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『在外研修』を実施する文化庁の『常識』と『言語感覚』

東京・初台の新国立劇場小劇場では、10月20日(木)から23日(日)の4日間、「文化庁芸術家在外研修の成果」と題する文化庁主催の演劇公演が行われる。この公演のチラシには、御丁寧なことに、「※文化庁芸術家在外研修(平成14年度から新進芸術家海外留学制度)」との記載がある。そこには、<文化庁では将来の我が国芸術界を担う芸術家を養成するため、昭和42年度から若手芸術家を海外に派遣し研修の機会を提供する「芸術家在外研修(新進芸術家海外留学制度)]を実施しています。これまでに派遣された芸術家は2,000人を超え、現在の我が国芸術界の中核的な存在として国内外で活躍しています。>と書かれている。
7月1日の『提言と諌言』の<在外研修制度利用者を自衛隊予備役に編入せよ>にも書いたが、この制度は、人事院が実施している「行政官長期在外研究員制度」の文化庁版とも言うべきものかもしれない。そこにも書いたが、最近はこの人事院の制度利用者のうちから、研修先の海外の大学院から戻ると、すぐに民間企業に再就職したり、独立起業するものが続出、官費(税金)による官離れ、独立支援のための留学になっている、との讀賣新聞の批判に、不承不承、人事院は、帰国後5年以内に官庁を辞めた者から留学時の授業料を返還させる(のではなく、その旨の念書を制度利用者に書かせる)ことにしたという。
文化庁のこの在外研修制度、どういう利用からか14年度からは留学制度と名称が変わったが、偶然だが、先の所謂、若手キャリア官僚を対象にした人事院のものとほぼ同数の2,000人超の派遣規模になっているという。
ただ、人事院の方の制度利用の経験者は現在、主要官庁の現役官僚、トップの事務次官から課長補佐、総括係長ポストの若手までのキャリア官僚である。どうあれ、日本の行政の中枢、あるいはその周辺の者ばかりだ。そして彼等の派遣は2年間。留学先は欧米の大学院あるいは研究機関である。これに対して、文化庁の制度利用者の場合はどうか。音楽、美術での派遣研修先は、概ね芸術大学(院)のようだが、演劇は違う。大学院などの教育研究機関に学ぶ者はほとんどいない。劇場で多少の研修をさせて貰うという程度の者から、偶にワークショップに参加し、専ら在留の日本人と交遊していた者、高校新卒でも入る「演劇学校」に通った者など、その実態は「留学」というものには程遠い。2年間、1年間、3カ月などの研修期間に、官費(税金)を使い、文化庁のお墨付き、大手を振って遊んできた、というものが大半である。帰国後の文化庁に提出する、形ばかりの研修レポートも自分で書けず、研修先で世話をした現地斡旋人に書いてもらう者が続出。1年の派遣でロンドンに遊んだ劇作家たちは、研修よりも戯曲やエッセイの仕事に精を出していた。研修先は任地扱いになっていて、途中帰国や研修地を離れてはいけないことになっているはずだが、中にはロンドンを離れ、香港で人妻のタレントとのアバンチュールを楽しんだ者まで出る始末。
さて、「芸術家」の「留学」というこの制度利用者で、「国内外で活躍してい」る芸術家とは、どんな人なのか。先に書いた7月からずっと思い出そうとしているが、その一人も思いつかない。
「音楽界」で言えば、小澤征爾、大植英次、大野和士、佐渡裕あたりが海外で(も)活躍する日本人指揮者だが、彼等はこの制度利用者ではない。ロンドン在住のピアニスト・内田光子やニューヨーク在住のヴァイオリニストの五嶋みどりは、「国内外で活躍」、というよりも海外で活躍する数少ない日本人演奏家だと思うが、彼等も違う。作曲の細川俊夫は、10年ベルリンで学んだが、彼は当然自費留学組だろう。坂本龍一が在研組とは聞いた事がない。
「演劇界」では、国の外で活躍している人を全く知らない。ニューヨークとかロンドンで、文化庁や国際交流基金などの支援を受け、数ステージの公演をしてくるくらいのことを、文化庁や演劇担当の新聞記者か演劇評論家、ライターのほとんどの世間知らずは別だが、真っ当なバランスのある常識人は、「国外で活躍」とは言わない。
したがって、「国外で活躍する」在外研修制度利用者の演劇人は、ひとりも存在しないのだ。
引用した文化庁の文章にある、「芸術界」「若手芸術家」との言葉に、違和感を感じる。この「芸術界」という言葉を、口にしたり目にしたことが今までなかった。「若手芸術家」もそうだ。「芸術界」同様に文化庁の造語だろうか。「若手漫才師」「若手噺家」「若手舞踊家」とはよく言うが、彼等もこれからは「若手芸術家」なのだろうか。
では、文化庁が40年で数百億円を使ってまで実施しているこの制度、果たしてその成果は?
行財政改革が叫ばれている折も折、文化庁としても施策の必要性正当性をアピールする機会でもあろう。
貴重な税金を使っての本腰の入ったものだろうから、なんとか時間とお金をやりくりして、国民のひとりとして、在外研修の「成果」を、文化庁の施策の「成果」を、しっかり確認してこようと思っている。