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「新国立劇場の開館十年を考える」(二十九)
≪次期芸術監督人事について(六)≫

「公的芸術監督の役割 劇作家・山崎正和氏に聞く」  日本経済新聞8月19日夕刊 

 「選考経過に演劇人有志から批判が出て、職責が改めて注目されている。その知られざる役割とは。」とリードにある。兵庫県立芸術文化センターの芸術監督を経験した山崎氏に聞く「体験的芸術監督論」。見出しには、「バランスと常識 納税者の視点を」とある。 今回はこの記事の要約である。
 公の劇場での芸術監督に求められるのは、微妙なバランスと常識である。芸術監督は、税金の管理者たる行政側を啓蒙し、議員を説得し、納税者に訴えなければならない。その間でのコミュニケーションの欠如は、芸術監督の責任だ。兵庫の芸術監督を始めた時は、県議相手にロビー活動までした。ギリシャの昔から、演劇は公に支援されるものだが、それを得る努力は演劇人がしなければならない。芸術監督は官僚を味方につけるべきだ。西洋では市民の文化への関心が分散しておらず、舞台芸術であれば、オペラとバレエとドラマで括れる。日本では、芸術ジャンルの数が多く、能、狂言、歌舞伎、オペラ、バレエ、新派、新劇とあり、国がお金を分ける基準がない。新国立劇場でいえば、三部門の芸術監督が競いあい、我が方に多く支援してくれと国民にお願いするのが仕事であって、劇場内部で揉めている余裕などないはずだ。一九九五年に阪神淡路大地震が起きた直後、文化なぞやっているのは非国民だという雰囲気があり、税金を使って演劇をする困難に直面した。その五ヶ月後に「ゲットー」を上演したが、兵庫県からも連絡が途絶えがちで、私は東京と大阪の企業をまわって二千万円の支援を取りつけた。その折に役者たちに、「あなた方のギャラは県民の税金から出る。そのうち六千人はすでに亡くなっている。亡くなった方の税金も使って、芝居をするのですよ」と語った。我田引水だが、やってよかった。何も感じられなくなっていたのに、あの芝居を見たら目の前の霞が落ち、感じることが出来るようになった、という投書があった。悲劇による悲しみの浄化が現実に起きた。演劇にはそんな力がある。困難な状況が生まれた時、イニシアチブを取って課題を乗り越えるのが、芸術監督なのだ。
 
 ここには、この山崎氏の談話をまとめたと思われる編集委員の解説記事も載っている。その中に、現演劇部門芸術監督の鵜山仁氏を再任しなかった背景に、「監督不在状況への制作現場の危機感があった」との指摘がある。そして、「関係者の不信の根を取り除き、劇場に期待する観客や関係者の信頼回復に向け、指導力を発揮するときだ」としている。

  山崎正和氏は記事にあるように劇作家であり、また評論家としても著名である。また、関西大学や大阪大学で長く教鞭をとったこともあり、後には地方私立大学の学長を長く務め、昨年からは文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会の会長も務めている。中央教育審議会の会長は、東京大学総長や、慶應大や早稲田大のトップ、財界の首脳などが選ばれており、大阪大学教授を定年前に退職した山崎氏の起用は、異例なことと言われている。大学進学希望者の全入が現実となり、濫造された私立大学の淘汰が迫られる今日、進学希望者の全入を先取りするかのように大学受験偏差値が40を大きく下回り、大学生き残りに懸命な地方私立大学での学長経験が買われたとも聞く。氏の「体験的学長論」を聞きたいところだが、これはまた別の話だ。
 この記事には、山崎氏の話にも、編集委員の解説にも、氏が渦中の新国立劇場運営財団の理事であり、演劇部門の芸術監督の選考の重責を担う選考委員でもあることに触れていない。そのあたりが、却って気になる。渦中の劇場の当事者が、この時点でそのことには触れず、他の劇場での体験だけを語るとは、いささか妥当性を欠いてはいないか。「他人ごと(人ごと)」なる言葉を自国の宰相に投げつけるマスコミの不躾に倣って言うならば、この山崎氏、何とも当事者意識を欠いた、「他人ごと」理事である。「(新国立)劇場内でもめている余裕などないはず」と山崎氏は語るが、この言葉は劇場と関わりのない者にこそ相応しい発言である。永井愛氏のメモや、『週刊新潮』の記事にもあったが、劇場の理事、選考委員であるばかりか、今度は遠山敦子理事長の芸術顧問にも就くとの噂があるほど、この新国立劇場に深く関わり、遠山理事長を遥かに超える劇場への「愛着」「深い思い入れ」すら感じさせる山崎氏だが、自身の推薦で芸術監督に就任した鵜山氏に、立派な経験譚を語り、芸術監督としての心得と戒めを与えたのだろうか。