、NHKの次期中期経営計画策定にあたっての重要検討事項7項目について協議した。来月11日の経営委で福地茂雄会長ら執行部に提示、具体的な計画づくりに入ってもらうという。執行部が5月までに計画の素案を策定。経営委が再検討の上、7月末までには最終案を出してもらい、9月には経営委が議決したいとしている。会見した古森重隆委員長は検討事項の内容を明らかにしなかったが、受信料、組織や経営の体制、番組の内容などについて、「テーマと考え方を示している」と話した。」とある。また、2月29日午後のasahi.comでは、福地茂雄会長が受信料の値下げを11年以降に先送りする考えを明らかにしたあと、懸案となっている関連会社との随意契約について「「金額、割合とも大幅に見直す」と述べ、番組の発注方法を見直す方針を表明。看板番組の「NHKスペシャル」も制作するNHKエンタープライズなどとの随意契約を3月から段階的に競争入札などに移行させる」などと語ったそうだ。
 NHKの来年度予算案を審議する衆参両院の総務委員会は3月には始まる。福地会長の適格性についても取り上げられるだろうが、NHKと関連団体との関わりについて不透明であるとの指摘が高まっていることもあり、最大規模の子会社であるNHKエンタープライズの経営内容についても議論されるだろう。放送番組制作、映像ソフト販売、イベント事業などを展開する、このエンタープライズ社の株式比率は、NHK本体が80.72%、関連8社が16.53%で、合計97.25%。昨年度の売上は430億円で、NHK本体からは制作受託料266億円を計上している。その売上比率は61.8%である。
 昨年11月に出された会計検査院の平成18年度決算検査報告書によれば、平成17年度末でのNHK関連33社の内部留保(利益剰余金)は886億円で、そのうち、エンタープライズ社は最高の156億円。同報告書には、18年6月9日の参議院本会議で採択された内閣に対しての警告決議が載っている。その一部を紹介する。
 「…NHK関連団体に多額の余剰金が積み上がっている事実は看過できない。」「政府はNHKに対して、綱紀粛正、内部監査の更なる充実によるこの種事案の再発防止に向けた取組、及びNHK関連団体が保有する多額の余剰金の見直しの検討を強く求め、国民・視聴者の信頼回復に努めるべきである」。
 NHKでは本年1月末に会長・副会長が引責辞任したばかりである。新任された放送界には不案内の会長と、彼を推薦した経営委員長との不協和音が早くも噂されているそうだが、上述したように3、4月の衆参両院の総務委員会はこのNHK問題でも荒れるかもしれない。常に整理統合の対象として取り上げられることの多いエンタープライズ社にとっては何とも厳しい状況だと思うが、遠山氏はこの事態を理解出来ているのだろうか。就任前に、会計検査院の報告書を読んでいれば、引き受けることはなかったのではないかと思うのだが。因みにこの報告書には、文化庁の文化振興費について、「本院の指摘に基づき当局において改善措置を講じた事項」、砕いて言えば、不適正な支出を指摘して改善させたものとして、遠山氏が文部科学大臣を務めている時期に実施していた芸術創造活動支援事業での不適正な会計処理を指摘している。このあたりのことは、この<提言と諫言>で近く始める予定の『文化庁の助成・補助金政策について』とでも題した連載で、たびたび言及するつもりである。

 歴代の文部事務次官は十指を超えるほどの外郭団体・公益法人の役職を与えられるようだが、民間の、存続すら懸念される企業の取締役を引き受ける者はいないだろう。遠山氏が就任した経緯は判らぬが、事務次官こそ逃したが、文化庁長官、そして文部科学大臣まで務め上げた遠山氏、「歴代の次官より多い役職が欲しかった」などという恐ろしく軽薄幼稚な理由での就任ではないだろう。

2008年02月26日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十四)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(二)≫

 「官と民の持たれ合い」を象徴する、元文化庁長官の被助成団体会長兼任 
 今回は、遠山敦子氏が兼職している財団法人日本いけばな芸術協会の会長職についてである。
この協会のウェブサイトによると、華道・生け花の四百以上の流派と、四千人以上の師範が加盟している。華道の流派がこの協会に加入しているものだけでも四百以上あるというのは驚きだ。その流派の師範が一人、いわゆる一人流儀も相当にあるようだ。また、沿革なども書かれているが、平成十四年までの記載しかなく、他のページを見ても、ほとんど二、三年前の更新が最後、という具合。
尤も、昨十九年三月に会長に就任した遠山氏の名前は役員名欄にあるので、最低限の体裁を整えているのだが、財団の寄付行為、事業計画・報告、収支予算・決算報告などについては、全く公表していない。
 協会は文化庁や地方公共団体などの支援を受けて、いけばな展などを主催している。遠山氏を会長に選任した理由は、役所への口利き、圧力を期待してのことだろう。監督或いは支援する、助成・補助金を支給する官庁の役人が、退官すると、今度は監督され、支援され、助成・補助金を受ける側の組織のトップに座る。日常になってしまった「官と民の持たれ合い」の関係である。監督官庁がこの様であればこそだが、例えば、文化庁の助成制度の審査委員などを委嘱されている演劇評論家の大笹吉雄氏が、文化庁助成事業の請け負い、補助金を受給する劇団を構成員とする社団法人日本劇団協議会の常務理事や、独立行政法人日本芸術文化振興会の委託事業者である新国立劇場の評議員を務めるというような不見識なことが起こる。フリーランサーの批評者が、国家や地方自治体、それらの外郭団体や業界団体と関わりを持つことにも違和感を抱くが、演劇界のオピニオンリーダーのつもりで立ち働いているのかも知れない。麻薬のような助成金補助金に頼ること縋ることが最も重要なテーマと化した現代の演劇界では、この大笹氏の振る舞いなどは、特段に異常なことではないのだろう。このような「官と民との持たれ合い」、官による「芸術」活動への助成制度、補助金受給に縋る緊張感の無い環境から生まれるアート、芸術文化に、明るい未来があるとは思えない。

 新国立劇場のエントランス正面に迎え花(ウェルカムフラワー)が飾られていることがある。専らオペラ劇場のオペラ、バレエ公演期間中に用意されているようだが、いつから飾られるようになったのかは記憶にない。昨年秋の今シーズン皮切りの演劇公演を観に出掛けた折、中劇場へのアプローチを塞ぐように迎え花が飾られて、鎮座する巨大な飾り花の左の隅に出来た微かな隙間を抜けて中劇場まで入った。この公演の余りの悪評判に、巨大オブジェで中劇場を蔽い隠したくなったのかと思ったほどであった。あれほどの大きな迎え花であれば、生花の費用だけでも数十万円はするだろうから、総制作費用をノーマルに支払うとしたら、(舞台作品個々の制作費用を明らかにしない劇場だけに、この迎え花の制作料なども不明であるが)数百万円のものかもしれない。
 因みに、この迎え花、作者は同協会副会長の勅使河原茜氏であった。

2008年02月18日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十三)
≪毎年巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(一)≫

 肩書は年齢の数を越えるといわれる六十九歳の遠山理事長
 前回は、遠山敦子氏が新国立劇場運営財団の常勤理事長でありながらその職に専念せず、十指を超える団体の理事等の職に就いていることを指摘した。今回からは遠山氏が兼任している団体ごとに、いくつか書いていこうと思う。  
兼任しているポストを再録する。

財団法人 新国立劇場運営財団  理事長 
財団法人 松下教育研究財団 理事長
財団法人 トヨタ財団         理事長
財団法人 博報児童教育振興会  理事
財団法人 日本いけばな芸術協会 会長
社団法人 全国少年補導員協会  会長
社団法人 学術・文化・産業ネットワーク多摩 名誉会長
非営利活動法人 富士山を世界遺産にする国民会議 副理事長
文化庁文化審議会委員 同文化功労者選考分科会委員
数学教育学会            名誉顧問
株式会社NHKエンタープライズ  取締役
早寝早起き朝ごはん全国協議会  副会長
全日本社会貢献団体機構  会長

