2017年03月

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

« 2016年01月 | メイン | 2016年03月 »

2016年02月 アーカイブ

2016年02月03日

劇場へ美術館へ≪GOLDONI/劇場総合研究所 2016年2月の鑑賞予定≫

[音楽]
*2月12日(金)              赤坂見附・紀尾井ホール
 『紀尾井シンフォニエッタ東京 第103回定期演奏会』
 指揮:ライナー・ホーネック ホルン:シュテファン・ドール
 演奏曲目:モーツァルト:ディヴェルティメントニ長調KV136
      R.シュトラウス:ホルン協奏曲第2番変ホ長調
      モーツァルト:ホルン協奏曲第3番ホ長調KV447
      R.シュトラウス:メタモルフォーゼン     
 
*2月14日(日)
 『シュターツカペレ・ベルリン~ベルリン国立歌劇場管弦楽団演奏会』
 指揮:ダニエル・バレンボイム
 演奏曲目 ブルックナー: 交響曲第5番変ロ長調WAB105ノヴァーク版


[演劇]
*24日(水)から28日(日)まで。          浜松町・自由劇場
 『思い出を売る男』


[演芸]
*2月11日(木)から2月20日(土)まで。     半蔵門・国立演芸場
 『定席公演 中席』  大喜利 鹿芝居「品川心中噂達引」
 出演:馬生 正雀 馬楽 世之介 菊春 馬治 ほか    


[公演記録鑑賞会]
*2月12日(金)          半蔵門・国立劇場伝統芸能情報館     
 新派公演『婦系図』(昭和48年10月国立劇場・モノクロ)
 出演:水谷八重子(初代) 中村吉右衛門 柳永二郎 市川翠扇 ほか


[展覧会]
*2月21日(日)まで。         竹橋・国立近代美術館工芸館  
 『1920~2010年代 所蔵工芸品に見る 未来へつづく美生活展』

*2月24日(水)から4月17日(日)まで。  六本木・サントリー美術館
 『没後100年 宮川香山』―欧米を感嘆させた、明治陶芸の名手―
 

2016年02月04日

推奨の本≪GOLDONI・劇場総合研究所 2016年2月≫

『人間の演劇』
 ジョルジョ・ストレーレル著  岩淵達治訳  1978年 テアトロ刊

わたしの師匠たち
 (略)今日の若者たちは、多分もう師匠などもたないだろう。そんなものは不必要だと思っている。誰にも「借りをつくりたく」ないのだ。だが師匠は必要なものだ。むかしとはちがった形、ちがった「方法」ではあっても、やはり必要なものだ。そしてわたしには三人の師匠がいた。
 
 ひとりはジャック・コポーである。コポーとは個人的に知己を得ることはできなかった。それでも彼は師匠のひとりだ。彼に負うところは非常に多い、演劇人としての自己形成の根本的なものを、わたしは彼から学んだ。そして今日それを定義するのはむずかしい。でもやってみよう。コポー、もしくは厳格、彼岸的で、道徳的な演劇のヴィジョン、といおうか、コポー、もしくは演劇という統一体に対する感受性、書かれたセリフと演技の間の統一。演劇は道徳的な「責任」をともない、執拗な、ひたむきの愛を捧げるところでなければならない。劇場での、ただの「遊び」だけではない同志的な感情、演劇の苦しいほど「宗教的な」意味、コポーはこうしたことを確信していた。ただ安直な教条に従ったり、儀礼的にそう信じたのではなく、いわばみずから及び他者との凄惨な闘いにもたとえられるような仕方で確信したのだ。彼が演劇でどれだけ沢山のことを放棄したか、その理由は何だったかについてはしばしば語り草になった。今日わたしは、彼の二、三の側近の弟子たちが語っていること以上に、コポーが演劇を放棄したのは、「彼が望んでいる演劇を人間にやれと要求できるのは神だけだ」と思うようになったという単純な理由からだと思っている。
 わたしは信仰をもつ人間ではない。でもわたしは、人生と人間に対するこの厳格な「責任感」、この演劇という統一体、自己破壊と絶対的な帰依というものは信じている。わたしは、他の人のために、他の人の助けをかりて舞台上につくり出す演劇というものを信じている。私の演劇観は「お遊び」的なものではなく、秩序、誠実さ、明晰さ、真実を求めることにおいてつねに醒め、厳しくそれに専念し、苦痛を覚えるほどである。たとえ笑っている時でも。
 
