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2008年06月 アーカイブ

2008年06月02日

劇場へ美術館へ
≪GOLDONI2008年6月の鑑賞予定≫

[演劇]
*6月21日(土)から7月13日(日)まで。   浜松町・自由劇場
劇団四季公演『思い出を売る男』
作:加藤 道夫  演出:浅利 慶太
音楽:林 光  照明:吉井 澄雄  装置・衣裳:土屋 茂昭 
劇団四季HP http://www.shiki.gr.jp/

*6月25日(水)から7月7日(月)まで。 新宿・紀伊國屋サザンシアター
劇団民藝公演『プライス―代償―』
作:アーサー・ミラー  訳:倉橋 健  演出:兒玉 庸策
出演:里居 正美  三浦 威  西川 明  河野 しずか   

*6月28日(土)、29日(日)。   
静岡県舞台芸術センター Shizuoka春の芸術祭 
オデオン座芸術総監督オリヴィエ・ピィ特集
『イリュージュン・コミック』『若き俳優への手紙』
作・演出:オロヴィエ・ピィ
  
[歌舞伎]            
*3日(火)から27日(金)まで。    東銀座・新橋演舞場
「六月大歌舞伎」 夜の部       
『義経千本桜』すし屋
『身替座禅』
『生きている小平次』
『三人形』
出演:幸四郎 吉右衛門 仁左衛門 段四郎 芝雀 福助 錦之助 ほか
              
[演芸]
*24日(火)。           六本木・麻布区民ホール
『柳家三三独演会』

[音楽]
*2日(月)。          赤坂・サントリーホール
『アルバン・ベルク四重奏団 解散公演』
演奏曲目: ハイドン:弦楽四重奏曲第81番
        ベルク: 弦楽四重奏曲op.3
   ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番

*25日(水)。         江戸川橋・トッパンホール
『トルルス・モルク チェロリサイタル』          
演奏曲目: ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調 Op.5-1
      ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 Op.65
      ドビュッシー:チェロ・ソナタ
      ブラームス:チェロ・ソナタ第2番 ヘ長調 Op.99