まず、理事長、会長を務めている4財団法人との関連についてである。
 松下教育研究財団は松下電器産業の、トヨタ財団はトヨタ自動車の設立した助成型財団である。ともに理事長職は非常勤のようである。2月8日の衆議院予算委員会で、民主党・武正公一議員は官僚の天下り問題について取り上げ、「理事長が非常勤」である公益法人のあり方や、就任の形態に疑義を呈し、福田首相も「改善すべき問題である」との答弁があったように記憶している。この「理事長が非常勤」なのは、中央官庁の外郭団体だけでなく、天下り官僚を受け入れる企業の作った財団などにも多く見られるものである。そのような団体は、概ね局長級かそれ以下の最終官職の天下りか、プロパーの管理職出身の常勤理事がその団体を差配している。遠山氏が理事長を務める松下教育研究財団、トヨタ財団も、問題の新国立劇場でも同様だろう。因みに、新国立劇場の筆頭の常務理事・霜鳥秋則氏も、文化庁の文化部長などを経て退職、新国立劇場が幾つ目かの天下り先であり、この先も前任者同様に大学などの理事・監事或いは教授などに転出するであろう典型的な渡り鳥である。
 松下のポストは、元文部事務次官で、退任後に国立教育研究所長、日本学術振興会理事長、独協学園理事長、そして新国立劇場運営財団初代理事長とみごとな渡り鳥ぶりを演じた木田宏氏の引退を受けての、トヨタのそれは、前任の木村尚三郎東京大学名誉教授の死去に伴う選任である。
 それにしても、日本を代表する企業が設立した財団が、理事会のトップに天下り官僚を受け入れ、非常勤でその職に就かせている現状は、まさに「改善すべき」ものだろう。遠山氏は、このトヨタ自動車からの出向社員・岡部修二氏を新国立劇場の常務理事としている。繰り返すが、遠山氏、霜鳥氏、岡部氏、もう一人の常務理事である日本経団連の元職員・角田博氏の常任理事者4名は、劇場勤務経験、舞台芸術実践経験がない。新国立劇場は、非専門家による専門劇場の運営である点でも、世界に類例のない劇場である。職に就かせた方も、職に就いた方も、不見識非常識極まりない。
 中央官庁の官僚であれ、地方自治体の役人であれ、その主流はジェネラリストである。であれば、スペシャリストには官の組織を運営させたくないだろう。しかし、その官が作った外郭団体はその存在価値の有無、妥当性の有る無しはどうであれ、すべて専門性を持つことで存在している。国が作った劇場などはその典型である。そこに、実演家、実践家であるスペシャリストを押しのけ、或いは傀儡化した上で、専門性のないジェネラリストであった所管省庁の高級官僚がその組織のトップとして天下る。臆面もなく職を得るものだと呆れもするが、翻って、専門性のない者が憶することもなく、ましてや常勤でありながら専念しないでトップを務める、その不見識非常識を批判することなく、却って迎合し追従するようなオペラ、舞踊、現代演劇の舞台芸術界の不見識非常識を超えた不甲斐無さ節操の無さに、もう救いはないのではと思ってしまう。


2008年02月07日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十二)
≪劇場のトップマネジメントは及第か(下)≫

専念しない、専門家でない天下りを劇場トップにする、世界で稀れな歌劇場  

  財団法人 松下教育研究財団    理事長
  財団法人 トヨタ財団          理事長
  財団法人 博報児童教育振興会  理事
  財団法人 日本いけばな芸術協会 会長

  社団法人 全国少年補導員協会  会長
  社団法人 学術・文化・産業ネットワーク多摩 名誉会長

  非営利活動法人 富士山を世界遺産にする国民会議 副理事長

  文化庁文化審議会委員 同文化功労者選考分科会委員
  
  数学教育学会           名誉顧問
  
  株式会社NHKエンタープライズ 取締役
  
  早寝早起き朝ごはん全国協議会 副会長
  全日本社会貢献団体機構 会長

 上記は、ひとりの文部(科学)省天下り官僚の肩書である。他にも公益法人あるいは営利法人の役員を幾つも務めているだろう。
 この人物こそ誰あろう、財団法人新国立劇場運営財団の理事長である遠山敦子氏その人である。

 新国立劇場の理事長職は常勤であろう。民間企業であれ、中央官庁の外郭団体であれ、天下り官僚がそこに職を得た場合に当然のように受ける待遇として、遠山氏も、部屋付き、秘書付き、車付きの厚遇を受け、(情報公開していないので、推定だが)年収二千五百万円前後の高禄を食んでいるのだろうか。そうであれば、理事長廻りの総経費は億に近いものになるだろう。このような待遇の常勤理事長だとしたら、非常勤とはいえ、他の公益法人等の役職を務めたりはしないものだと思うのだが、さすがは文化庁長官、文部科学大臣まで務めた人物だけに、教育や芸術文化に貢献したいとの高い志しがそうさせるのかもしれない。劇場経営者として当然持っていなければいけない劇場勤務の経験も、オペラ、演劇、舞踊の専門性を全く持たない中で、それこそ手探りで劇場の最高責任者として陣頭指揮を執っているのであれば、大半が文部科学省高官経験者などが引き受ける名誉職とはいえ、就任要請を一切断り、新国立劇場理事長職に専念すべきだったのではないか。
 新国立劇場と上記の団体との関わり、利害関係についてはまだ調べていない。松下、トヨタ、博報堂の作った財団は、すべて助成型財団であり、便宜供与、口利きなどの典型的な天下り官僚への期待を前提にしたポスト提供ではないのではとは思う。しかし他の法人などでは、新国立劇場、或いは理事長職との関連で適正を欠くものがあるかどうか、じっくり調べて書くつもりだ。遠山氏の任期は今年3月31日までである。3月中旬に開かれるであろう年度末の理事会では、遠山氏の続投、或いは後任の理事長が決まるだろう。それまでの残り一か月、この「新国立劇場の十年」を考えて書いていくつもりだ。続けてのご笑読をお願いする。
 

2008年02月05日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十一)
≪就任会見で「専念しない」と発言、朝日新聞に「無自覚」と批判されたNHK会長も兼ねる新国立劇場の理事職≫

 一月二十四日(木曜日)付の朝日新聞朝刊のオピニオン欄「私の視点」には、元TBS企画局長・田原茂行氏の「NHK新会長に望む三つのこと」と題する意見が載っている。翌二十五日に就任する福地茂雄氏への期待として書かれたものだ。田原氏の主張は、まず、組織の指導者としてどんな考え方の持ち主かを、視聴者にもNHK職員にも理解させるべく語ること。(英国BBCの会長は公募制であり、候補者はマニフェストの提出を義務づけられており、これが会長としての活動の基礎になっている。)その二は、全職員のモラルの根拠となる自立性の強化を図る。(現在のNHKには、元報道記者を中心にして、国会議員に密着して予算案の根回しを行う総合企画室があるが、今後はこの根回し専門組織の見直しと、視聴者への説明責任に軸足を置く体制作りをすること。)その三は、その具体策としての情報公開制度の抜本的な改革。(民放各局の「自己批評番組」のようなレギュラー番組を作り、視聴者と番組制作者が対話する番組が本質的な双方向性を確保する有力な手段である。)の三点だ。放送界、ジャーナリズムのことについては詳しくないが、それでも読んでみれば至極妥当と思われる意見である。特に、新会長がその活動の指針にもなるマニフェストを作成し、視聴者、職員に明らかにすべきとの考えは、経営委員会の委員長、そして新会長が保持していておかしくないものだろう。経営委員会が福地茂雄氏の会長就任を決定したのは昨年十二月二十五日、就任までは丸一か月あったので、二十五日の就任記者会見では、マニフェストの形かどうかは別にして、具体的な指針が出るだろうとは思っていた。
 一月二十六日付の朝日新聞朝刊の1面には、「法令順守を風土に」の三段見出しで会長就任記者会見の模様が、2面には解説記事「福地NHK改革へ背水」が、そして3面には社説「報道機関を率いる自覚を」が掲載されている。記事によれば、「昨年の就任内定から1カ月。日課のウオーキングも控え、好きな本は1冊も読まずに準備していた福地氏だが、「まったく未知の分野。つめの先ほども分かっていない」。手探りの船出であることを認めた」そうである。「知識を持っていない」「把握していない」(福地会長)を連発して、答えに詰まった、ともあり、「白紙」「(検討は)まだこれから」との発言が目立った、ともある。まあ、何とも心もとない有様で、丸一か月の準備期間に、経営者としての活動指針を準備できなかったようだ。また、NHK会長に決定する前から就任していた企業メセナ協議会理事長、東京芸術劇場館長の職については、「非常勤、無報酬、非営利で会長業務には支障がない」との理由で辞めないと述べた。未知の分野を爪の先ほどにも判っていないと謙虚な姿勢を見せたその後で、会長業務に支障がないのでNHK会長職に専念しないで他の職も兼任するとの発言は、如何なものだろうか。
 NHKの会長は二代続けて引責辞任を強いられ、二十年ぶりに民間から、それも放送界でもジャーナリズムとも無縁な、ビール会社の元経営者が、自ら語るように「未知の分野」への「手探りの船出」をする。にもかかわらず、NHK会長職に専念しない。この件について、古森重隆経営委員長、或いはNHKを所管する総務省の増田寛也大臣へは事前に了解を取り付けていての発言か。務め始めてもいない会長業務に「支障がない」と即断する根拠は何か。朝日の記事、他紙の記事にもこのことへの言及がない。もし、そうであれば、新会長だけでなく、古森、増田両氏の現状認識、見識の低さが問題となろう。
 朝日の社説は、「福地氏には本当に危機感があるのか、疑問を抱かせることもある。NHK会長になったのに、企業メセナ協議会理事長や東京芸術劇場館長を辞めないことだ。「会長としての業務執行に影響しない」というのだが、ここはやはりNHK会長に専念すべきだろう。報道機関を率いる自覚を持って、改革の具体策を急がねばならない。視聴者はいつまでも待ってくれない。」と結んでいる。
 NHKの会長職は、職員一万二千人、系列三十数社(団体)を合わせれば一万数千人の組織の最高責任者である。その人物が職務に専念しないで良いはずがない。二十年前に三井物産の経営経験を買われてNHK会長に就任したが、就任当初から失言が目立ち、「不適任」として九カ月で辞職させられた池田芳蔵氏の先例を、福地氏はどう理解しているのだろうか。専念したところで、国会や総務省、あるいはNHK本体から「不適任」と批判され、辞任させられた場合、その後に活躍する場がなくなることを懸念しているのだろうか。 
 企業メセナ活動や、都立の劇場の活動を、手弁当・費用の持ち出しになってでも続けていきたいとの高い志には共感を覚える。功成り名を遂げた企業経営者ばかりの話ではない。中央官庁の高級官僚出身者が、悪評高く、卑しい処世の「天下り」などせずに、第二の人生として社会貢献・文化貢献に努めたりする姿は、国民の範ともなるものだ。成功者、人の上に立つ者は斯くあるべしと思う。