 次の師匠はルイ・ジュヴェだ。ジュヴェとは知り合いになれた。しかも人間的にも演劇人としてもかなり親しく。わたしはまだ若く、彼はもう「演劇界の大御所」で「大人<ル・パトロン>」(わが国にはない、すばらしく好きなフランス語だ)だった。彼の人間味、わたしに持ってくれた「本物の」関心、別の世代、別の世界、別の興味、こういうものが今日まで、わたしにとって「有効な」教訓になっている。特に、自分からみると多少異様で、多少敬意をもっている自分の後の世代の人のなかにも入りこんでいこうとするあの能力をわたしは彼から学んだ。さらに、演劇を、そのみじめな面、つまり「神々しい芸術」ではなく、「日々の労働」としても受けいれる勇気を学んだ。また「職人芸を職人芸として」愛すること、職人芸を使用し、しかも「うまく使う」というプライドなども彼からゆずりうけたものである。
 つまり演劇を人間の仕事と考えるのだ。演出しながらつねに批判をとぎすましていることも彼から学んだ。台本をただ言語学的に、文明批評的に「研究」するだけでなく、「感覚的、直観的に理解」し、しかも前の場合と同じように一種の批判的態度を失わないでいられる術だ。演劇のはかなさを勇気をもって認める感覚も彼に学んだ。このことでジュヴェのしてくれたある話を思い出す。ある老優が、彼の演じた当り役のすべての衣裳を保存しておいた。ハムレット、マクベス、リア、その他数えきれない世界の演劇の「怪物たち」の衣装だ。その俳優が死を直前にして衣装を眺めているとき、突然悟ったのは、生き残っていくのが自分ではなく「ほかの連中」だけだということだった。永遠不滅なのは衣装でも役でもなく、劇詩の本質だけなのだ。生涯の終りになって、ようやくこの俳優は、彼が単なる道具だったこと、たぶんかけがえのない道具ではあろうが、所詮は詩の道具にすぎなかった理解したのだ。(略)
 彼は演劇に身を委ね、演劇によって自分を創造させることしか望まなかった。

 そこに次の師匠が登場する。ブレヒトだ。ブレヒトはある意味では終着点だった。(略)ブレヒトはわたしに、(他にもいろいろ教わったが)「人間的な演劇」、ゆたかで包容的な演劇(ジュヴェともある面では関係がある)を教えてくれた。包容的とはいったが決して「自己目的の演劇、演劇バカの演劇」ではない、人間を楽しませるための人間のための演劇、だがそれだけでなく、自分を変革し、人間のために世界を変革するために、人間に手を貸してやる演劇だ。俳優、演劇人で、しかも同時に自覚して生き、責任をもつ人間であること、この二つの次元を徹底的にきわめていくこと。歴史と無縁な演劇など存在しない。時代と無縁の、「太古以来変らない演劇」など存在しない。歴史は「反演劇的」ではなく、歴史と演劇、人生と世界は、たえまない、困難な、しばしば苦痛であるほどの弁証法的な交流関係をもっている。交流しつつ常に活動的に、常に全体的な生成にむかっている。
 ブレヒトは舞台上の技術と方法論の偉大な師匠だった。彼はトータルな「演劇人」だった。彼は大演劇人の風格を備え、すべてを<演劇化>し、すべてを吸収して演劇に融けこませた人だった。(略)わたしをとりこにしているのは、あの比喩的な、あまりにも使い古されていながらそれでも驚くほど正しいブレヒトの言葉であろう。「すべての芸術は、結局すべての術のなかで最高の術に達する役に立つ。それは生きる術である」。はじめはそれを自覚していなかったが、今ではわたしにはその自覚があると思う。これ以上、自分について言うことはない。(「第二部 芸術作業としての演劇」より)