[展覧会]
*6月29日(日)まで。         日本橋・三井記念美術館
『数寄の玉手箱―三井家の箱と茶籠』

*7月21日(月・祝)まで。    上野・東京芸術大学大学美術館
『バウハウス・デッサウ展』

*8月3日(日)まで。         竹橋・東京国立近代美術館
『建築がうまれるとき―ペーター・メルクリと青木淳』

2008年06月05日

推奨の本
≪GOLDONI/2008年6月≫

八世坂東三津五郎 武智鉄二 『芸十夜』
 駸々堂出版 1972年

武智 昭和三十年頃、「観照」という雑誌で、当時の名人ベストテンを選んだことがあったでしょう。
三津五郎 ええ、ええ。
武智 あの時に谷崎潤一郎さんとか、吉井勇さんとか、そういう一流の芸の鑑賞家に審査員になっていただいて。あのベストテンというのは、今見てもなかなかいい人が入っていますよ。で、十一位から下というのはやっぱりダメなんですよ。だからやっぱりあの頃までは芸の基準とか、見極め方というのは、見る方にもピシッとしてましたね。
三津五郎 ピシッとしていたというよりも、上にたくさん偉い人がいたから、いいものをみな見てきてるから……。それにあの頃は、まだいいのがいるから選べたんですよ、たとえ十人でも。
武智 あの順位はどうでしたっけね。一位が山城、二位が菊五郎で、十位が三津五郎さんで、あとは本を見ればわかりますが、茂山、後に善竹弥五郎さんに金春光太郎さん、野口兼資さん。喜多六平太さんも入ってましたね。
三津五郎 それから川崎九淵が入って……。
武智 それに富崎春昇さんと稀音家浄観さんでしたね。覚えてるのは十一位が延若で、十二位が梅玉だったんですよ。で、僕はその時この人達が十一位、十二位になったことはよかったなと思いましたが、それくらい贅沢でしたね。
三津五郎 だって能を見ようと思えば万三郎も見られるし、光太郎も見られるんだから。
武智 能について考えたいと思えば、何を見に行けばいいという目安もついたですものね。
三津五郎 そうです。
武智 その点、現代の若い人は大変気の毒なんで、そこで反撥して芸なんてありゃしないんだという考え方になるので、俺達にはどうせわからないんだという劣等感みたいなものがあると思うんですね。これは一種の敗北意識だし、自暴自棄だと思うんですよ。それで、芸をほんとうに理解する一つの手がかりというか、求道の先輩としての三津五郎さんのアドバイスを伺いたいのですが。
三津五郎 あたしみたいに五里霧中でメチャクチャになんでもかじって、芸とは何んだ、芸とは何んだでもって、生涯やってるうちに、自分が歳とっちゃって、自分の芸もまだできないけども、……でも一ついえることは、何でもいいから一つのものをよく見極めたらいいと思うんですけどね。
 例えば、絵の展覧会に行っても、今の人は絵を見ないで直ぐ作者の名前を見るでしょ。で、この作者はいくらくらいするんだと聞くんですよ。
武智 すぐ値段をいいますね。
三津五郎 これは悲しいことだと思いますよ。どんな芸術を見ても、この人は偉い人かって聞くんですよ。
武智 僕もときどき絵のことを聞かれるけれど、何を聞いてるのかと思うと、結局値段を聞いているんですよね。
三津五郎 だから自分でものを見る基準がないんですよ、現代人には。あたしがこないだ武智さんに御舟との巡り合いを聞いたのもそれなんですよ。御舟一つを見極めて、御舟一つがわかったという時に、ほかの芸もわかるんですよ、御舟を通じた眼で。……それで御舟がいくらだからという目でみてたら、いつまで経ってもわからない。
 
武智 それから別の話だけども、(速水御舟は)野球のゲーリックという人をとても褒めていたというんですね。ゲーリックの球はほかの選手の球とぜんぜん違うと……。手を離れる時が違うというんですね。あれは力を入れないようでいて、なんかすッと離れていって、相手のミットにピシッと納まるといったそうです。
  それがどういう意味か、僕にはわからないのですが、無駄がないということかなと思ってたんです。ところが、こないだ来たオリオールズにロビンソンという名三塁手がいたでしょう。その人が投げてるのをテレビで見てて、速水さんがゲーリックを褒めてたのはこれかなと思ったんです。それはね、ボールを投げる時、手を離れる瞬間というのがないんですね。だからちょっと空間を五寸か三寸離れたところから、ボールがシュッと出て来てね。ピチッと向うに行くわけですね。ああ、おそらくこのことをいっていたのかなと思って……。
三津五郎 それは剣術のほうで離心ということだと思いますね。離れるということは大変大事なことですからね。
  離心、残心――離れるということと、残るということが剣術では大事で、これは禅語から出たんでしょうね。
武智 剣道のほうで?
三津五郎 やはりそれでしょうね、離れるということは大変なことなんですよ。
武智 九代目(市川団十郎)が踊った時、うしろから出す手が、どこから出たかわからなかったという話がありましたね。
三津五郎 同じことですね。何か技術にこだわってるうちは、それができないのですね。
 山岡鉄舟のいってる中でも面白いのは木猫の話がありますけどね。剣術のほうでは有名な話ですが、ある田舎の剣術使いが、鼠が出てしようがないので猫を借りて来たら、猫が鼠に食われちゃったんですね。それでいろんなところから強い猫を借りて来るんだけれど、みんな鼠にとられちゃう。そうしたら近所の村に大変強い猫がいるというんで、その猫を借りてきておいといたら、その猫は身動きもしないで寝てばかりいるというんですね。(笑)
 なんだ、あの猫、鼠をとらねェじゃないかって。まるで木でこしらえた猫みたいだったというんですね。ところがぜんぜん動かないんだけれども、その猫をおいとくと鼠が一匹もいなくなったんですね。
  そこで剣術使いが初めて悟ったという有名な話なんですが、鉄舟がその話を聞いて滴水禅師かなにかにその話をしたら、「剣術ではそうかも知れないけれども、坐禅をしてると鼠が俺の頭の上を走るよ」というんで、それでまた鉄舟がびっくりして、自分も一つ修業しようと座ってると、はな、鼠が寄りつかなかったけれども、暫くすると鼠が安心して出て来た。そこでまた悟ったんですね。
 そこで鉄舟という人は明治になってからでも浅利又七郎(義明)に月一回くらいお稽古願いますといって、どうかして先生に勝とうとして、そこで日夜苦心していると、夜眠ってる間も浅利さんの顔が出てきたり、しかも立会いする時になると浅利さんの顔がグーッときて、いつも負けちゃって勝負にならなかった。
  ところがその木猫の話で悟ってから、浅利先生のところへ行った時に、「お稽古願います」といって、向い合ったら、浅利先生が木刀を置いて「もうあんたは、あたしより上になった。今日よりあんたが師匠になれ」といわれて、無刀流というのを開いたっていうんですね。勝とうと思う気がある間は、絶対勝てなかったというんですね。
  ――それが離れる心なんでしょうね。
 僕なんぞでも親父に、団十郎の公案みたいなものばかり聞かされて、口惜しくてしょうがないから、芸って一体なにものなんだろうと思って、それで一生懸命になっていろんなものを読んだり、能も勉強したりして来て、現在生きてる人のを見てもわからないし、そうなるとやはり絵なんですね。  
  (「芸八夜」より)     