 NHK会長職が専念すべき務めか、兼任でも務まる職かの判断がつかない人物が、無償で活躍しようとするメセナや舞台芸術の世界とは、なんと軽々しい、まさにビールの泡ほどに軽いものか。
 福地氏は新国立劇場の理事職を兼ねているようだが、こちらのポストでどんな貢献をしているのだろうか。企業のメセナ活動の振興、劇場の運営が片手間で出来るものとの判断でもあろうが、何にしても困った話ではある。 


2008年01月26日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十)
≪NHK副会長を引責辞任した新国立劇場の評議員≫

 報道部門の記者らの株式のインサイダー取引疑惑が取り沙汰されている日本放送協会(NHK)だが、24日には橋本元一会長、永井多惠子副会長が引責辞任する事態となった。橋本会長ら理事会メンバーはこのインサイダー疑惑を昨年12月には把握していて、その発覚の隠蔽を図ったとの報道もあり、橋本会長、永井副会長始め全理事は、真相究明のために開かれる第三者委員会の調査を受けるなどの厳しい立場になりそうだという。
 このブログの二〇〇五年二月六日には、<『4月に崩壊する』か、NHK新体制>≫http://goldoni.org/2005/02/post_75.html
と題して、雑誌『週刊文春』が書いた同年四月の永井副会長辞職によるNHK執行部の崩壊説を取り上げ、<「やってられないわ!」と投げ出したい気持ちを抑えてでも、それまでの2ヶ月は大いに奮闘して戴きたい。>と永井氏の精励を期待した。『週刊文春』の早期崩壊説は残念ながら外れたが、本人の引責辞任、そして疑惑の真相究明の調査対象者になるという事態で、私の永井氏への期待も残念ながら大きく外れた。当時、永井氏は、せたがや文化財団の理事長を務めており、また中央官庁の審議会の委員を重複して受けていた。局員数一万二千人の大組織の最高幹部として、また毎年二千七百万円を超える給与を得ることになるその職務に専念するべきであると考え、参議院の総務委員会の委員を務める自由民主党、民主党の議員たちにその旨を伝えて、彼らからは「専念させる」との返事を貰ったことがある。永井氏のその後の活動は詳らかではないが、インターネットで調べた限りでは、せたがや文化財団理事、新国立劇場運営財団評議員にその名がある。公職を辞退して、NHK副会長職に専念していなかったことになる。「専念させる」と約束した議員諸公には、それが反故にされたことを糺さなければならない。
 また、二〇〇六年一月四日には、<『規制改革・民間開放』と『文化芸術振興』>
http://goldoni.org/2006/01/post_157.html

と題して、規制改革・民間開放推進会議が決定した最終答申について触れ、『効率化追求による文化芸術の衰退を危惧する』とする文化庁主導の反対運動に、美術界の重鎮である平山郁夫氏や高階秀爾氏、この永井氏、新国立劇場運営財団の遠山敦子理事長も発起人として加勢していることを書いた。<日本の芸術文化の先行きに不安に駆られてか危惧の念を持たれてか、矢も楯もたまらずにか、名を連ねている。言論・表現の自由が憲法で保障されている日本ではあるが、行財政改革が最大の国内政治テーマになっている昨今、その改革を推進する内閣機関に対して、天下りの渡り鳥やお飾りトップのはずの「公的組織」の長が、こんな反攻の挙に出るとは思わなかった。>
 永井氏が政治音痴であるのかどうかは知らない。この先にどんな咎め、どんな指弾を受けることになるのかも判らない。ただ、任期満了の退任まで数時間のところで引責辞任を迫られた永井氏の胸中は、察するに余りある。引責辞任したこの日の夜、永井氏は新国立劇場の大劇場でのオペラ『ラ・ボエーム』を、一階中央の普段は招待用に使っているであろう席で鑑賞していたが、果たして気を落ち着かせて終演まで楽しむことができただろうか。永井氏の三席隣りに着席していた保利耕輔元文部大臣は、永井氏を見掛けたとしたら、氏に慰めの声を掛けたのだろうか。或いは、劇場の役職員が最上席で鑑賞していることを訝り、叱責を与えただろうか。
 カーテンコールが終わり席を立つ時に中央の席、その左右の客席通路をみたが、既に永井氏の姿はなかった。

2008年01月17日

「新国立劇場の開館十年」を考える(九)
≪劇場のトップマネジメントは及第か(中)≫

芸術監督は「ギャラの高いアルバイト」で良いのか
  ―国立ストラスブール劇場の資料によれば、劇場監督は任期中、自らが監督する劇場以外での演出活動、出演活動が禁止されている。ただし文化大臣の許可を得れば可能であるが、実質的には演出家として、よりステータスが高い劇場の演出家として抜擢される場合以外には裁可が下りないであろう。ただし自らの劇場で制作した公演を、べつの国立劇場、国立演劇センターに持ち出すことは可能である。ともかく、公共劇場の劇場監督に就任した以上はそれ以外の仕事はできないのだ。日本では言うまでもなく、公共劇場の芸術監督が他劇場で演出することは通常のことであり、場合によっては大学の専任教員にも就いている現状がある。それは日本では認められていることなのだから、それ自体しかたがないことなのだが、芸術監督に兼職を認めることによって、公共劇場が十全に機能するために劇場監督がしなければならないことが、日本では十分に行われていないとも言える。―(佐藤康「芸術監督の思想-フランスの公共劇場をめぐって」『演劇人』一八号所収)

  新国立劇場の演劇部門の芸術監督は、今シーズンからは文学座演出部所属の鵜山仁氏である。初代の芸術監督は演劇評論家の藤田洋氏、二代目となる開場時の芸術監督は副監督を務めていた元民藝の演出家・渡辺浩子氏(故人)、三代目はフリーの演出家・栗山民也氏であった。渡辺浩子氏は芸術監督になる三年前に芸術参与・副芸術監督に就いたが、その就任時には三十五年の間所属していた劇団民藝を退団しているので、藤田、栗山、渡辺氏の三人は、新国立劇場以外には所属しない状態での就任だった。しかし、鵜山氏は、平成十七年四月の芸術参与就任時から現在まで、劇団文学座の演出部に所属している。渡辺氏は、この劇場の仕事に忙殺されて、文化庁や運営側の理事者、職員との軋轢もあって命を縮めたとも言われた(平成十年六月十二日死去。享年六十二)。しかし、渡辺氏も新国立劇場に転籍していた五年の間に、退団した民藝や、自身が主宰する製作団体の公演の演出を数本しているので、厳密に言えば専念していた訳ではない。鵜山氏は、劇団を退団しなくてもよく、専念しなくとも構わないとでも思ったのかもしれず、また鵜山氏の起用に動いた担当の常務理事や、氏を推薦したと思われる演劇関係の理事、評議員なども、芸術監督に専念することを前提条件にしなかったのかもしれない。だとすれば、鵜山氏、新国立劇場関係者は、無自覚であり、無責任な話である。

2007年 6月 演劇公演 『モスクワからの退却』  加藤健一事務所製作
       9月 演劇公演 『アルゴス坂の白い家』 新国立劇場製作
      11月 演劇公演 『家族の写真』      俳優座劇場製作(再演)
      11月 オペラ公演『カルメン』       新国立劇場製作
      11月 演劇公演 『円生と志ん生』     こまつ座製作(再演)
      11月 演劇公演 『オスカー』       NLT製作(再演) 
2008年 1月 演劇公演 『長崎ぶらぶら節』    文学座製作 
       2月 演劇公演 『人間合格』       こまつ座製作(再演) 
       3月 演劇公演 『思い出のすきまに』   加藤健一事務所製作
       5月 演劇公演 『オットーと呼ばれる日本人』新国立劇場製作
       6月 オペラ公演『ナクソス島のアリアドネ』 東京二期会製作
       9月 演劇公演 『ゆれる車の音』     文学座製作(再演)
 
