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「新国立劇場の開館十年を考える」(二十七)
≪次期芸術監督人事について(四)≫

<「悪評交響曲」鳴り響く「新国立劇場」遠山敦子理事長> 週刊新潮7月31日号

 <官僚的体質の特徴のひとつが、批判を嫌うということだとすれば、目下その最右翼と目されるのが、新国立劇場の遠山敦子理事長(69)である。独断専行に鳴り響くのは「悪評交響曲」ばかり。>とのリードで始まる、新国立劇場運営財団の遠山理事長が主役の記事である。取材を受けてコメントを載せているのは、一般紙の政治部記者、複数の文化部記者、新国立劇場関係者、小田島雄志氏、そしてご本人の遠山氏の、脇役4人と主役の「女傑」、1ページの記事にしては登場人物が多い。
 まずは、朝日新聞の社説で「社説らしからぬ個人批判」を受けたこの「女傑」の言動が取り上げられている。 昨2007年12月12日のブログ、「新国立劇場の開館十年」を考える(五)≪本物が退散し、偽物が蝟集する『綻びの劇場』≫にも書いたが、昨年秋のオペラ公演で、主役級歌手のキャンセルが相次いだことがあった。このことについて、音楽記者会と遠山理事長との懇親会での記者と遠山氏との遣り取りが描かれている。この問題を「ある記者が問うと、"契約上全く問題ない"と顔を真っ赤にして怒る。記者が"客が納得しない""芸術的水準が保てない"と畳みかけると"ふんっ、芸術ね"と吐き捨てた。批判されるのが大嫌いなんです」とある。また、「複数の全国紙が新国のオペラ公演について批判的な評を載せると、書いた記者」には、公演を誉める客のアンケートと共に、「"貴紙の評価は事実に反する"という抗議文」が届くのだそうだ。「事務方は遠山さんに"こんなこと書かれて悔しくないの!"と怒鳴られ、渋々抗議したとか。個人のブログに抗議が届いた人さえいる」そうだ。
 私は遠山氏が運営財団の理事長に天下ってくる遥か以前から、新国立劇場の運営について批判を続けていて、4年前からはこのブログでたびたび書いている。しかし、遠山理事長の目には留まっていないのか、寂しいことだが、今までに一度も劇場側から抗議を受けたことはない。「ブログのここは、事実と違います」などの指摘を貰うこともない。その代り、文化庁やら劇場やら遠山氏と近い方々からは、劇場側の事情や遠山氏を擁護するような話を度々聞かされ、当然のことだが、劇場得意のバラマキのチケットではなく、チケットを購って観劇に出掛ければ、顔見知りの職員は例外なく慌てて隠れたり、目を合わさないように無視したりと、それなりのあっぱれな応対をして貰っている。
 昨年秋には、部長職のすべてを異動させる人事を断行、今度は三部門の芸術監督を一気に代えようとの遠山氏の強権姿勢が今回の迷走を招いた。オペラ部門の次期芸術監督に擬せられた尾高忠明氏については、既報のように、尾高氏も正式に就任を受諾していなかったが、これも遠山氏という「お上の命に下々の意思確認など要らぬ、との発想」と新国関係者は語る。コミュニケーションの不足を理由に再任されない鵜山仁演劇部門芸術監督の意思確認も同様で、理事でもある小田島氏は、「鵜山君が自ら辞退したのかと思えば、彼の意志も確認せずに降ろすことにしたとか。」「密室ばかりで不愉快です」と憤慨する。また、別の理事は、「遠山さんは媚びない鵜山さんが嫌いで、芸術監督の上に芸術顧問を設け、高校時代の同窓生を就けようとしていました」とある。週刊新潮の記事では、この同窓生の名を明らかにしていない。週刊新潮の記者も知らない、無名の人物、単なる同郷の同窓生、なのだろうか。
 そして主役本人の登場である。遠山氏としては、鵜山は解任ではなく再任しないということであり、「制作現場から悲痛な声が届き、方々から批判の声も上がっていました。現監督を傷つけないために、コミュニケーションというギリギリの言葉を選」んだのだそうである。またこの事態になる前に、なぜ直接に話し合いを持たなかったかを記者に問われても、「担当理事がいますから」。当事者である鵜山氏とは自らコンタクトを取っていないようであり(まあ、元文部科学大臣閣下からすれば、この劇場の芸術監督などは"下々"もいいところだろう。)、劇場運営の要諦は無論のこと、問題解決手法のイロハすら御存知ないらしい。ほかにも、<事を荒立てている理事がいて残念>、<芸術顧問の話は間違ったニュース>、<"ふんっ、芸術ね"発言は記憶にない>、<何らルールに反したことはしていない>、などとのたまった。
 「見事に批判を受け付けず、今日も「悪評」が響く」。記事は結んでいる。