2008年06月19日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十七)
≪官僚批判喧しい最中、電通の社外監査役に就任する天下り劇場理事長(一)≫

 新聞メディアによる中央官庁の官僚批判が止まない。その中心は相変わらず「天下り」叩きのようだが、最近は深夜に自宅まで送る個人タクシーから、ビールやつまみの供応を受けるという「居酒屋タクシー」や、海外出張の折に、公費にもかかわらず自分のクレジットカードを使用して「マイレージの個人取得」をするという、官僚たちのあさましい振舞いに対する批判である。国土交通省は今後二ヶ月だけ、タクシーチケットを使用させないことにし、「マイレージの個人取得」については、先週末になって全省庁が自粛を指導することにしたそうだが、その実効性は疑わしい。公費を私して恥じないとは、官僚が既に公僕(パブリック・サーバント)としての本分を忘却し、自覚・節度を保持しなくなった証左だろう。行財政改革、とりわけ行政改革、公務員制度の抜本的な改革が求められている最中、これは昨今の新聞・テレビメディアが得意な末梢的な官僚叩きで終わらせる問題ではなく、議院内閣制下での、国会議員、とりわけ内閣を構成する与党と、その下で行政執行する官僚機構のあり方を再構築する、その端緒のひとつとして考えるべき問題である。
 中央官庁の若手官僚を対象に、海外の大学院や研究機関に留学させる「行政官長期在外研究員制度」が四十数年に亘って実施されているが、この制度を利用した官僚が、帰国後すぐに退職するという制度の食い逃げが顕著になり、それを読売新聞に追及された人事院が「帰国後五年以内に退職した場合、授業料を返納させる」という確認書を留学する官僚に提出させることになったと、三年前の二〇〇五年七月一日のこのブログで言挙げしたことを思い出した。ご笑読を願う。
在外研修制度利用者を自衛隊予備役に編入せよ
http://goldoni.org/2005/07/post_100.html
 
 本題に入る。この「新国立劇場の開館十年を考える」では、劇場トップである新国立劇場運営財団理事長の遠山敦子氏がその職務に専念することなく、トヨタ自動車や松下電器産業が作った財団の理事長や、NHKの子会社の取締役などの要職を兼ね、あまつさえ風俗営業法の規制を受けるパチンコ施設業者の団体の長までしていることを取り上げ、常勤理事長としての適格性に疑義を呈した。
 三月七日に書いた、「巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(四)」
http://goldoni.org/2008/03/post_225.html
を最後に、三ヶ月ほど劇場の動きを見守っていた。四月一日には理事長の再任が決まり、劇場管理部門は今年十二月一日に施行される一般社団法人及び一般財団法人に関する法律に伴う新財団への移行の準備に入ったようだが、それ以外のことについては不明である。このブログについては、いくたりかの国会議員や、内閣府や財務省などの高官が読んで呉れていると聞いていて、また、新国立劇場のある幹部職員には、「新聞記者や評論家の発言とは違い、核心を突いた手厳しい指摘」との過分のお褒めまで頂戴している。しかし、肝心の劇場トップである遠山氏は、ブログでの発言など、取るに足らない、一顧の価値すらないものとの強い姿勢があるのだろう。文部科学省・文化庁の芸術文化の担当職員もチェック怠らないブログだと聞いたが、私のブログでの発言は、遠山理事長の目にも耳にも届いていないようである。インターネットで調べた範囲では、トヨタの財団理事長も、松下の財団理事長も、博報堂の財団理事も、パチンコの団体長も、退任してはいない。私の指摘を受けて、他の兼任ポストを辞することはこの先もないのだろうか。
 
