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2009年09月 アーカイブ

2009年09月06日

劇場へ美術館へ≪GOLDONI/2009年9月の鑑賞予定≫

[演劇]
*10月10日(土)まで。             浜松町・自由劇場
劇団四季公演『鹿鳴館』
劇団四季HP http://www.shiki.gr.jp/

*18日(金)から27日(日)まで。 新宿御苑前・シアターサンモール
『ブックショップ』
脚本:マリー=ジョセ・バスタン  翻訳:長谷川仰子 
演出:フレデリック・デュポア
出演:麻乃佳世 川井康弘 明美見枝子 溝呂木賢 

[歌舞伎]
*26日(土)まで。               東銀座・歌舞伎座
『九月大歌舞伎』 <夜の部>
演目:「浮世柄比翼稲妻」「勧進帳」「松竹梅湯島掛額」
出演:幸四郎 吉右衛門 梅玉 段四郎 魁春 歌六 東蔵 芝雀 歌昇 ほか

[文楽]
*5日(土)から23日(水)まで。     半蔵門・国立劇場小劇場
<第二部>
演目:「伊賀越道中双六」「艶容女舞衣」
出演:住大夫 綱大夫 錦糸 清二郎 蓑助 ほか  
 
[舞踊]
*6日(日)。              半蔵門・国立劇場大劇場
『三世家元吉村雄光 五十回忌 四世家元吉村雄輝 十三回忌 追善舞の會』 

*14日(月)          都立大学前・めぐろパーシモンホール
Taro BOVE Dance Work  
『Texture Regained-記憶の肌理-』
構成・振付:ボヴェ太郎
出演:ボヴェ太郎  渋谷はるか
 
[音楽]
*20日(日)                 赤坂・サントリーホール 
『ウィーン・フィルハーモニーウィーク・イン・ジャパン 2009
 クレメンス・ヘルスベルク楽団長講演会(室内楽付)』
 ―日墺音楽交流 明治~平成 
   日本オーストリア修交140周年を記念して―

*29日(火)  
『東京都交響楽団第684回定期演奏会』   赤坂・サントリーホール 
指揮:アンドリュー・リットン
ピアノ:パウル・パドゥラ=スコダ
演奏曲目:ストラヴィンスキー:サーカス・ポルカ
       モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番 ハ短調K491
       ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」
                 :組曲「火の鳥」(1945年版)


[展覧会]
*19日(土)から10月18日(日)まで。   丸の内・出光美術館
『芭蕉<奥の細道>からの贈りもの』併設:仙厓展

*19日(土)から11月23日(月)まで。 日本橋・三井記念美術館
『慶應義塾創立150年記念
―夢と追憶の江戸―高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展』

2009年09月08日

推奨の本
≪GOLDONI/2009年9月≫

『三枝博音と鎌倉アカデミア  学問と教育の理想を求めて』
 前川清治著   中公新書  1996年 

  演劇科の科長は村山知義(演出論)、教授陣は戯曲作法の久板栄二郎、新劇運動史の長田秀雄、舞踊・芸能の邦正美、東洋演劇史の辛島驍、俳優術の千田是也らであった。遠藤慎吾は、「演技史」と「演技実習」の二つの講座を担当した。演技史は、ギリシャ時代から現代にかけての俳優技術の変遷をたどろうとする野心的な試みであった。

 「演劇」の基礎を教える 
 遠藤慎吾は、ウィーン国立演劇アカデミーとウィーン大学で、演劇や音楽など舞台表現芸術を学んでいた。帰国したあと「創作座」で演出家として出発し、『劇と評論』の第二次同人として演劇評論の筆もとった。戦前には日大芸術科の非常勤講師でもあったことから、学生たちには「基礎をみっちり教える」ことを方針としていた。しかし、早々に演劇科の学生たちの間では、自主グループによる芝居の稽古が熱を帯びていた。一学期末には菊池寛の『父帰る』の試演会が、開山堂を舞台に行われていた。そこで夏休みを前にして遠藤慎吾は、演劇科の学生たちに呼びかけた。
  <演劇科の学生は、夏休みを無駄にしないため公演準備の稽古をするという話で、遊ばない計画をたてているところはいいと思うが、本の方はどうも余り読まないらしい。日本では俳優にしても演出家にしても、忙しい仕事に追いまくられているせいもあろうが、読書や思索を怠りがちのことが多く、そのためにいつの間にか職人的な気風が強くなってしまう。歌舞伎や新派は無論のこと、新劇でさえもそうなのだから、演劇がいつの間にか芸術と離反していくことになる。どんな流派の芝居でも、一人前の職人の腕を持った人が育ってくる頃には、芸術とだんだん縁遠くなってくるのは情けない。今の新劇にもそういう危険が強い>
 「読書のすすめ」は、鎌倉大学校の教育方針の基本にあった。音楽科でも文学科でも、読書の指針として教授から参考となるべき図書のリストが示されていた。戦後間もない時期でもあり、東西の古典に接するには翻訳本も少なく、図書室といっても教授たちが提供した蔵書であり、図書館も十分に完備されていなかった。演劇科の学生たちへの呼びかけはつづく。
  <本を読むということ、思索をするということが、一つの芸術創造である演劇の仕事と不可分であることを、口がすっぱくなるほど学生たちに言ってきかすのだけど、どうもピンと来ないらしい。ただ、むやみやたらに芝居をしたがる。舞台に立つという単純な、それだけに一番強い魅力に引かれがちである。むろん舞台に立つことは重要だが、これに読書や思索の裏付けがなかったら、何もならない。だから、ぜひ考えてほしい。本を読んで欲しい。三枝さんが『科学するための序説』でいっている意味の「哲学する」ことを、ぜひ身につけて欲しい。それに自分たちが今立っている演劇史上の一点をはっきり知るために、西洋演劇史や日本演劇史をも頭にたたきこんで欲しい。この方面でよい本がないのは実に残念である。日本演劇についてはいろいろの秀れた研究があるが、よい日本演劇史がない。西洋近代演劇史にはJulius Babの「Das Theater der Gegenwart」という名著があるが翻訳がない。北村喜八氏が最近、『西洋演劇史』を出した。カール・マルチウスの『世界演劇史』の翻訳も出ている。いまのところ、こういうものでも読むほかあるまい。それに戯曲史のよいのがないのも実に残念だ。でも戯曲の方では、外国のものの翻訳が随分たくさん、ある程度、系統的に整理されているから、これは片っぱしから読んで欲しい。読むときに、広い意味の「哲学する」という態度を失わなければ、本は不十分でも得るところは大きいのである>
  (「第三章 多彩で個性的な教授たち ―作家・高見順も教壇に立つ」より) 

