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「新国立劇場の開館十年」を考える(八)
≪劇場のトップマネジメントは及第か(上)≫

税金で賄われる「民間の財団」という不思議な劇場
この『「新国立劇場の開館十年」を考える』は、旧蝋三日、その第一回≪「世界の三本指に入る」と豪語する天下り劇場理事長≫http://goldoni.org/2007/12/br.htmlを書いた。そこでは、この劇場が凡そ毎年八十億円規模の予算で運営され、その七割に当たる五十数億円は国費が投入されていること、公演事業収入は十六億円弱、協賛金・賛助金収入は七億円弱であり、国民の税負担なしでは運営出来ない、天下り官僚が君臨する典型的な国立の文化施設の一つであることを述べた。またそこでは、一昨年一月に発行された劇場の冊子『ジ・アトレ』に載った遠山敦子理事長の「新しい年に向けて」と題した挨拶から、「わが新国立劇場は国際的にも大変評価されるようになりました。」「新国立劇場を訪れた芸術家たちからは、その専門的な観点からしても世界で三本の指に入る優れた劇場との言葉をいただいております。」との言葉を引用し、(来日したオペラ関係者の社交辞令を真に受けたにしても)その運営については開場以来厳しい批判を受けており、また、国税が投入されている以上は、運営のことごとくを詳らかにして臨むべき国立の劇場の最高責任者である財団理事長の公式な発言としては、謙虚さや矜持も見られず、如何なものかと書いた。今回は、この挨拶の後段にある発言について書こうと思う。
 遠山氏は、新国立劇場は二つの大きな役目を負っていて、第一は質の高い作品を国内外に発信すること、第二は愛され親しまれる劇場であることとして、「劇場をもっと魅力あるものとし、活性化させ、人生の夢を叶えられる場所にしたいと願っています」と言った。また、「劇場は国立の名を冠しておりますが、運営を行っているのは民間の財団です。サービス精神に富んだ劇場にするべく、職員の意識改革にも積極的に取り組んでいるところです。」「一流の芸術家が人生をかけて取り組み、多くの関係者が手を携えて幕が開くのです。人間の集合がもたらす情熱、エネルギー、体温を感じて戴きたいと願っています。」と記している。
 この挨拶文が、遠山理事長の作でなく、劇場の総務部にでもいるスピーチライターを務める職員の手によるものだとしても、理事長挨拶であるからには、劇場総体の方向性、今後の姿勢、決意を表したものと受け止めるべきものだろう。「質の高い舞台芸術を創造し、国の内外に発信」して、また、「広く皆さんに愛される、親しまれる劇場であること」を目指すという姿勢は、何も国立の(組織運営の税負担が七割、天下り官僚が常勤理事者に二人いる、典型的な国営施設である)劇場として、さして重要なものとは思えない。営利を求めるべき民間の劇場が理想として掲げるものでもあろう。また何を以って、誰が作品の質の高低を判じるのかは大きな問題であり、軽々に語ることではないだろう。また、現代では極小メディアである劇場を、万人に「愛され」「親しまれる」ようにしたいとは、土台無理な話である。直截に言えば、劇場の最高責任者の所信表明としては落第である。以前から書いてきたように、劇場の最高責任者は、舞台芸術にも、文化施設の運営にも、ましてや劇場そのものについても、経験も造詣も見識もない者が、容易に務まるものではない。全く専門性がない元文部官僚が、天下り先として用意された官の外郭団体のトップのポストを務めようとするならば、せめて劇場の成り立ちを学び、これは公僕として専門性を高めたはずの「公共」「公益」についての見識を前提に、この劇場でそれをどう考え、具現化するかに努めるべきだろう。そのためには、「世界で三本の指に入る優れた劇場」との妄想から脱却して、劇場の現状を謙虚に認識し、そして、専念専心して努めるだろう。
 無論のことだが、挨拶の文章をとやかく言っているのではない。「運営を行っているのは民間の財団」とあるが、「民間の財団」という希代な表現にも、敢えてここでは批判を加えない。「職員の意識改革にも積極的に取り組んでいる」そうだが、肝心の「役員」が抜けていることも気になるが、敢えて言挙げしない。挨拶文での所信表明が落第でも結構である。問題にしているのは、その運営姿勢そのものである。毎年五十億円の税金が使われる国立施設のトップマネジメントが落第では、利害に関わる業界関係者は論外だが、一般の納税者、主権者たる国民は、結構、結構と言うだろうか。