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新聞記事から アーカイブ

2016年09月03日

新聞・雑誌記事から 「歌舞伎新聞」 昭和56年6月1日

観劇五十年 思い出すまま80
名優・名舞台あれこれ(六) 三世・市川寿海

(略)門閥が大きくモノをいう歌舞伎界にあって、名門の出でないために、孤軍奮斗みごと大成し、歌舞伎役者として最高の地位を占めたのだから、正に立志伝の人である。(略)「将軍江戸を去る」の徳川慶喜、「元禄忠臣蔵・御浜御殿」の徳川綱豊、「番町皿屋敷」の青山播磨、「鳥辺山心中」の菊池半九郎等々々、記憶にのこっている舞台もずいぶんある。あの朗々たる名調子はいつも耳を楽しませてくれた。この人にとっての不幸といえば夫婦仲に子がなく、賢夫人の聞こえ高かったらく夫人をうしない、さらに養子に迎えた市川雷蔵を若くして亡くしたことは大きい悲しみだったろう。役者にめづらしく醜聞のなかった人。正に梨園の好紳士といってよく、この点が二世左団次とよく似ている。舞台以外の趣味といえば画を描くことは玄人芸、ぼくもたくさんいただいて大切に保存しているが、その一つ一つに几帳面な寿海がうかがわれる。それに茶道に造詣ふかく茶人役者として亡き三津五郎と共にその道の人々に知られている。この人格にベタ惚れだったのが、この人を守る後援会のリーダー故幸谷吾太郎氏で、「寿会」と名づけ、盛んなときは三千人にちかい会員だったという。(略)
数々の名舞台は歿くなるまでいろいろ見て来たが、「番町皿屋敷」にからまるエピソードを紹介しよう。そのむかし寿美蔵のころ、この「皿屋敷」が京の花街で話題になって、老妓たちがあつまった席上「あの青山播磨とお菊は関係があったのかなかった」とワイワイやり合ったことがある。その時寿美蔵と仲よしの老妓が、「ほな、一ぺん寿美蔵ハンに聞いてみたらどうや」ということになり、そのたづね文が寿美蔵のもとへ届き、数日後返事が来た。みんながその手紙を読むと「おたづねの件、さっそくお菊にたづね申し候ところ、はづかしながらと面(おもて)を染め申し候」とあった。こんなしゃれた手紙を書くぐらいなのに粋人らしさの話題のなかったはウソのようで、一同さらにまた寿美蔵ファンになったという。
雷蔵が亡くなった告別式の折、一人淋しく椅子に腰かけていた寿海の姿がいまも眼にのこっている。一ばん期待をかけていた人に先立たれたのだからこんな悲しいことはあるまい。しかしこの人がその悲しみに堪えて、起居不自由な最後の舞台までをつとめた心中を察しると、万感無量なものがある。時折この人のレコードを聴き、在りし日の舞台をしのぶのもうれしい一ときである。【菱】

2016年04月04日

雑誌記事から The Ginza Times 2013年7月1日

煉瓦地(108) 佐藤龍夫著

(略)我々が観に行くのは必ずしも「芝居」ではない。「芝居の中の役者」であり、いや時とすると「役者」そのものでさえあるのである。宝塚の少女歌劇だって、ファンのお嬢さん方は、天津乙女の小夜福子のと言って騒いでいるではないか。すなわち役者あっての芝居なのであって、芝居の魅力はその九十パーセントまでが役者個々の魅力で持っているといって差し支えない。特に歌舞伎において然りとする。出雲の阿国以来、歌舞伎の歴史はそのまま役者の歴史である。役者を除外してどこに歌舞伎があるか(断っておくが、私は演劇論をやっているのではありませんぞ。)
それに近頃の歌舞伎のごとく、歌舞伎本来の夢幻美、絵画美、音楽美がだんだん薄れて、いわゆるコクのない水っぽい芝居にばかりなってしまうと、わずかに生き残った二、三の江戸前の役者によってわれわれは伝統的な歌舞伎の雰囲気をせめても味わうより外に方法はない。いや、ここに二、三の役者と言ったのは、むしろ一人の役者と言い直したほうがより正確だろう。すなわち、市村羽左衛門その人である。(略)
いったい芝居というものは、なぐさみに見るものであって、二週間も三週間も前から予定を立てて切符を買い、ムキになって当日を待つなんて性質のものでは決してない。また、それだけの値打のある芝居が一つでもあったら、お目にかかりたいくらいのもんだ。
要するに、最も健全かつ常識的な芝居の見方とは、家族団らんの食卓で、ふと芝居の話に花が咲き、一本のビールに陶然とした主人公が、「どうだい、一夕、歌舞伎を奢ろうじゃないか。上のも、もう女学校を出るんだから、「勧進帳」くらい見せておかないと、人中へ出たとき話ができないぜ。今度の土曜日はどうだい? ナニ、明後日? そりゃ丁度いいや」てな具合。
あるいは、細君が新聞の上で髪を梳きながら、ふと広告欄に目をとめて、「ねえ、新派で浪速女をやっているのよ。活動もよかったけれど、お芝居もいいでしょうねえ」とさりげなく話しかければ、長火鉢のところで煙草をふかしていた亭主が、女房も年中、子どもの世話に追いまわされているんだから、たまには芝居も、てな具合。
(第二十六章 興行界今は昔(三) 芝居)