  鵜山氏は昨年九月に芸術監督に就任したが、ここでは、今シーズンの幕開き直前の鵜山氏の演出作品を挙げた。遺漏があるかもしれない。新作の演劇公演では、概ね六週間程度の稽古期間が一般的だが、再演でも、キャストの変更などがあれば、数週間の稽古期間を設けているはずである。この数年は再演演出を含めれば年に十数本の演出を引き受ける多忙な鵜山氏には、新国立劇場の芸術監督の務めに専念するなど、考えもつかないことだろう。
 「任期中は自ら監督する劇場以外での演出活動、出演活動が禁止され」、上司に当たる文化大臣の許可は、「よりステータスが高い劇場の演出家として抜擢される場合以外には」下りないフランスの国立劇場と、他の組織に在籍していても構わず、専念することも求められない日本の新国立劇場。慣れない舞台芸術の世界で、それも文部省幹部職員時分のように、「よきに計らえ」とはいかないマネジメントが求められ、専念専心して指揮を執る遠山敦子理事長には、この鵜山氏の芸術監督としての働き方はどう映っているのだろうか。

2008年01月09日

「新国立劇場の開館十年」を考える(八)
≪劇場のトップマネジメントは及第か(上)≫

税金で賄われる「民間の財団」という不思議な劇場
この『「新国立劇場の開館十年」を考える』は、旧蝋三日、その第一回≪「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長≫http://goldoni.org/2007/12/br.htmlを書いた。そこでは、この劇場が凡そ毎年八十億円規模の予算で運営され、その七割に当たる五十数億円は国費が投入されていること、公演事業収入は十六億円弱、協賛金・賛助金収入は七億円弱であり、国民の税負担なしでは運営出来ない、天下り官僚が君臨する典型的な国立の文化施設の一つであることを述べた。またそこでは、一昨年一月に発行された劇場の冊子『ジ・アトレ』に載った遠山敦子理事長の「新しい年に向けて」と題した挨拶から、「わが新国立劇場は国際的にも大変評価されるようになりました。」「新国立劇場を訪れた芸術家たちからは、その専門的な観点からしても世界で三本の指に入る優れた劇場との言葉をいただいております。」との言葉を引用し、(来日したオペラ関係者の社交辞令を真に受けたにしても)その運営については開場以来厳しい批判を受けており、また、国税が投入されている以上は、運営のことごとくを詳らかにして臨むべき国立の劇場の最高責任者である財団理事長の公式な発言としては、謙虚さや矜持も見られず、如何なものかと書いた。今回は、この挨拶の後段にある発言について書こうと思う。
 遠山氏は、新国立劇場は二つの大きな役目を負っていて、第一は質の高い作品を国内外に発信すること、第二は愛され親しまれる劇場であることとして、「劇場をもっと魅力あるものとし、活性化させ、人生の夢を叶えられる場所にしたいと願っています」と言った。また、「劇場は国立の名を冠しておりますが、運営を行っているのは民間の財団です。サービス精神に富んだ劇場にするべく、職員の意識改革にも積極的に取り組んでいるところです。」「一流の芸術家が人生をかけて取り組み、多くの関係者が手を携えて幕が開くのです。人間の集合がもたらす情熱、エネルギー、体温を感じて戴きたいと願っています。」と記している。
 この挨拶文が、遠山理事長の作でなく、劇場の総務部にでもいるスピーチライターを務める職員の手によるものだとしても、理事長挨拶であるからには、劇場総体の方向性、今後の姿勢、決意を表したものと受け止めるべきものだろう。「質の高い舞台芸術を創造し、国の内外に発信」して、また、「広く皆さんに愛される、親しまれる劇場であること」を目指すという姿勢は、何も国立の(組織運営の税負担が七割、天下り官僚が常勤理事者に二人いる、典型的な国営施設である)劇場として、さして重要なものとは思えない。営利を求めるべき民間の劇場が理想として掲げるものでもあろう。また何を以って、誰が作品の質の高低を判じるのかは大きな問題であり、軽々に語ることではないだろう。また、現代では極小メディアである劇場を、万人に「愛され」「親しまれる」ようにしたいとは、土台無理な話である。直截に言えば、劇場の最高責任者の所信表明としては落第である。以前から書いてきたように、劇場の最高責任者は、舞台芸術にも、文化施設の運営にも、ましてや劇場そのものについても、経験も造詣も見識もない者が、容易に務まるものではない。全く専門性がない元文部官僚が、天下り先として用意された官の外郭団体のトップのポストを務めようとするならば、せめて劇場の成り立ちを学び、これは公僕として専門性を高めたはずの「公共」「公益」についての見識を前提に、この劇場でそれをどう考え、具現化するかに努めるべきだろう。そのためには、「世界で三本の指に入る優れた劇場」との妄想から脱却して、劇場の現状を謙虚に認識し、そして、専念専心して努めるだろう。
 無論のことだが、挨拶の文章をとやかく言っているのではない。「運営を行っているのは民間の財団」とあるが、「民間の財団」という希代な表現にも、敢えてここでは批判を加えない。「職員の意識改革にも積極的に取り組んでいる」そうだが、肝心の「役員」が抜けていることも気になるが、敢えて言挙げしない。挨拶文での所信表明が落第でも結構である。問題にしているのは、その運営姿勢そのものである。毎年五十億円の税金が使われる国立施設のトップマネジメントが落第では、利害に関わる業界関係者は論外だが、一般の納税者、主権者たる国民は、結構、結構と言うだろうか。

2008年01月01日

「新国立劇場の開館十年」を考える(七)
≪無償観劇を強要する演劇批評家、客席で観劇する劇場幹部≫

 ―昭和四十二年三月中旬。
 たしか小劇場の公演だったと思う。私は日曜日に取材を兼ねて、劇場へ出かけた。取材記者の席は舞台に向かって右側、前列から五、六番目で、体を斜めにしないとよく舞台がみえないところにあった。ふと、座席正面、中央をみるとT理事長、N文化財保護委員長が観劇中だ。この分ではいい席は大方、文部省の役人で占められていることだろうと思った。
 私は新聞記者になる前から、ずい分芝居をみているが、いまだに松竹大谷竹次郎会長が、また東宝菊田一夫専務が自分の劇場の客席で観ていたということを知らない。大谷会長はいつでも監事室でみていた。あるかぶき俳優の告別式で、泣いて告別の辞をのべた直後、かたわらの劇場支配人に「どうや、今日の入り(劇場の入場人員)は」と聞いたという商売の鬼、大谷氏の根性は、客席でみるなんていうもったいないことは出来なかったに違いない。なによりも「お客は王様」という信念がそうさせたといった方が正しい。大谷会長が監事室にあらわれる日は、劇場関係者、作者、役者にまで、ピーンとした緊張がみなぎっていた。―

