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新聞記事から   朝日新聞 2020年3月31日 朝刊

「異論のススメ スペシャル」ー現代文明、かくも脆弱ー
   佐伯啓思
  
 (略)今回のような新型の病原体の出現は、リスクではなく不確実性である。その時かろうじて頼りになるのは、政府や報道ではなく、われわれのもつ一種の「常識」や「良識」であろう。政府に依存し、報道に振り回されるよりも前に、自らこの事態をどう捉え、どう行動するかを判断するための「常識」であり「良識」である。
 (略)皮肉なことに、今回の「異常事態」が、逆に、この間のグローバル競争の異常性をあぶりだした。今後、企業の業績悪化などによる経済の悪化はかなり深刻であろう。(略)今日のグローバル資本主義のなかで、われわれはすっかり余裕もゆとりも失っていたということになる。市場主義や効率主義や過剰な情報文化は、われわれから思考能力も「常識」も奪い取っていった。人々と顔を突き合わせて話をし、家族や知人とゆっくりと時間をすごす日常的余裕がなければ「常識」など消えてしまう。それだけではなく、この間の市場主義は、医療や病院という公共機関を効率性にさらすことで、医療体制にも大きなダメージを与えてきたのである。
 
 (略)もしも今回のコロナのパンデミックが、多大な経済的打撃を与えるとすれば、それほど、われわれは脆い、ギリギリの経済競争のなかで生きてきた、ということである。生産拠点を中国に移し、中国からのインバウンドで経済成長を達成するというやり方の危うさが明らかになった。われわれは、自らの生存の根底を、海外の状況、とりわけ中国に委ねているということの危うさである。そこまでしてわれわれはもっと豊かになり富を手にしたい、という。だが、この数年のインバウンド政策にもかかわらず、経済成長率はせいぜい1%程度なのだ。一体、われわれは何をしているのだろうか。
 人類は長い間、生存のために四つの課題と闘ってきた。飢餓、戦争、自然災害、病原体である。飢餓との闘いが経済成長を生み、戦争との闘いが自由民主主義の政治を生み、自然との闘いが科学技術を生み、病原体との闘いが医学や病理学を生んだ。すべて、人間の生を盤石なものとするためである。そしてそれが文明を生み出した。
 だが、その極北にある現代文明は、決してそれらを克服できない。とりわけ、巨大地震や地球環境の異変は自然の脅威を改めて知らしめ、今回のパンデミックは病原体の脅威を明るみにだした。文明の皮膜がいかに薄弱なものかをあらためて示したのである。一見、自由や豊かさを見事なまでに実現したかに見える現代文明のなかで、われわれの生がいかに死と隣り合わせであり、いかに脆いものかをわれわれはあらためて知った。カミュの「ペスト」がよく読まれているというが、そこでカミュが描いたのは、とても人間が管理しえない不条理と隣り合わせになった人間の生の現実である。文明のすぐ裏には、確かに常に「死』が待ち構えているのである。