 先月の新聞報道によれば、遠山氏は電通の社外監査役への就任が内定したそうである。旧大蔵省・国税庁の有力OB達の牙城でもある広告業界第二位の博報堂が作った財団の理事を辞することなく、広告業界最大手の電通の監査役に収まるつもりだとすれば、博報堂に対しても、ましてや電通に対しても非礼な振舞いのように小人の私には思えるが、社会常識に囚われない大胆な決断で恐れ入る。
 電通の平成十九年三月期の有価証券報告書によれば、社外監査役三名の監査役報酬の総額は四千三百万円。一人当たりでは一千四百万円を超える。今や文部(科学)省OBきっての肩書キング(クイーン)の遠山氏だが、その肩書きの多さだけでなく、所得の多さでも目立つだろう。「天下りの星」となり、マスメディアの注目が集まるだろう。なにせ、事務次官や国務大臣の報酬を遙かに超え、五千万円強といわれる内閣総理大臣報酬に匹敵する額を手にしようというのだから。
 電通の社外監査役は、単なる名誉職ではないだろう。一朝事ある時は、否、日常の緊張を強いられる重職である。遠山氏への就任要請は、単に天下り官僚を求めたもの、とは思えない。芸術界のボスからパチンコ業者までの幅広い人脈に期待してというものでもないだろう。監査役選任辞退の報道は今のところはない。たぶん就任に向けて数十の名誉職の退任の根回しやら手続きやらで大童であろう。
 日本最大の劇場のトップの職は、遠山氏にとっては二千万円程度の、実入りの少ないものなのかもしれない。しかし、だからと言って、兼務が許されるような気楽なポストではなく、激務であり重職である。一層の経費削減を迫られ、作品成果の向上が求められ、運営の透明性確保が課されてもいる、国立施設の、巨額な税金が投入されている劇場の経営である。文部科学省ばかりか内閣府等による業務監査や会計検査院の検査などにも備えなければならず、大袈裟に言えば三百六十五日、二十四時間、頭も心も或いは体も休まることのないポストである。専心して臨まなければならない本来の専任理事長に専念せず、他の複数の財団理事長や理事、会長を兼任という片手間仕事にしていた遠山氏だが、さすがに世界に冠たる電通の監査役が、今のままで務まるはずがないことは、本人がご存じなはずだろう。税金が投入される財団の常勤理事長が、民間企業の監査役を務めることについて、その是非を含めて、渡海文部科学大臣、銭谷事務次官の文部科学省最高幹部がどう判断しているか。公務員制度改革が前進することになった今、私たち国民は納税者は、退職公務員の再就職問題を、単なる天下り叩きでなく、じっくりと深く考える絶好の機会である。文部科学省最高幹部、そして当事者の遠山敦子氏には、結論を出すまでの時間的なゆとりは与えられていないが。
 遠山氏の監査役就任が正式に決まる電通の定時株主総会は、この二十七日に開かれる。