2009年09月13日

『市川家の敎草』に教えられるGOLDONIの道<開設記念日に寄せて>

 夫れ市川家といへるは外を求むるべからず仁義禮智信なり。
 仁に曰く譬へ門弟召使たりとも常に情をかけ、大雪大雨の節などには藥用は格別、我さへ堪忍さへすれば難儀なし。常に美食せず、萬事身分相應に暮すときは、おのづから金銀も廻るものなり、夫れを貧窮なる人に施すは是れ則仁なり、天道の惠によりて立身出世出來るなり。
 義に曰く無據き人に頼まるる事あらば何事にも身に引受けて世話すべし。先方に不實有りとも一度約せし時あらば、侮む事なく潔くする事是れ則義の道なり。
 禮に曰く上を敬ひ、下を憐み天地神佛を尊み先祖を敬し人の詞を用ひ女色を謹み人と交り深く惡しき友も好き程に附合ひ、人の惡を語らず日々の勤怠らず心を練る是れ則禮の道なり。
 智に曰く役者道に於て恭なくも天子將軍より公家武家町人百姓乞食非人迄の眞似をする見方智也。然し乞食非人は其儘に似する時は見苦しく、見物が事によりては嫌はるる物也。只好き程に勤むる是れ大事なり。又見物の氣を得る事是れ則智のなす處なり。
 信に曰く朋友他人にも誠の届く様に附合ふ時は先方にも僞りなく交る物也、是れ人道の第一なり。嘘僞りは人道の總魔なりと知るべし。誠あれば神佛とても形に影のそふ如く守り給ふ物なり、是れ則信の道なり。
 市川流の極意は人道の極祕也。毎日御見物を大事に千人も一人も同じことに勤め怠る事勿れ、是れ市川家の法式也。

 これは、十代目團十郎(九代目女婿・市川三升。没後に十代目を追贈)まで伝えられ守られてきた市川家の家訓である。今日13日は、九代目團十郎の百六回目の正忌であり、GOLDONI九回目の開設記念日である。

2009年09月14日

五代目市川團十郎の『書付け』<開設記念日に寄せて>

一、よい人のまねする、わる人のまねせず
一、人のまねわるし、心でまねるはよし
一、下手と組まず、上手と組む、下手とつきあはず、下手と外あるかず、巻添にならぬように引ずり込まれぬように
一、書抜きの通りよく読み覺える、稽古よくよく幾遍もとつくりとする
一、總ざらひ、初日の心、精を出す、初日よりよくするともわるくせず、初日の通り、總ざらひ餘りによいと初日わるし、そが心得べし
一、若きうちしすぎると、老いてする事にこまる
一、ふだんもよい程の事はなし、舞薹大切にする、ふだんどうでもよし
一、見る人こしらへて置き、よいか悪いか、ほんの所を聞き、わるい事はようみんなにわるいかと聞き、わるい事はよす
一、出世をするに従ひ、わるい事をいうてくれる人なし、そこでわるい事を見て聞いて言つてくれる人をこしらへ置くなり
一、いつまでもおれは下手だと思ふてゐるがよし、一生いつまでも下手だと思ふがよし、おれは上手だと思ふともうそれきりなり
一、よい役も惡い役も同じようにする、惡い役捨てず、捨てれば猶わるく見える、惡い役でもやつぱりこつて身にしみてするなり
一、我が思ふほどは人はこまかに見ず
一、壽命なければやれず、長生きせねばならず、孝行身上、身持ち謹み、氣ゆるめず、浮かめず、圖に乗らず、……