2016年02月17日

新聞記事から   朝日新聞 2015年11月5日 夕刊

評・舞台 歌舞伎座「吉例顏見世大歌舞伎」 
海老蔵の信長 リアルな迫力

 今年の顔見世(かおみせ)は十一代目団十郎の五十年祭。成田屋の行く末はどうなるのであろうか。
 昼。十一代目が初演した「若き日の信長」を孫海老蔵が主演するのを見ると、祖父以来三代の芸風の違いが分かる。芸風の違いは当然としても、海老蔵が己の芸風をどう磨き上げいくのか。そこが未知数である。
 祖父の信長は乱暴者だが底に哀しみがあり、終幕、幸若の「敦盛」を舞って桶狭間に出陣する姿が、未来の本能寺の死をさえ予感させるようだった。十二代目は素朴な印象を刻んでいた。海老蔵は「私の生きざまもご覧いただける作品になるよう」と本人が筋書きで語るとおり、リアルな迫力がある。リアルな迫力は生の表現と紙一重である。
 「実盛物語」は染五郎初役の実盛が颯爽としている。「御所の五郎蔵」で菊五郎の五郎蔵が胸のすくたんかを聞かせる。
 夜「河内山」で海老蔵初役の宗俊は、松江侯を脅迫する演技が、毛糸玉にじゃれる猫のように軽い。せりふを口先だけで言い、そのかわいらしさを客が喜んでいる節もあるが、宗俊は豪胆な男で、またこの仕事に命をかけている。その妙味が失われている。十一代目はこの性根を失うことはなかった。
 「勧進帳」で幸四郎の弁慶は染五郎の富樫、松綠の義経と、相手が若いせいか、持ち前の涼しい弁舌を駆使して、難なく関所を越えていく。人間の対立から生まれる緊迫感に乏しい。 
 「元禄忠臣蔵 仙石屋敷」は名品である。仇討ちを遂げた仁左衛門の大石内蔵助が胸中を吐露するせりふの見事さ。言葉は魂がこもる時かくも美しい。梅玉の仙石伯耆守が感にたえたように聞く姿もいい。 (天野道映・評論家)


<今日の『贅言』>
 「成田屋の行く末はどうなるのだろうか」との書きだしを読んだだけで、この公演の、とりわけ現海老蔵の演技に対して、厳しい評価が下されていることは想像できた。海老蔵に「リアルな迫力がある。リアルな迫力は生の表現と紙一重である。」を読めば、リアルと舞台上での表現を履き違えているとの指摘だろうと思うのが一般的な受け止め方だろう。(私は縁戚でもあるので、もっと厳しく見てしまうのだろう。歌舞伎の基礎教育も充分には受けず、稽古も嫌い、西麻布辺りで夜な夜な遊びまわり、その揚げ句に同類と諍いを起こした虚けが、相変わらずに、そのままの気分で舞台に上がっているのだなあと。)
 この劇評記事の見出しは、「海老蔵の信長 リアルな迫力」である。決して海老蔵の、ではなく、成田屋の行く末を案じている評者が、リアルな迫力で感心したと評していないことは、いかに海老蔵の贔屓でも、或いは歌舞伎を観ることのない読者でも理解できる。(今どき、海老蔵ファンが朝日新聞の、それも歌舞伎劇評を読んでいる姿は想像し難いが)。
 しかし、「海老蔵の信長 リアルな迫力」である。
 この評の見出しを決めるのは、担当のデスク記者か、整理部記者かは知らないが、この見出しは、どう見ても見当違い、評の趣旨から逸脱している。この見出しと記事を読んで、思い出したことがある。歌舞伎の新聞劇評欄の執筆者が、ある俳優に対して厳しい批評を書いたことで、その批評に強く反応した製作会社、広告代理店が新聞社経営幹部、広告局に広告掲載の中止をチラつかせ、その社は圧力に抗しきれずにこの執筆者を降板させた、との噂話である。
 この見出しこそ、海老藏ばりに「リアルな迫力」を見せるであろう制作会社、広告代理店に配慮を利かせた、苦心の作である。

