2017年09月

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「新国立劇場の開館十年」を考える(九)
≪劇場のトップマネジメントは及第か(中)≫

芸術監督は「ギャラの高いアルバイト」で良いのか
  ―国立ストラスブール劇場の資料によれば、劇場監督は任期中、自らが監督する劇場以外での演出活動、出演活動が禁止されている。ただし文化大臣の許可を得れば可能であるが、実質的には演出家として、よりステータスが高い劇場の演出家として抜擢される場合以外には裁可が下りないであろう。ただし自らの劇場で制作した公演を、べつの国立劇場、国立演劇センターに持ち出すことは可能である。ともかく、公共劇場の劇場監督に就任した以上はそれ以外の仕事はできないのだ。日本では言うまでもなく、公共劇場の芸術監督が他劇場で演出することは通常のことであり、場合によっては大学の専任教員にも就いている現状がある。それは日本では認められていることなのだから、それ自体しかたがないことなのだが、芸術監督に兼職を認めることによって、公共劇場が十全に機能するために劇場監督がしなければならないことが、日本では十分に行われていないとも言える。―(佐藤康「芸術監督の思想-フランスの公共劇場をめぐって」『演劇人』一八号所収)

  新国立劇場の演劇部門の芸術監督は、今シーズンからは文学座演出部所属の鵜山仁氏である。初代の芸術監督は演劇評論家の藤田洋氏、二代目となる開場時の芸術監督は副監督を務めていた元民藝の演出家・渡辺浩子氏(故人)、三代目はフリーの演出家・栗山民也氏であった。渡辺浩子氏は芸術監督になる三年前に芸術参与・副芸術監督に就いたが、その就任時には三十五年の間所属していた劇団民藝を退団しているので、藤田、栗山、渡辺氏の三人は、新国立劇場以外には所属しない状態での就任だった。しかし、鵜山氏は、平成十七年四月の芸術参与就任時から現在まで、劇団文学座の演出部に所属している。渡辺氏は、この劇場の仕事に忙殺されて、文化庁や運営側の理事者、職員との軋轢もあって命を縮めたとも言われた(平成十年六月十二日死去。享年六十二)。しかし、渡辺氏も新国立劇場に転籍していた五年の間に、退団した民藝や、自身が主宰する製作団体の公演の演出を数本しているので、厳密に言えば専念していた訳ではない。鵜山氏は、劇団を退団しなくてもよく、専念しなくとも構わないとでも思ったのかもしれず、また鵜山氏の起用に動いた担当の常務理事や、氏を推薦したと思われる演劇関係の理事、評議員なども、芸術監督に専念することを前提条件にしなかったのかもしれない。だとすれば、鵜山氏、新国立劇場関係者は、無自覚であり、無責任な話である。

2007年 6月 演劇公演 『モスクワからの退却』  加藤健一事務所製作
       9月 演劇公演 『アルゴス坂の白い家』 新国立劇場製作
      11月 演劇公演 『家族の写真』      俳優座劇場製作(再演)
      11月 オペラ公演『カルメン』       新国立劇場製作
      11月 演劇公演 『円生と志ん生』     こまつ座製作(再演)
      11月 演劇公演 『オスカー』       NLT製作(再演) 
2008年 1月 演劇公演 『長崎ぶらぶら節』    文学座製作 
       2月 演劇公演 『人間合格』       こまつ座製作(再演) 
       3月 演劇公演 『思い出のすきまに』   加藤健一事務所製作
       5月 演劇公演 『オットーと呼ばれる日本人』新国立劇場製作
       6月 オペラ公演『ナクソス島のアリアドネ』 東京二期会製作
       9月 演劇公演 『ゆれる車の音』     文学座製作(再演)
 
  鵜山氏は昨年九月に芸術監督に就任したが、ここでは、今シーズンの幕開き直前の鵜山氏の演出作品を挙げた。遺漏があるかもしれない。新作の演劇公演では、概ね六週間程度の稽古期間が一般的だが、再演でも、キャストの変更などがあれば、数週間の稽古期間を設けているはずである。この数年は再演演出を含めれば年に十数本の演出を引き受ける多忙な鵜山氏には、新国立劇場の芸術監督の務めに専念するなど、考えもつかないことだろう。
 「任期中は自ら監督する劇場以外での演出活動、出演活動が禁止され」、上司に当たる文化大臣の許可は、「よりステータスが高い劇場の演出家として抜擢される場合以外には」下りないフランスの国立劇場と、他の組織に在籍していても構わず、専念することも求められない日本の新国立劇場。慣れない舞台芸術の世界で、それも文部省幹部職員時分のように、「よきに計らえ」とはいかないマネジメントが求められ、専念専心して指揮を執る遠山敦子理事長には、この鵜山氏の芸術監督としての働き方はどう映っているのだろうか。