2016年02月11日

新聞記事から   朝日新聞 2015年12月22日 朝刊

≪文化・文芸≫
 常に闘い 孤高の挑戦 世界的ダンサー、シルヴィ・ギエム引退公演
 バレエの枠超え、哲学的表現者へ

 世界を席巻してきたダンサー、シルヴィ・ギエムが今月引退する。「ライフ・イン・プログレス(進化し続ける人生)」などと題した引退公演を日本各地で展開中。これが世界ツアーの締めくくりとなる。東京では新作を含む3作を踊り、かつてない自在な境地を見せた。

 前人未到の歩みだった。パリ出身。体操選手からバレエに転向。史上最年少の19歳で、パリ・オペラ座の最高位エトワールに。現在、50歳。余裕たっぷりに地と垂直に掲げられ、きりりと天を指すつま先は、バレエの型やジェンダーなどあらゆる「制度」を蹴り壊すギエムの象徴となった。
 性別も年齢も超越したかのような肉体が、か弱き古典のヒロインに人格を与えてゆく。階級文化を前提としたバレエの世界において、その強さは革命だった。2009年、生涯をダンサーとして生きるとはどういうことかと問うと、静かに、しかしよどみなく答えた。「自身が自分に対する一番厳しい批評家であること。常に自分で人生を選択し、変わっていく自分に責任を持つこと」
 バレエの世界で、彼女は常に闘っていた。古典の型をも、ひとつひとつ自らに問い直した。「伝統だから」と思考を止め、従順なプリマで在り続けることにいつしか耐えられなくなった。「楽な方へ流されたくない」。23歳でバレエ団を辞めた。踊ることで、どこまで世界と響き合えるかという挑戦のはじまりでもあった。
 その後の歩みは孤高ではあったが、決して孤独ではなかった。インドの古典舞踊を礎とする振付家アクラム・カーンら、西洋の価値観に縛られぬ表現者との仕事に自身を委ねた。踊ることはギエムにとって、主張する己を「見せる」ことではなく、あるがままの世界を哲学する思索の手段となってゆく。究めるほどに、殻をむくように「私」が消えていった。
 引退ツアーの締めくくりの地として日本を選んだのは偶然ではない。京都や岡山・倉敷を旅し、和傘職人に会い、陶芸を体験した。自然と折り合うことで成熟を遂げてきた日本文化が「私の生き方や踊り方の一部になっている」と語った。10月、世界文化賞の授賞式では「地球に対し、今できることをやってゆく」と繰り返した。
 肉体と精神の途方もない葛藤を終え、ギエムはいま、生きることそのものが踊りとなり、表現となる新たなステージに立っている。
 (編集委員・吉田純子)

<今日の『贅言』>
  「なんちゃってコンテンポラリーダンス」やら、「なんちゃって現代美術」「なんちゃって演劇」など、もどきの芸術表現が蔓延っているが、まともな基礎教育、専門教育を受けず、鍛錬研鑽に無縁な日々を送っている現代ゲイジュツ界隈の住人たるこの「なんちゃって」の、自称ダンサーや美術家気取り、演劇遣ってるつもりのアッパレが、この記事を読んで何かを感じるだろうか。
 まあ、彼らは、ギエムを知らないだろう。もしギエムを観ていたのなら、「なんちゃって」のぬるい世界にはいない、いられないはずだと思うが、どうだろう。観たとしても、「あたしでも出来そう」と言うのだろうか。
  あらゆる世界で批評が力を失くした今、「言った者勝ち」、「遣った者勝ち」が蔓延している。政治も、経済も、言論も、だ。
 