 歌舞伎評だけでなく、演劇評でも、宣伝にひと役買った者や、パンフレット、プログラムを製作、執筆した業者、ライターに、その作品の劇評を書かせて恬として恥じないのだから、いまさら何を言っても仕方がない、か。

2016年02月11日

新聞記事から   朝日新聞 2015年12月22日 朝刊

≪文化・文芸≫
 常に闘い 孤高の挑戦 世界的ダンサー、シルヴィ・ギエム引退公演
 バレエの枠超え、哲学的表現者へ

 世界を席巻してきたダンサー、シルヴィ・ギエムが今月引退する。「ライフ・イン・プログレス(進化し続ける人生)」などと題した引退公演を日本各地で展開中。これが世界ツアーの締めくくりとなる。東京では新作を含む3作を踊り、かつてない自在な境地を見せた。

 前人未到の歩みだった。パリ出身。体操選手からバレエに転向。史上最年少の19歳で、パリ・オペラ座の最高位エトワールに。現在、50歳。余裕たっぷりに地と垂直に掲げられ、きりりと天を指すつま先は、バレエの型やジェンダーなどあらゆる「制度」を蹴り壊すギエムの象徴となった。
 性別も年齢も超越したかのような肉体が、か弱き古典のヒロインに人格を与えてゆく。階級文化を前提としたバレエの世界において、その強さは革命だった。2009年、生涯をダンサーとして生きるとはどういうことかと問うと、静かに、しかしよどみなく答えた。「自身が自分に対する一番厳しい批評家であること。常に自分で人生を選択し、変わっていく自分に責任を持つこと」
 バレエの世界で、彼女は常に闘っていた。古典の型をも、ひとつひとつ自らに問い直した。「伝統だから」と思考を止め、従順なプリマで在り続けることにいつしか耐えられなくなった。「楽な方へ流されたくない」。23歳でバレエ団を辞めた。踊ることで、どこまで世界と響き合えるかという挑戦のはじまりでもあった。
 その後の歩みは孤高ではあったが、決して孤独ではなかった。インドの古典舞踊を礎とする振付家アクラム・カーンら、西洋の価値観に縛られぬ表現者との仕事に自身を委ねた。踊ることはギエムにとって、主張する己を「見せる」ことではなく、あるがままの世界を哲学する思索の手段となってゆく。究めるほどに、殻をむくように「私」が消えていった。
 引退ツアーの締めくくりの地として日本を選んだのは偶然ではない。京都や岡山・倉敷を旅し、和傘職人に会い、陶芸を体験した。自然と折り合うことで成熟を遂げてきた日本文化が「私の生き方や踊り方の一部になっている」と語った。10月、世界文化賞の授賞式では「地球に対し、今できることをやってゆく」と繰り返した。
 肉体と精神の途方もない葛藤を終え、ギエムはいま、生きることそのものが踊りとなり、表現となる新たなステージに立っている。
 (編集委員・吉田純子)