 石原重雄著『取材日記 国立劇場』からの引用である。
 05年11月だったか、文化庁の新進芸術家在外研修(留学)制度利用者の研修発表演劇公演が新国立劇場小劇場で行われたが、公演初日のセンターブロックの客席中央には、主催者である文化庁の職員が6人ほど並んでいて、普段はどの劇場でも中央の最上等の席が宛がわれ、居眠りしながら観劇する習慣を持つ年配の批評家たちが、左右ブロックの隅の席に追いやられて居心地が悪そうに座っていた。予算消化、助成制度維持のためのアリバイ作り、或いは業界団体への財政支援のための公演のようで、作品としては異常にレヴェルの低いものだったが、「チケットのばらまきの実態」「文化庁職員の特権意識」「演劇批評家の生態」を見事に著した瞬間であり、入場料より安い見物であった。この公演は、ほとんどの観客がばらまきチケットでの観劇で、当日券を購入して入場するという奇特な客の席は、最後尾のはずれであった。よほど、文化庁の職員たちに、「主催者が良い席を占めていて、数少ない有償観客を冷遇するとは何ごとか」と叱ろうかとも思ったが、そんなしきたりも判らないからこそ、真ん中の席にいる連中には、何の事だか判るまいと諦めた。
 新国立劇場では、オペラ公演でも、演劇公演でも、中央の最上等の席には、劇場(財団)理事や評議員などが同伴者を伴って大挙して観劇していることがある。彼らの誰一人、自分が劇場の人間とは思っていないから、「このチケットを売っていれば、二席で四万何千円の売上げだな」などとは考えない。名前を貸しているのだから、招待席に座って当然、くらいにしか思っていないのだろう。劇場は客商売の場でもあるとの認識がなく、単なる名誉職のつもりで理事や評議員に名を連ねているとしたらそれも問題だが、それ以上に理事長や常務理事、芸術監督などが平然と客席で観劇する劇場とは、これも民間の劇場ではないことで、何とも異常である。このブログで、バイエルン州立歌劇場の前総裁のサー・ピーター・ジョナス氏の講義録について度々書いたが、バイエルンの招待者は、州首相ただ一人だそうである。これに引き替え、新国立劇場の招待、ばらまきのチケットは多い時では数千枚規模だろう。
 新聞記者の取材であれ、批評家の劇評の為の鑑賞であれ、劇場側が無償(招待)で、それも客席中央の席を用意しなければいけないとは思わない。度々このブログで書いていることだが、自分に招待状を送ってこない製作団体に電話をして、読売新聞の演劇大賞の選考委員だと言ってチケットを強要したという豪の者ばかりか、同賞や、朝日舞台芸術賞の選考委員、文化庁や芸術文化振興基金等の審査委員のご連中にとっては、劇場や製作団体から招待状が届くのはごく当たり前のこと、プログラムの執筆依頼や付け届け、接待までが当然視されていると聞く。同伴者がいる場合でも、その分のチケット代も踏み倒そうとする者まで出る始末である。(このご連中は、揃いも揃って新国立劇場の評議員であったり、研修所の講師だったりする。はやりで言えば、品格があれば今の新国立劇場には蝟集しないだろう)例えば文芸の評論家が、版元や著者から贈呈される本だけで批評を書くことはないだろうし、また文芸評論家だと言って、関わりのない版元や著者から読みたい本を無償で提供させる、と言うこともないだろう。「大新聞社が舞台芸術の振興や支援をしようと言うなら、せめて選考委員のチケット代くらいは新聞社が負担して、経営基盤の弱い劇場・製作団体を少しは助けるべきだろう」と、読売新聞の編集局の責任者に諫言したことがあるが、今も費用負担などせずに相変わらず只見をさせ、一流ホテルを借りて授賞式とパーティーをしているのだろう。芸術文化に関心を向けるところ、金を掛けるべきところが違うと叱ってみても、この国の政治体制を思慮し憂える経営者を頂く天下の大新聞社の編集幹部たちには、この国の舞台芸術を思慮し憂える私の話などは小さ過ぎてか、蛙の面に水、取るに足りないものだったのだろう。
 昔語りだが、文化庁の国内研修制度を利用して勉強していた若手俳優が、その成果を自己資金の持ち出しで形にしたいというので、その真摯な姿勢に動かされて、何人かの演劇製作者と試演会を企画し、無償或いは持ち出しでその製作に協力したことがある。(と言っても、最も主導的に働いたのは、二十代、三十代のパリパリの製作者たちであり、私はと言えば、不足する製作費用を立て替え、稽古場を提供し、公演期間の当日受付の電話番をした程度だが。)公演の前評判も高く、百席の小劇場での5回ほどの公演でもあり、公演前にチケットは売り切れた。公演期間の毎日、大手新劇団の幹部俳優や著名な映画(舞台)俳優などからも、「チケットを買わせてくれないか」との電話が頻繁にかかってきたが、「遅すぎる」と言ってすべてお断りした。公演を手伝った十数人の者も全員、本番の舞台を観ることが出来ないほどであった。そんな中で、「批評をしている○○だが…」と、何とも高圧的で無礼な物言いの電話が掛かってきた。「公演の案内を貰ったが」とだけ言って言葉を続けない。こちらが「どうぞどうぞ。お名前は?」とでも言うと思っていたようだが、電話番の私の一言は、「だから、どうした?」。先方は普段にない展開に慌てたのか、急に名乗り直したが、「期日指定、座席指定の公演だから、観劇希望は締切日までに連絡するのがルールだろう。批評家だから、そのルールを守らなくても良いというのは失礼な話である。約束は守らないと、な」と言って電話をおいた。(後で聞いたら、この無礼者はある官庁のキャリア官僚だそうで、ここではその名を明かさないが、今も二千万円台の高禄を食んでいる。数年後には退職して天下り役人として、大臣官房が見つけて来た宛がい扶持のポストにでも就くのだろう。)チケット購入者には開演時間を過ぎての入場は出来ない旨お知らせしていたこともあり、開演時間に遅れて来場する観客はなかったが、無償観劇の批評家の幾たりかが開演後にやってきたので、「批評家が遅れて来て、どうするんだ」と、(電話番なのに、受付の製作者を差し置いて)言って帰って貰った。
 十数年前の、ただただ粗暴な頃の思い出、ではある。

2007年12月21日

「新国立劇場の開館十年」を考える(六)
≪国立劇場の理事だった大佛次郎の苦言≫

 今から三十九年前の昭和四十三(1968)年十二月に、三十四歳の若さで亡くなった東京新聞の演劇記者・石原重雄の著書『取材日記 国立劇場』(1969年、桜楓社刊)を久しぶりに読んだ。暫くはこの本から引用しながら書いていこうと思う。
 石原は特殊法人国立劇場の理事を引き受けていた作家の大佛次郎を劇場に訪ねた。

 ―理事(非常勤)は三人で、理事室は大企業の社長室のように広く清潔だったが、ふだん使ってないせいか、ヒンヤリとした感じだった。
「ここではなんだから、出ましょう」社の車で帝国ホテルへ。国会議事堂を右手にみるあたりで、
「理事就任の要請があったとき、自分の仕事ができなくなるからと断わったんですけど、面倒なことはわずらわせぬからとくいさがられましてね。引き受けてみれば会議の連続、それも演劇のことなんかちっとも議論されない。すでに決めていることについて、責任のがれのため、われわれの同意を得ようということなんでしょうねえ。間違いをおこさぬように―、国会から叱られないように―と、それしか考えていないんだな」「目先のことばかり気をとられている感じですねえ」ときびしい批判のことばがとびだしてきた。人事にまつわるこっけいなかけひきは以前にも書いたが、理事になりたくて猛烈に運動した人は、みなしりぞけられた。要請を受けてことわった人もいる。評論家のT氏もその一人。「理由は簡単なんです。新聞批評ができなくなりますからねえ」―それが当然であろう。T氏も含めて、文部官僚が理事に選んだ顔ぶれは、いまの演劇界の、興行界の外にいる人たちばかりであった。見識とほめたいところだが、その後の理事の遇し方をみていると、「クロオトにかきまわされちゃあかなわない」といった、セクショナリズムがチラチラしている。わが尊敬する作家もいささか立ち往生の感じだ。
(略)「いまあるかぶきは、あるものとして認める一方、新しい国民劇をつくるべきじゃありませんか。脚本本位のね。それに、新しい脚本をこなせる専属劇団の育成ですね。劇団員には月二、三回の稽古芝居をやらせるようにして実力をつける。それしかないでしょう」さらにことばをついで、
「いまのように大過なく興行のフタさえあけばよしということではいけませんね。国立劇場に必要なことは、今の時点でなく、これから十年、百年先のことを考えたビジョンを持つこと。そのためにはどんなぜいたくでもすべきだと思います」   
 時間にして約一時間、淡々として語る口調に重みがあった。私の予想通りの識見であった。それにしても、こうした意見が通らぬ理事会のあり方に問題があるのではないかなどと考えてみたりした。―

 国立劇場は、「わが国古来の伝統的な芸能の公開、伝承者の養成、調査研究等を行い、その保存及び振興を図り、もって文化の向上に寄与することを目的」(国立劇場法第一条)として、昭和四十一年十一月一日に開場した。当時は、国立劇場法の下に「特殊法人国立劇場」として設立、今は独立行政法人日本芸術文化振興会の六つの劇場のうちの中核劇場である。著者の石原重雄が大佛次郎にインタビューしたのは、開場の翌年である昭和四十二年(1967)年九月。今からちょうど四十年前のことであるが、大佛の話している国立劇場についての問題点は、ほとんどそのまま、開場準備時から現在までの新国立劇場のあり方についての疑念とそっくりである。文部官僚、演劇人、評論家などの登場人物はみな変わった。無論のことだが、古典芸能と、オペラ・舞踊・現代演劇という具合に、上演する対象は違う。劇場の組織も、国立劇場は開場当時は特殊法人であり、新国立劇場は財団法人新国立劇場運営財団として設立し、独立行政法人日本芸術文化振興会の劇場の一つである新国立劇場の運営を委託されている法人である点も違う。にもかかわらず、官制劇場の実態は、呆れるほどに変わらない。
 因みに、国立劇場の開場時の役員は、会長(日本芸術院院長・高橋誠一郎)、理事長(元文部官僚・寺中作雄)のほかには理事が大佛次郎、演劇評論家・三宅周太郎、元大蔵官僚・三井武夫(昭和四十三年に自死)の三名、監事(元文部官僚・柴田小三郎、後に常任理事)一名。新国立劇場は、財団法人新国立劇場運営財団として設立し、会長(日本経団連会長・御手洗冨士夫)、理事長(元文部官僚・遠山敦子)、常任理事三名(元文部官僚、トヨタ自動車社員、元日本経団連職員)、理事(非常勤)二十七名という具合である。ここにも劇場運営の専門家はいない。「クロオトに掻き回されてはかなわない」。今も昔も文部官僚は変わらない。学習効果が高い、ということかもしれない。

 ―東京新聞政治部では「官僚さま・役人気質」のシリーズで国立劇場をとりあげ、次ぎのエピソードを伝えている。やはり『鳴神』公演中のこと。劇場の最高幹部であるA氏(文部省から転出)が、尾上松緑の楽屋口を、松緑の許しも受けずにあけ、招待した知人に「あれが松緑だよ」と指さしたため、松緑が「今月の出演はやめる」と怒ったという。政治部記者でさえ、「かぶき俳優にとって楽屋はわが家も同然、それを招かれざる客にのぞかれ、指までさされては、松緑氏が感情を害したのもムリはない。お役人特有の公私混同というか、官尊民卑というか、そんな気質がありありとうかがえる」と評している。―

