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「新国立劇場の開館十年を考える」(二十五)
≪次期芸術監督人事について(二)≫

「芸術監督人事 なぜもめる?」 日本経済新聞7月26日夕刊
「新国立劇場の次期芸術監督選出 対立が泥沼化」 東京新聞7月30日朝刊

 日本劇作家協会などの演劇関係者が芸術監督の選考プロセスの詳細開示を再度求めて十日が過ぎるが、劇場執行部からは回答がない。既に17日に回答したので、それで充分であるとの考えであろう。
 日本経済新聞7月26日夕刊のコラム「芸文余話」(内田洋一編集委員執筆)は、「芸術監督人事 なぜもめる?」と題して、芸術監督が「三年の任期で成果をあげるのは難しい」として、選考過程で芸術監督候補の「ビジョンが競われる仕組みを考えられないか」と問い、「核となる俳優と長期の出演契約を結ぶなり、戯曲を発掘する専門家を育てたりすることで、芸術監督は仕事をしやすくなるだろう」と説く。そして、見直すべきは、芸術監督制の「不足」についてであり、見直しがなければ、引き受け手がないという「最悪のシナリオが現実にな」ると警鐘を鳴らす。
 東京新聞7月30日朝刊の「新国立劇場の次期芸術監督選出 対立が泥沼化」は、7段写真付きの大きな記事である。
見出しも、<演劇人 「芸術家使い捨て」と反発> <運営財団 意思疎通不足を問題視> <鵜山仁・現監督が会見 「選考経緯に不自然な部分」>とある。ついでに、小見出しもあげると、<不透明な理事長一任> <制作上の支障を指摘> <芸術より営業重視?>とある。
 リードには、「1期限りで退任の決まった鵜山仁・現監督が財団を批判するという異常事態も。」とある。本文記事によれば、「劇場側は十七日、「理事会の大勢は(後任を選ぶなら宮田さんとした)選考委員会の決定を尊重した」と回答。日本劇作家協会などは、「(過程開示要求への)回答になっていない」とする声明を再度発表するなど、議論が擦れ違ったまま泥沼化している」。
 また、「運営財団の理事で、劇作家の永井愛さんは遠山理事長ら執行部が一任を主張し、発表に至った議事内容をメモとして記者会見で明らかにした」ことについて劇場側は、「非公開で行われる理事会の議論が会見で公開されたのは遺憾」としたと報じている。1期限りで再任しない理由とされるコミュニケーション不足については、「執行部がやりやすい人を選ぼうとしているのではないか」と劇作家・井上ひさし氏が批判、「芸術監督にすべての非難を集めるのは無理。上層部が現場に来て、けいこにつきあうようなコミュニケーションができる劇場もある」との、演出家で彩の国さいたま芸術劇場、シアターコクーンの芸術監督を務める蜷川幸雄氏のコメントを載せている。
 また、「観客動員に苦戦した」ことをあげ、劇場側には、「芸術水準より営業成績を重視する空気があったのではという関係者の見方もある」として、退任の背景を推測している。最後に、「芸術家が個性的なカラーを貫き、権限も強い欧米に比べ、日本は芸術監督制度の社会的認知が十分でない」とし、新国立劇場運営財団の評議員でもある評論家の大笹吉雄氏の「問題を開示して共有すべきだ。でないと開かれた劇場という考え方から遠ざかっていく」とのコメントで結んでいる。
 
 鵜山仁・現監督の会見についての記事では、<「『粛々と進行した』とされる選考委員会から理事会に至る経緯に、かなり不自然な部分があったと考えざるをえない」>との鵜山氏の発言から始まる。また、<自身の発言が、新国立劇場側に「不可思議な文脈で引用されている」との疑念を抱いていること、「続投についての自らの意志表示は公式に一切していないのに、退任の理由を「忙しいから辞めたい」とも受け取られかねないような個人的な事情に帰され、「意思の有無をある方向に誘導された違和感を持っている」>との鵜山氏の劇場に対する疑念や違和感を取り上げている。そして、<「芸術監督は芸術の成果で評価されるべきで、忙しさという個人的事情に帰することは、芸術監督制そのものを矮小化することにつながる」>との鵜山氏の劇場j側への批判を伝えている。