<今日の『贅言』>
  「なんちゃってコンテンポラリーダンス」やら、「なんちゃって現代美術」「なんちゃって演劇」など、もどきの芸術表現が蔓延っているが、まともな基礎教育、専門教育を受けず、鍛錬研鑽に無縁な日々を送っている現代ゲイジュツ界隈の住人たるこの「なんちゃって」の、自称ダンサーや美術家気取り、演劇遣ってるつもりのアッパレが、この記事を読んで何かを感じるだろうか。
 まあ、彼らは、ギエムを知らないだろう。もしギエムを観ていたのなら、「なんちゃって」のぬるい世界にはいない、いられないはずだと思うが、どうだろう。観たとしても、「あたしでも出来そう」と言うのだろうか。
  あらゆる世界で批評が力を失くした今、「言った者勝ち」、「遣った者勝ち」が蔓延している。政治も、経済も、言論も、だ。
 

2016年01月21日

新聞・雑誌記事から  日経アーキテクチュア 2016年1月19日

「見えない席」改修費、槇事務所が全額負担

 2015年11月に完成した長野市芸術館の大ホールで、舞台の半分程度が見えない座席がある問題で、設計共同体の代表である槇総合計画事務所が改修工事費を全額負担することが分かった。16年1月12日に開かれた市議会総務委員会で明らかになった。

 市第一庁舎・長野市芸術館は鉄筋コンクリート造・鉄骨鉄筋コンクリート造で地下2階・地上8階。延べ面積2万8460m2の複合施設だ。設計者は槇総合計画事務所・長野設計協同組合JV。芸術館大ホールは1292席の、音楽ホールを主とした多目的ホールだ。

 市によると、市第一庁舎・芸術館は免震偽装問題による免震材料の交換作業を除いて15年11月に完成。12月4日に引き渡しを受けた。12月8日に市の担当者が確認したところ、芸術館大ホールの2階の左右壁側にある約90席で、2階最前列席前の腰壁が視界を妨げるため、舞台の半分程度が見えないことが分かった。

218席を改修

 この問題について市建設事務局が槇総合計画事務所と協議。座席の脚を15~26cm延長して座面を高くする改修工事を行うことが決まった。座席が列単位で一体構造となっているため、舞台が見えにくい席を含む片側109席、左右両側の計218席を改修する。

 この工事によって、左右端部の特に舞台が見えにくい席でも舞台床面の約70%が見えるようになると見込んでいる。改修工事は5月8日に予定されているこけら落とし公演に間に合わせる計画とする。市建設事務局では、工事の着手は2月上旬を想定している。

 市建設事務局によると、槇総合計画事務所は設計の打ち合わせ時に「敷地条件などから1300席の確保は厳しい」と指摘していた。しかしその後、「中央部客席から舞台を見た視線を表した資料」によって舞台の見やすさに関して説明したものの、2階席に舞台が見えにくい席があるという説明はしなかった。
 市はこうした経緯から、市に過失はないと判断。槇総合計画事務所と協議した結果、槇事務所側が改修工事費を全額負担することで合意した。改修費は槇事務所が積算中だ。

 槇総合計画事務所の担当者は、「市芸術館大ホールのような囲み型ホールの設計は、広島県三原市の三原市芸術文化センターで経験していたので、同様のホールは設計できると考えていた。座席から舞台がどう見えるかというサイトラインのチェックはしていたが、十分でなかった」と、設計の不備を認めている。

槇総合計画事務所は不備を認める

 市建設事務局によると、槇総合計画事務所は設計の打ち合わせ時に「敷地条件などから1300席の確保は厳しい」と指摘していた。しかしその後、「中央部客席から舞台を見た視線を表した資料」によって舞台の見やすさに関して説明したものの、2階席に舞台が見えにくい席があるという説明はしなかった。
 市はこうした経緯から、市に過失はないと判断。槇総合計画事務所と協議した結果、槇事務所側が改修工事費を全額負担することで合意した。改修費は槇事務所が積算中だ。
 槇総合計画事務所の担当者は、「市芸術館大ホールのような囲み型ホールの設計は、広島県三原市の三原市芸術文化センターで経験していたので、同様のホールは設計できると考えていた。座席から舞台がどう見えるかというサイトラインのチェックはしていたが、十分でなかった」と、設計の不備を認めている。