 同著に私の縁戚のひとりが登場した。懐かしくて取り上げた。それは、主役を演ずる劇場最高幹部A氏、ではない。

2007年12月12日

「新国立劇場の開館十年」を考える(五)
≪本物が退散し、偽物が蝟集する『綻びの劇場』≫

 ―タケルの話は日本中知らぬもののないくらい周知のものだ。これは、ワーグナーの考えたように国民的音楽劇を書く上で大きなプラスになる。だが同じ事情がマイナスにもなり得る。劇・音楽の進行が皆とっくに知ってる話を忠実になぞるだけなら伴奏つき絵本でしかないのだから。
 とはいえ、團は決してナイーブな芸術家ではない。逆に際立って賢明な人であり、日本に類少ない手だれのオペラ作曲家である。彼は台本の段階でよく用意していた。
 日本狭しと東奔西走、連戦連勝の末、赫々たる武勲を上げたタケルは、最後に異郷で死を迎えるに至った時、美しい故郷を偲ぶだけでなく、戦の空しさに目覚め、平和と人命の尊さを人々に説くまでになる。
 私はこのことを、そこだけ一ページ大の引用で印刷した解説書を読んで知ったのだが、これこそ驚くべき転調、突然降ってわいた転身であって、この曲の独創性の頂点はここに至って極まるというべきだろう。
 だが、これは命取りにもなり得る両刃の剣だ。この着想は、多くの血にまみれた近過去から現今の平和希求主義への転換という日本の歴史にあんまりぴったりなので、いつも物事を自分本位でやるのでなく、少しは他人他国の人の観点からも考えることをする人々からは、かえって、うまく辻褄を合わせす過ぎた。うさい臭い日本礼賛と思われかねないのは火を見るより明らかだ。そういう作品になるか、それともオペラ史上でも特筆に値する痛烈な風刺劇になるか。私には、これは二つに一つの綱渡り的曲芸と思える。
 團がそれをどう解決したか、それは最後までつきあった人の判断にまつことにしよう。ただ私としては新国立劇場初公演の晴れの舞台をこの曲で飾ったという事実に、最近の日本の歩みと思い合わせて、ちょっと言いようのない不安、危惧を味わったことを告白しておこう。(『朝日新聞』 一九九七年十月二十三日夕刊 「新・音楽展望」)

 ―畑中良輔が六月末でもって新国立劇場を円満退職した。初代芸術監督(オペラ)としての、準備期間も含めて二期六年の仕事だった。心からご苦労様でしたと言いたい。国の施設である以上、一方では官庁、役人の管理下におかれて予算から何から制約があったろうし、他方ではこの国で近年とみに高くなったオペラ人気のおかげで、マスコミはもとより、より大勢の人々の大きな関心の的になる結果となり、ひいては多種多様の価値観を反映する判断や意見、希望等々の対象として、何をやっても、この公と私の両面からのコントロールと批判にさらされないわけにいかない。その中での仕事であった。(略)その人が任期を終えたのに、マスコミはあまり書かない。国立劇場建設当時のにぎやかな論争を見聞した者としては、ここで、この四年間の劇場の成果とか、畑中の仕事のプラスマイナスを論じる人が出てこないのが不思議でならない。ものごとは、そうやってだんだん良くするのが大切ではないか。私はこれはマスコミの事情だけでなく、国立劇場の運営ぶりからも来たのではないかと考えるのである。」 (『朝日新聞』 一九九九年七月二十二日夕刊 「新・音楽展望」)


 上の二つは、新国立劇場の開場記念オペラ『建<TAKERU>』と、新国立劇場でオペラの芸術監督を務めた畑中良輔について書いた、吉田秀和氏のエッセイである。
吉田氏は音楽評論家、というよりも戦後の文壇、文化界の最後の傑物である。氏のこの「新・音楽展望」は、加藤周一氏の「夕陽妄語」とともに、長く朝日新聞の文化面を飾る名エッセイである。
 最近の朝日新聞は、襲名披露時の祝儀を隠匿して摘発された噺家二世や、ライブドアの悪さ仲間の芸能人を毎週登場させるほどに、長年の高級紙路線をかなぐり捨てた。その決意のほどは彼らの力量・資質の自己評価から出たものだろうから尊重すべきだが、それにしても知的退廃・低級ぶりは凄まじく、もう加藤周一、吉田秀和の珠玉のエッセイは、豚に真珠の如きものになっている。「マクドナルド」を叩くのに、元店員に制服を着せインタビューするという報道とは名ばかり、娯楽番組スタッフ連中まで報道番組を作る愚かなテレビ局を系列に持つ新聞社だから、社内からも昨今の文化面、芸能面作りには批判もないのだろう。
 それは別にして、音楽批評というものは、たとえ新聞批評ですら、吉田秀和がその頂点にいることなども幸いしてか(影響を受けてであろう)、音楽の専門的な事柄を書きながら、その作品に触れていない、また音楽の知識造詣のない者にも理解の及ぶ読み物として成立する文章が多いと聞く。寂しいことに、総じて演劇作品について評した文章は、作品を観ていない読者にも楽しめる、独立した一つの読み物となっていない。新聞劇評などは、あらすじで大方終り、稽古場か酒席かで耳にした演出者か制作者か俳優の談話に手を加えて書くくらいのもので、作品を観ていない一般読者には、意味のないものになっていて、おおよそ読まれることもない。
 最近の演劇担当記者、演劇批評家の大多数が、演劇の目利きでなく、好事家・愛好家でなく、まともな批評文も物さず、文化庁や日本芸術文化振興会、地方行政などの舞台芸術振興の助成金分配などの審査に与ったり、役所や新聞社などの褒賞制度の選考に加わったりの、舞台芸術有識者という名の卑しい業界人に成り下がっている。演劇人自らが自立更生、自助努力を図らなければ演劇の未来はないと思うが、その障害になっているのが、助成金のバラマキであり、業界ボス化する演劇批評家の存在である。
 吉田秀和氏は、開場記念の『建』のつまらなさに呆れ、一幕で退散したそうで、その後も二つ三つのオペラを観ただけのようだ。毎年五十億円を超える国税が投入される新国立劇場に招待状を手に通う演劇の記者や批評家の多くは、吉田氏のようには、つまらないと思っても、それを表明する意思も機会もない。新国立劇場には、演劇研修所の講師になりたがったり、公演プログラムの原稿執筆の機会を心待ちにするという、金目当てかボス化を図る卑しい者が続出する。助成制度の審査委員や芸術祭、褒賞制度の選考委員などにならず、最後まで筆一本の書き手を志す、本物の批評家や愛好家が集まってきてこそ、劇場としてのステータスが高まると思うのだが。
 いずれ稿を改めて書かなければならないが、新国立劇場の秋から始まった今シーズンは、オペラ部門では、『タンホイザー』『フィガロの結婚』『カルメン』の三本の作品が上演されたが、そのタイトルロール、主役級の歌手すべてに出演キャンセルがあった。この劇場のオペラ製作能力を疑うに充分な出来事である。チケットの払い戻しを受け付けないことで、怒りのおさまらない一部の購入者からは劇場を訴えるような動きもあるという。また、演劇部門では、ギリシャ悲劇を題材にした創作劇三本を中劇場で上演したが、既に芸術監督の能力の低さ、作品の水準の低さこそ評判になったが、チケットの販売成績は振るわず、普段は千席の客席を五百席に縮小して上演したが、その半分も埋まらない体たらく。三作計五十回の公演での総キャパシティー二万五千席程度のうち、有料入場者は延べ五千人を下回るのではないか。動員された劇団員や劇団付設などの俳優養成所、演劇専攻を持つ大学や高校の学生・生徒、高校演劇部の生徒などが大量に売れ残ったS席に百人、二百人が座って居たようだから、ばらまいた無償チケットは一万席分に近いかもしれない。少なくとも、どんな形かでか将来演劇に関わろうと考える、或いは既に演劇人になったつもりの者たちに、新国立劇場は普段からチケットをばらまく、チケットを購入してまでは観ないで済む劇場と思わせているこの劇場の罪は大きい。無論のこと、事前にチケットを購入して観劇する一般の観客は、マスコミ等の招待客や、このばらまきのチケットで劇場に現れる、多くの演劇関係者をどんな気持ちでみつめているか。
 客席を縮小しても一億数千万円のチケット売り上げも可能な中劇場使用で、五千万円を大きく下回る売上。であれば、数千万円の赤字を計上しているはずである。チケットのばらまき(無償観客の動員誘導)については定評のある新国立劇場の演劇部門だが、既に看過出来ない状態である。
 新国立劇場は開館十年で早くも「誇り」のない、「綻びの劇場」になってしまった。