2008年06月30日

「新国立劇場の開館十年」を考える(十八)
≪巨額な国費が投入されながら、理事長・芸術監督が専念しない不思議な劇場(五)≫

公務員改革に慎重な福田首相も、「適材適所でも天下りは二回まで」。
今回は、6月6日に開かれた衆議院決算行政監視委員会での審議から、民主党の長妻昭議員と福田首相、額賀財務相との質疑応答の一部を紹介する。
長妻議員は、タクシー接待問題、後期高齢者医療制度や、年金記録問題を質した後、本題の決算問題を取り上げ、平成十八年度の特別会計と一般会計による日本国の総支出(百五十兆円)中での無駄遣いを追及。答弁に立った額賀財務相は「全省庁の支出についての会計検査院の指摘は三百十億円。今年度予算では百五十二億円の削減を行った」と答えた。これに対して、長妻議員は削減のケタが違うとして、民主党の試算によれば、十五兆円強の削減が可能と述べ、ひもつき補助金システム、天下りあっせん仲介システム、特別会計システム、官製談合システム、随意契約システムと呼ぶべき官僚組織が作り出したシステムが、「税金の無駄遣いを自動的に生み出す仕組みとして各省庁に埋め込まれている」と指摘した。
 答弁に立った福田首相は、政府、行政における無駄は看過できない。天下りについては、本来あるべきことではなく、無駄、癒着などが顕著であり、排除しなければならない、と答えた。
 それに対して長妻議員は、旧自治省(現総務省)の事務次官経験者の「天下り(わたり)」の例を挙げ、四度の天下りのすべてを役所が斡旋していると指摘、先進七カ国で国が天下りの斡旋をしている国は日本以外にない。総理の権限で天下りを禁止するようにと要求した。
 これに対して福田首相は、度の過ぎた「わたり」はいけない。適材適所であれば行政経験者が独立行政法人、それに関係する公益法人で仕事をすることはあってもよいが、その必要性についても、独立行政法人やその公益法人で適切に処理すべき問題だとして、「これは四回でしょう。こんなのはやり過ぎ」、「(長妻議員に二回はいいのか、と問われ)二回と四回は全然違いますよ」と答えた。
 
 独立行政法人日本芸術文化振興会の設置する新国立劇場の運営を随意契約で委託されている財団法人新国立劇場運営財団の理事長(常勤)の遠山敦子氏は、27日に予定通りに広告業界最大手の株式会社電通の社外監査役に就任した。
 遠山氏の略歴を記す。
昭和13(1938)年12月10日 三重県生まれ。現在69歳。
昭和37(1962)年4月  文部省入省。
平成8(1996)年1月   文化庁長官(最終官職)を退任。文化庁顧問に就任。
同年6月           駐トルコ共和国特命全権大使に任命。
平成11(1999)年10月 文部科学省顧問に就任。
平成12(2000)年4月  国立西洋美術館館長に就任。
平成13(2001)年4月  独立行政法人国立美術館理事長に就任。
同月             小泉内閣で文部科学大臣に就任。平成15年(2003)年9月まで。     
平成16(2004)年4月  大学評価・学位授与機構 客員教授に就任。(現在も退任せず)
同年5月           国際日本文化研究センター 客員教授に就任。 
平成17(2005)年4月  財団法人新国立劇場運営財団理事長に就任。(現在も退任せず)
平成20(2008)年6月  株式会社電通社外監査役に就任。

 同様に、文化庁の文化部長などを経て、現在は新国立劇場運営財団の筆頭の常務理事に天下っている霜鳥秋則氏の略歴も紹介する。
昭和22(1947)年9月  北海道生まれ。現在60歳。 
昭和46(1971)年4月  文部省入省。
平成8(1996)年7月   文化庁文化部長に就任。
平成10(1998)年4月  長岡技術科学大学副学長に就任。
平成13(2001)年4月  小山工業高等専門学校長に就任。 
平成16(2004)年4月  自然科学研究機構理事に就任。
平成18(2006)年4月  財団法人新国立劇場運営財団常務理事に就任。
 
 文部科学省の斡旋による「天下り」は、遠山氏は省庁顧問(二回)、電通監査役就任を除いても四回、霜鳥氏は二回である。福田首相の理解では「四回の天下りはやり過ぎ」で、「二回と四回は全然違」うのだそうだが、民主党、長妻議員は、首相のアッパレな言質を取ったのだから、旧自治省官僚OBの古い事例で追及せず、二回以上の天下りを総務省にリストアップさせ、新国立劇場の二羽の渡り(天下り)鳥の例を取り上げて、次の国会で追及すべきである。