2016年01月16日

新聞記事から  朝日新聞デジタル 1月12日21時52分

長野市芸術館2階席、舞台半分が見えない→建築家が改修工事全額負担へ
新築ホール2階席、舞台半分見えない! 長野市改修へ

 開館を5月に控えた長野市芸術館の大ホール(1292席)で、ステージの半分近くが見えない座席が約90席ある問題について、市は12日、設計した建築家の槇(まき)文彦氏側が、改修工事の費用を全額負担することを明らかにした。
 同日の市議会総務委員会で明らかにした。市によると、8日に設計側の代表の槇総合計画事務所(東京都)と協議した結果、設計側が過失を認め、全額負担を了承したという。改修工事では金属製の土台を入れ、座席を15~26センチほど高くする予定。ステージの約7割は見えるようにするのが目標。安全性を考慮すると、全体が見えるようにはならないという。2月上旬に着工する見通しだ。
 市芸術館は交換作業中の免震ゴムを除いて昨年11月末に完成。建物の引き渡しを受けて市の担当者が確認したところ、転落防止用の壁に遮られ、ステージの半分近くが見えない席が2階の左右の壁際に計80~90席あることが判明した。
 加藤久雄市長は今月7日の記者会見で改修工事をすると発表。設計側から座席の不具合について事前に具体的な説明がなかったことから、市側に過失はないとし、設計側に改修費用の負担を求めるとしていた。
 総事業費は、芸術館とともに建設した新市役所第1庁舎と合わせて約161億円。工期延長などにより、当初の見込みより8億円近く増えた。北陸新幹線の金沢延伸などに間に合わせようと、昨年3月の完成を予定していたが、設計変更の影響などで8カ月延期。そこに、東洋ゴム工業(大阪市)の免震ゴム性能偽装問題が発覚するなどし、混乱が続いていた。

2016年01月04日

新聞記事から   毎日新聞 2015年12月12日 朝刊

 長野市芸術館
 ステージ見づらい 2階の80~90席 
 市、設計者に対応依頼 来年開館予定/長野

来年5月に開館予定の長野市芸術館で、既に仕上がった大ホール2階の80〜90席が、ステージが見えづらい構造となっていることが、市への取材で分かった。設計段階で床の傾斜を緩くしたのが原因で、市は「改修の必要性も含め、見えづらい席を減らせるよう設計者に対応を依頼した」と説明。開館に遅れは生じないという。

 市第1庁舎・市芸術館建設事務局によると、大ホールの座席数は1階916席、2階376席の計1292席。ステージが見えづらくなっているのは左右の壁際にあるそれぞれ40〜45席。2〜7列目にあり、ステージからの高さは約6・9〜8・5メートル、距離は約26メートル。これらの席からは、2階席最前列の腰壁が邪魔になり、幅約18メートルのステージの半分以上が見えないという。

 市芸術館は11月30日に建物本体の工事が終わり、今月4日に市が施工者から引き渡しを受けた。8日に職員が確認したところ、見えづらい席があることが分かった。

 設計を担当したのは東京都や長野県の会社などで組む共同設計体。既存の施設を参考に設計したが、モデルとなった施設では2階席の傾斜が26・2度と急で、転んでけがをした人もいた。このため、同館は20・7度に設定し、見えづらい座席が生じた。事務局は「設計段階から見えづらい席が出てくる場合があるとは認識していたが、数は分からなかった。なるべく少なくするため、設計者に対応を依頼した」としている。対策として、座席の位置を高くすることなどが考えられるという。

 11日は長野市議対象の内覧会があった。小泉一真市議は「ステージの半分以上が見えない席もあった。責任がどこにあるのか明確にする必要がある」と話した。

2016年01月03日

新聞記事から   朝日新聞 2015年12月12日 朝刊

90席、ステージの半分見えず 
 ホールの改修検討 
長野市、来年5月開館予定

 長野市が来年5月に開館を予定している市芸術館の大ホール約1300席のうち約90席で、ステージの半分近くが見えないことがわかった。市は開館時期に影響が出ない範囲で改修することを検討している。
 市によると、今月4日に建設業者から建物の引き渡しを受け、担当者が8日に確認したところ、2階の左右の壁際にある席で、ステージが半分近く見えないことが判明。観客が転倒しないように客席の勾配をゆるやかにしたため、転落防止用に設置した客席前方の壁に視界を遮られることが原因という。
 市芸術館の総事業費は、ともに建設した新市役所第1庁舎を含めて約161億円。工期延長が重なるなどして、当初より8億円近く増えた。