2007年12月09日

「新国立劇場の開館十年」を考える(四)
≪六十歳で勇退したバイエルン歌劇場総裁≫

 前回、昨年春と今年4月に続けて書いた『バイエルン歌劇場総裁の講義録』のご笑読をお願いした。表示が最後の11回目からの逆順になるが、お読み戴きたい。
 http://goldoni.org/cat14/
 今回は、この10回目に書いた歌劇場総裁のピーター・ジョナス氏の退任について、一部を採録しながら書いてみたい。
  サー・ピーター・ジョナスは、サセックス大学で英文学を学び、マンチェスターとロンドンとニューヨークの音楽院の大学院課程でオペラと音楽の歴史を修め、キャリアの殆どすべてを歌劇場の運営に携わった人物である。
 ジョナス氏は、13年務めたミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の総監督を、06年7月 のシーズン終了時に退任し、1974年に名匠ゲオルグ・ショルティ率いるシカゴ交響楽団のアシスタント、芸術監督(76年)になってからの三十年余のインテンダント生活に別れを告げた。講義後の質疑応答では、「インテンダントの仕事は、自分の生活を捨てるということでもあって」、「引退して、自分の生活を取り戻したい。そして趣味の長距離歩行をしたい」と語り、「スコットランドの一番北から、ヨーロッパの一番南のパレルモまで。それから、ワルシャワからリスボンまで。リュックを背負って、毎日20キロ、30キロの歩行をしたい。60歳からは人間の体は変わり、特に膝が駄目になり、1日20キロの歩行は67歳を超えると出来なくなるというので、出来るうちにやりたい」と語った。
 なお、ジョナス氏は次の言葉で締めくくった。
 ―我々は我々の感情、思考、感覚を伝えていかなければいけない。朝食の席とか、シンポジウムでは伝えられないものを、「舞台」では伝えられる。愛、憎しみ、感情、善悪ということはどういうものかを伝えられる。社会に生きるとはどういうことかというメッセージ、あるいはインスピレーションを、「舞台」の中に見つけることができる。コミュニケーションの最大最高の形態、それが私はオペラだと思っている。―

 欧米の著名な劇場の最高責任者は、オペラ製作であれ、演劇製作であれ、舞踊製作であれだが、創造集団、劇場出身の専門家であり、日本の殆どの公共ホール・劇場のトップのように、退役の官吏が役所の延長のようにして任ぜられることは有り得ない。
 新国立劇場の理事長、3名の常務理事の経歴については、いずれ詳しく調べて書くつもりだが、舞台芸術の専門家ではないだろう。舞台芸術や音楽の専門教育を受けてはおらず、またそのような職場に長く勤めた劇場人、舞台芸術の仕事に従事した実践家ではないだろう。舞台芸術、音楽との関わりも、子供のころにヴァイオリンを習っていた、学生時代にアンダーグラウンド演劇を観たことがある、大学の合唱団に所属していたなど、嗜みとも言えない程度のところだろう。それでも劇場のトップ、責任者のポストに就いたのには、相当な覚悟があってのことであり、相当の決断でもあったのだろう。無論、覚悟や決断で劇場運営幹部が務まるわけではないことは、余程の厚顔無恥な者でない限りは判っているだろう。役所や団体や民間企業の勤め人だった舞台芸術の現場を知らない素人の彼らは、劇場人としての知識技術の習得、舞台芸術のエッセンスだけでも獲得するという学習を、日常業務の中で、或いは業務外の時間を駆使して遣っているはずだ。   
 新国立劇場の遠山敦子理事長にとって、劇場トップとしての二年九か月はどんなものだったのだろうか。ジョナス氏言うところの「自分の生活を捨てる」ような日常、専念専心して、劇場トップとしての執務で忙殺される毎日を、任期終了まであと三か月の今も送っておられるのではないか。
 

2007年12月06日

「新国立劇場の開館十年」を考える(三)
≪明暦・寛文期のインテンダント・村山又兵衛に学ぶ≫

 久しぶりに『役者論語』を読んでいて、二年ほど前の、このブログの「閲覧用書棚の本」に、十四冊目の本として紹介したことを思い出した。三百五十一年前の明暦二年、歌舞伎役者の橋本金作が舞台上で観客と口論になり、小刀を抜いてしまい、そのことで幕府(奉行所)から興行停止の処分を受けたという所謂「橋本金作事件」は、その折の京都の座元(劇場・興行主)であった村山又兵衛が、「御赦免」を求め、奉行所の表に起臥して毎日願い出ること十三年、遂に興行を許されるという、日本の演劇史上、興行史上で最も重要と思われる出来事について書かれている。
 ヨーロッパは歌劇場ばかりか、演劇専門の公共劇場、舞踊団などの舞台芸術の運営施設・団体のほとんどは、政府・自治体からの財政的支援を大幅に減らされている。そういう状況の中から、たとえばバイエルン歌劇場のインテンダント(総裁・劇場監督)だったサー・ピーター・ジョナス始め、演出家や製作者出身の優秀な経営者を輩出している。そうでなければ、厳しい状況を乗り越えられない。それは、オペラ(演劇・舞踊)への敬意と、組織や同輩への愛情、責任者としての矜持がなければ、出来ない事だろう。三百五十年前の村山又兵衛にみられる、芝居への敬意、配下の者たちへの愛情、責任感は、この時代のヨーロッパの、或いはアメリカのインテンダントが保持しているものと同質と思うがどうだろうか。
 (バイエルン州立歌劇場のジョナス氏については、このブログに『バイエルン歌劇場総裁の講義録』と題して書いている。ご笑読戴きたい。) 

 
 「閲覧用書棚の本」其の十四。『役者論語』(弐)
 今回は富永平兵衛著の「藝鑑」を取り上げる。
 この書を初めて読んだのはいつの頃か長い間思い出せずにいたが、近松研究の泰山北斗、乙葉弘教授の浄瑠璃講読の講義の教本を昨晩たまたま見つけ、その中に、「芸鑑を調べること」との走り書きがあり、それが18歳の頃であると判った。
 この『藝鑑』の、これから採録する條は、以来三十有餘年の間に幾度読んだことだろう。
映画やテレビの番組で見たとは思えないが、この一條に描かれた世界が、私の脳裏には映像となって大事に納められている。
 幼少の折に劇場主になろうとして四十数年、浄瑠璃と演劇製作を学んで三十有餘年、いまだに劇場を持てず、傑作を製作出来ないでいるが、劇場主、あるいは演劇製作者としての模範は、ここに描かれる座元・村山又兵衛である。

 一 明歴二年丙申。其比は京は女形のさげ髪は法度にてありしに、橋本金作といふ女形、さげ髪にて舞台へ出、其上桟敷にて客と口論し、脇ざしをぬきたる科によつて、京都かぶき残らず停止仰付けられたり。これによつて京都座元村山又兵衛といふもの、芝居御赦免の願ひに御屋敷へ出る事十餘年。しかれども御とり上なかりし故、又兵衛宿所へもかへらず、御屋敷の表に起臥して毎日願ひに出るに、雨露に打れし故、着物はかまも破れ損じ、やせつかれて、人のかたちもなかりしなり。其比の子供(色子)、役者ども、多くは商人、職人となり、又は他國へ小間物など商ひにゆくものあまた有。わづかに残りし子供、役者銘々に出銭して、食物を御座敷の表へはこび又兵衛をはごくみしが、芝居御停止十三年、寛文八年戊申にかぶき芝居御赦免なされ、三月朔日より再興の初日出せり。狂言はけいせい事也。此日は不就日なりとて留めけれども、吉事をなすに惡日なしと、おして初日を出しぬ。十三年が間の御停止ゆりたる事なれば、見物群集の賑ひ言語に述がたし。
村山氏の大功、後世の役者尊むべき事なり。

 舞台芸術の世界では、バブル経済の破綻した1990年代から、遅れてきた文化バブルとでも言うべきか、文化庁の文化芸術、とりわけ舞台芸術への支援・助成制度が量的に拡大し、96年からは重点的支援策である現在のアーツプランが始まった。
 関西歌劇団の母体である財団法人関西芸術文化協会による助成金不正受給事件(05年10月22日、11月4日の『提言と諌言』をお読み戴きたい。)は、見事なほどに氷山の一角であろう。今までにこの制度で支援を受けたものは数百の団体・ホール・劇場に及ぶだろうが、不正をしていないと証拠を出して立証出来るところはほとんど無いだろう。この制度に先行して実施されている、現在の独立行政法人日本芸術文化振興会による芸術文化振興助成対象活動等の助成事業を含めれば、この十数年でも、延べ数千の団体が助成金を受けている。このような助成のあり方を、文辞正しきは『ばら撒き』と言う。この『ばら撒き』、新国立劇場の得意の「チケットばら撒き」程度の事であれば、私ひとりの批判で事が済む。
 事は国費(税金)に係わることである。「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」によれば、補助金の不正受給は5年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金を科せられる犯罪行為である。
年間50億円を超える国費が運営委託費の名目で投入される新国立劇場の遠山敦子理事長、長谷川善一常務理事は、ともに文部(科学)省の出身、所謂天下り官僚である。遠山氏は、このアーツプランを当時文化庁長官として推進、長谷川氏は、この芸術文化振興助成活動を前任の日本芸術文化振興会理事として管掌していた。今後、文化庁が訴訟準備に入り、検察や警察が動くような事になれば、身内の文部科学省の後輩たちばかりか、あまたの芸術文化団体に累を及ぼすことになるだろう。その中には、嫌疑の係る人物も炙り出されるかもしれない。文化行政ばかりか舞台芸術の世界にとっても厳しい事態が来るだろう。
 アーツプラン始め助成制度の存廃を議論・検討すべき時期が来たのかもしれない。その際に、最初に取り上げられるのは、新国立劇場の50億円という巨額な国費投入の是非であろう。そして、もし仮にそんな動きが具体化したとしたら、理事長始め百数十人の役職員は、人事を尽して支援を訴え賛同を求めて行動するのだろうか。財務省前や国会議事堂の請願受付で、端座して訴えをするほどの心構えが出来ているのだろうか。
 村山又兵衛のように、気概と見識と行動力を持たなければ劇場経営者は勤まらないと思うのだが、民であれ官であれ補助金に慣れ切って自立心を持たない今日の舞台芸術の世界では、望むだけ野暮な話なのだろうか。