2016年02月17日

新聞記事から   朝日新聞 2015年11月5日 夕刊

評・舞台 歌舞伎座「吉例顏見世大歌舞伎」 
海老蔵の信長 リアルな迫力

 今年の顔見世(かおみせ)は十一代目団十郎の五十年祭。成田屋の行く末はどうなるのであろうか。
 昼。十一代目が初演した「若き日の信長」を孫海老蔵が主演するのを見ると、祖父以来三代の芸風の違いが分かる。芸風の違いは当然としても、海老蔵が己の芸風をどう磨き上げいくのか。そこが未知数である。
 祖父の信長は乱暴者だが底に哀しみがあり、終幕、幸若の「敦盛」を舞って桶狭間に出陣する姿が、未来の本能寺の死をさえ予感させるようだった。十二代目は素朴な印象を刻んでいた。海老蔵は「私の生きざまもご覧いただける作品になるよう」と本人が筋書きで語るとおり、リアルな迫力がある。リアルな迫力は生の表現と紙一重である。
 「実盛物語」は染五郎初役の実盛が颯爽としている。「御所の五郎蔵」で菊五郎の五郎蔵が胸のすくたんかを聞かせる。
 夜「河内山」で海老蔵初役の宗俊は、松江侯を脅迫する演技が、毛糸玉にじゃれる猫のように軽い。せりふを口先だけで言い、そのかわいらしさを客が喜んでいる節もあるが、宗俊は豪胆な男で、またこの仕事に命をかけている。その妙味が失われている。十一代目はこの性根を失うことはなかった。
 「勧進帳」で幸四郎の弁慶は染五郎の富樫、松綠の義経と、相手が若いせいか、持ち前の涼しい弁舌を駆使して、難なく関所を越えていく。人間の対立から生まれる緊迫感に乏しい。 
 「元禄忠臣蔵 仙石屋敷」は名品である。仇討ちを遂げた仁左衛門の大石内蔵助が胸中を吐露するせりふの見事さ。言葉は魂がこもる時かくも美しい。梅玉の仙石伯耆守が感にたえたように聞く姿もいい。 (天野道映・評論家)


<今日の『贅言』>
 「成田屋の行く末はどうなるのだろうか」との書きだしを読んだだけで、この公演の、とりわけ現海老蔵の演技に対して、厳しい評価が下されていることは想像できた。海老蔵に「リアルな迫力がある。リアルな迫力は生の表現と紙一重である。」を読めば、リアルと舞台上での表現を履き違えているとの指摘だろうと思うのが一般的な受け止め方だろう。(私は縁戚でもあるので、もっと厳しく見てしまうのだろう。歌舞伎の基礎教育も充分には受けず、稽古も嫌い、西麻布辺りで夜な夜な遊びまわり、その揚げ句に同類と諍いを起こした虚けが、相変わらずに、そのままの気分で舞台に上がっているのだなあと。)
 この劇評記事の見出しは、「海老蔵の信長 リアルな迫力」である。決して海老蔵の、ではなく、成田屋の行く末を案じている評者が、リアルな迫力で感心したと評していないことは、いかに海老蔵の贔屓でも、或いは歌舞伎を観ることのない読者でも理解できる。(今どき、海老蔵ファンが朝日新聞の、それも歌舞伎劇評を読んでいる姿は想像し難いが)。
 しかし、「海老蔵の信長 リアルな迫力」である。
 この評の見出しを決めるのは、担当のデスク記者か、整理部記者かは知らないが、この見出しは、どう見ても見当違い、評の趣旨から逸脱している。この見出しと記事を読んで、思い出したことがある。歌舞伎の新聞劇評欄の執筆者が、ある俳優に対して厳しい批評を書いたことで、その批評に強く反応した製作会社、広告代理店が新聞社経営幹部、広告局に広告掲載の中止をチラつかせ、その社は圧力に抗しきれずにこの執筆者を降板させた、との噂話である。
 この見出しこそ、海老藏ばりに「リアルな迫力」を見せるであろう制作会社、広告代理店に配慮を利かせた、苦心の作である。

 歌舞伎評だけでなく、演劇評でも、宣伝にひと役買った者や、パンフレット、プログラムを製作、執筆した業者、ライターに、その作品の劇評を書かせて恬として恥じないのだから、いまさら何を言っても仕方がない、か。