衆議院選挙も終り、行財政改革、行政組織、予算歳出のスリム化についての議論が、自民党からも民主党からも論じられ始めた折、文部科学省の科学研究費などの度重なる不正受給や、文化庁の舞台芸術振興策の柱ともいえる、芸術創造活動支援事業『新世紀アーツプラン』の採択団体が、文化庁(税金)からの支援金を不正を働いて受給していたことが初めて明らかになった。今回は、このことを報じた一連の讀賣新聞の記事から、事実関係を整理してみる。
10月14日の讀賣新聞大阪本社版朝刊1面と社会面には、
<関西芸術文化協会『オぺラ振興で不正受給』>、
14日の同紙夕刊には、
<『寄付金に偽装』大阪市分も不正受給>
との記事が載った。15日付けの産経新聞の記事も参考にして、事態の概略を纏める。
財団法人「関西芸術文化協会」が、2004年度までの3年度にわたって受け取った文化庁の助成金約1億1400万円のうち、計約2700万円を不正受給していた。他にも、大阪府、大阪市の補助金も不正受給していた。
文化庁の04年度までの助成金制度「新世紀アーツプラン」は、舞台芸術でトップレベルの団体に、3年間を区切って、公演経費の3分の1を限度に赤字の範囲内で支援するもの。
文化庁や大阪府によると、同協会は、傘下の関西歌劇団が年3回行うオペラ公演が助成対象で、02、03年度がそれぞれ4000万円、04年度は3400万円を受け取っており、府からも各年度に220万から90万円の補助金を受給している。
元協会幹部らの証言や内部資料によると、03年3月に大阪市内で上演された『源氏物語』では、総経費2千数百万円のうち800万円を文化庁が助成、府は90万円の補助金を支出したという。その手口は、「衣装費」「小道具費」などの名目で、京都の二つの業者に、架空の領収書を作らせ、520万円を支払ったように偽装するという悪質なもの。他の公演でも、約2200万円分の偽領収書で不正を繰り返すなどし、不正受給が常態化していたという。
文化庁と大阪府も不正受給の概要を確認しており、総額が確定次第、協会側に返還を求めるという。
また、16日の同じ讀賣新聞では、
<同一公演なのに異なる決算書、文化庁と大阪府に提出>、
として、この「関西芸術文化協会」が文化庁と大阪府に提出した収支決算書の内容が、支出総額を含めて大きく異なっていたことを報じている。支出総額で約400万円の開きがあり、多くの費目でも支出が相違しているという。その中身は、例えば、「各種アルバイト賃金」は、文化庁の50万円に対し府は約7万円、「チラシ・ポスター印刷費」は、文化庁が60万円なのに府は約20万円。
「プログラム印刷費」は、文化庁が40万円で府は約28万円など、計上された金額がそれぞれ異なり、全体的に文化庁分がかさ上げされている。
さらに、文化庁分に記載された支出総額約2600万円自体、すべての費目を合計しても合致しない、でたらめな数字で、協会が支出総額欄だけ、適当に助成規定をクリアさせる金額を記載した可能性も高い。
文化庁の助成限度の規定に従えば、助成金を減額される支出総額だったため、不正を承知で操作したという。
18日の讀賣新聞は、
<不正受給問題 芸術団体助成巡り文化庁が緊急調査>、
として、文化庁が17日に、音楽や演劇などの芸術団体を支援する制度「アーツプラン」で助成を受ける団体に対し、助成金を不正に請求・受給していないか確認する緊急経理調査を今月中にも始める、と報じた。
同紙によれば、「アーツプラン」は1996年度に始まり、オペラやオーケストラ、演劇、舞踊など、トップレベルの芸術団体が対象。昨年度の対象は計101団体、約66億円の予算、とある。
この1週間、新聞社を含めて各所から取材を戴く。中にはうちにも調査が入るのだろうかとの心配から問い合わせてくる団体もあり、「架空経費などの操作をしていなければ、問題はないだろう」と言えば、皆一様に沈黙する。「不正はいけません」。私の最後の言葉はいつもこうだ。
10年前の95年、社団法人になり立ての日本劇団協議会の主催する、この助成制度の説明会を聞きに行った。
俳優座の千田是也氏が主催者代表として壇上におられた。私が氏の最後の姿を見た時だった。
文化庁の担当の課長、専門官の説明が終り、質疑が行われた。その中で、劇団協議会のある役員が立った。むこう(文化庁、あるいは国か。)が出すって言っているんだから、貰おうじゃないか。そんな発言だった。反論、その発言をたしなめる声はなかった。私は失望した。公金を投入して何の意味があるだろう、彼等は不正を働くだろう。そう思った。そして、この報道に接した今、そう思っている。96年の実施当初から、不正をしていない、と断言できる団体はあるだろうか。関西文化芸術協会の不祥事が、氷山の一角であることを否定するものはいないだろう。
税金を不正に使う、それ以上に、国民としての務めを果たすことを忘れ、ましてや演劇(音楽)、物作りに対しての不誠実な姿勢は、日本の舞台芸術の世界に瀰漫している。
卑しいものを卑しいと批判する私自身が、知らず知らず望まないことだが卑しい人間になっているのでは、との恐れを抱き、逡巡しながら煩悶しながら、『提言と諌言』を書く今日この頃である。