2007年12月04日

「新国立劇場の開館十年」を考える(二)
≪「役所体質から劇場組織への転換が急務」と語る若杉芸術監督≫

 つい先日の朝日新聞に、新国立劇場のオペラ部門の芸術監督になった若杉弘氏への取材記事が出ていた。また、10月末には産経新聞にも若杉氏への取材記事、先月は日本経済新聞に関連記事が出ていたので、それらを一部引用しながら、書き進めていこうと思う。
 
 ―「ヨーロッパの400年のオペラ史に比べ、日本は100年。専用劇場ができて10年に過ぎない」と言いつつ、「様々な試行錯誤があったと思うが、基礎固めは十分だったのか」と、疑問を投げかける。(「朝日新聞」)―

 若杉氏の劇場の現状分析が、昨日のブログで取り上げた遠山敦子理事長の、「世界の三本の指に入る優れた劇場」であるとの認識とは随分とかけ離れていることを知った。
 また、
 ―「目先の数字より、長い視野で歌劇場の果たす役割を考えてほしい。まずは現在のソフト面の役所的体質から劇場組織への転換が急務です」(「朝日新聞」)―
 
 と、本来ならば劇場組織に向けての改革提言を、敢えてか新聞取材に答え一般に知らしめようと発言しているところが気になる。
 因みに10月末の産経新聞の取材記事でも、
 ―「人的組織はまだ“お役所”です」と巷間(こうかん)言われる同劇場の縦割り体質への批判も隠さない。「任期中できる範囲で変えていくのも使命」と、まず、この10年まったく行われていなかったオペラ、バレエ、演劇の各芸術監督との定期的な会合を行うことにした。(「産経新聞」)―

 とあり、長くドイツの歌劇場でも常任指揮者を務め、また芸術監督として滋賀県立芸術劇場<びわ湖ホール>の運営にも十年間も関与してきた若杉氏の目からは、この「世界の三本の指に入る優れた劇場」たる新国立劇場の「役所」「縦割り」体制は、世界中の歌劇場の運営から比べても異常であり、改革すべきものと映っているのだろう。開館以来十年を経ても、新任の芸術監督に、「劇場組織に変えていくのも使命」と言わしめる劇場であれば、オペラ、舞踊、演劇の三部門の芸術創造の責任者が、定期的、日常的な意見交換すらしてこなかったという、信じがたい運営手法もまた当然と言える。これなどは、劇場管理者の無策ではなく、「縦割り」或いは「秘密主義」の結果であり、作為的なものだろう。
 では、この劇場の管理運営体制とはいかなるものか。
 日本経済新聞の記事によれば、メトロポリタンやバイエルンなどの大規模歌劇場の職員数は、八百から千人を超えているが、新国立劇場は百四十六人。しかし、「管理部門の人数だけは拮抗しており、バイエルンと新国立劇場は共に二十人ほど」だそうである。三本の指に入ると遠山理事長が誇ったのは、管理部門の人員数、あるいはその人件費、経費の事だったのかもしれない。
 また、開館以来十年の劇場の運営についての業績評価は、どこで、どのように進んでいるのか。
 もし評価検討を始めているとしたら、それを諮るべく委ねられているのは、この劇場、或いは日本芸術文化振興会、文部科学省・文化庁との契約・業務委託・雇用などの過去も現在も利害関係の無い人たちなのだろうか。
 或いはその前提とも言える情報公開はどうなっているのか。
 また、作家や出演者などとの上演についての契約書の取り交わし、公演製作費用や運営経費などの適正化・基準作成はどのように行われているのか。
 
 
 この『提言と諫言』では、新国立劇場について、たびたび書いてきた。
たとえば、2005年5月25日には<『危険な綱渡り』を上演中の新国立劇場>
http://goldoni.org/2005/05/post_93.html
2005年7月24日には<チケットをばら撒く『新国立劇場』>
http://goldoni.org/2005/07/post_108.html
2005年7月27日には<先達の予想的中の『新国立劇場』>
http://goldoni.org/2005/07/post_110.html

 などである。ぜひお読み戴きたい。
 政府・地方自治体の補助・助成金(税金)を当てにしなければ演劇活動が出来ない、或いは助成金の受給を当然視する貧しく卑しいこの国の大多数の演劇人と、そういう問題に対しても批判を持たない、或いはすでに失くした批評やジーナリズムの貧困を承知の上で、というよりも、だからこそ、腹を据えて、腰を据えて、この「新国立劇場」について、演劇の在り方について考えていこうと思う。
 「本質は些事に宿る」という。新国立劇場が些事とは言えないが、新国立劇場の在り方を考えることで、この国の舞台芸術の状況、劇場文化、敢えて大袈裟に言うならば、今日のこの国の姿までが見えてくる、と思うからである。

2007年12月03日

「新国立劇場の開館十年」を考える(一)
≪「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長≫

 新国立劇場はこの10月、開館十周年を迎えた。
 11シーズン目に入った今期は、オペラ部門の芸術監督に指揮者の若杉弘氏、演劇部門の芸術監督に文学座演出部の鵜山仁氏が新任され、また、大劇場(オペラ劇場)には公募により、「オペラパレス」との愛称がつけられた。
 開館十周年という節目でもあり、一部の大手紙ではこの十年を評価検証する記事が書かれており、また、年末の各紙文化面に載る「回顧」記事でも、多少は触れられるだろう。
 今のところは、肝心の新国立劇場(正式名称は財団法人新国立劇場運営財団)、或いは上部団体たる独立行政法人日本芸術文化振興会、或いは監督官庁の文部科学省・文化庁が、この劇場の十年についての業績評価・検証をしているのかは公にされていず、実施しているのか不明である。
 新国立劇場は、凡そ毎年八十億円規模の予算で運営されており、その七割に当たる五十数億円は、日本芸術文化振興会からの新国立劇場事業費(受託業務費)などとして国費が投入されている。これに対して、公演事業収入は十六億円弱、協賛金・賛助金収入は七億円弱である。簡単に言えば、国税七割、公演収入二割、民間支援一割の比率であり、国民の税負担なしでは運営出来ない典型的な国立の文化施設の一つである。
 
 昨06年1月に発行された新国立劇場・情報誌『ジ・アトレ』の巻頭に載った遠山敦子理事長の「新しい年に向けて」と題した挨拶には、「わが新国立劇場は国際的にも大変評価されるようになりました。」「新国立劇場を訪れた芸術家たちからは、その専門的な観点からしても世界で三本の指に入る優れた劇場との言葉をいただいております。」との言葉があった。新国立劇場が世界の三本の指に入るとしたら、他の二つの歌劇場はどこなのか。世界中に歌劇場と呼ばれるものが何千あるか知らないが、オペラ愛好家でもない私でも、十や二十の世界の歌劇場の名を瞬時に挙げることが出来る。初のオペラハウスが誕生したばかりの、それもオペラ後進国である日本の劇場が、そんな著名な歌劇場を押しのけて、世界の三本の指に入るほどになったとは驚きである。が、そんな事は、遠来の訪問客の過剰なリップサービスであり、それを真に受けたとも思い難いが、国税を投入され、運営のことごとくを詳らかにして臨むべき国立の劇場の最高責任者である財団理事長の公式な発言としては、それも優秀なる高級官僚出身者の発言としては相応しくないものと思われる。
 この劇場の開場時に使われた宣伝コピーに、「世界中の注目を集め、いよいよ日本初のオぺラハウスがオープンします。」とあった。オペラハウスがない国に、初めてそれが出来ることで世界の注目が集まるとは思えず、このコピーの論理矛盾した表現に笑ってしまったが、さすがは文部科学大臣も務めたほどのエリート官僚、「世界中の注目を集め、日本初のオぺラハウスがオープン」したからには、開場八年で、世界の三本指の歌劇場になっていて何の不思議もない、とでも思われたのであろうか。