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ひと場面・ひと台詞
≪―12月の舞台から―『元禄忠臣蔵』「大石最後の一日」 作・真山青果≫ 

元禄十五年十二月十五日未明、本所吉良屋敷を襲うて、故主浅野長矩の鬱憤をはらしたる赤穂浪士四十六人は、即日仙石伯耆守役宅において一応の訊問をうけたる後、四十六人を分ちて四組となし、細川越中守綱利に十七人、毛利甲斐守綱元に十人、松平隠岐守定直に十人、水野監物忠之に九人、法規によって御預け人となった。この戯曲は、以上四家のうち高輪細川家に預けられたる大石内蔵助良雄を主として、以下十六人の行動状況等を描かんとしている。
肥後熊本の城主細川家の中屋敷は芝高輪にありて、いま高輪御所のある所という。大石ら十七人の居室と定められたるは、同邸内『役者の間』と称する室にて、上の間と下の間と二室に分れ、内蔵助をはじめ老人連九名は上の間に、近松勘六をはじめ壮年者八名は下の間(次の間と記す書もある)におり、いずれも細川家より鄭重なる待遇をうけていた。
(中略)
この時細川綱利の長男内記利章、十五歳、小姓扈従の諸士を従えて静かに入り来る。
さきの林兵助先導す。赤穂浪士十七名、平伏する。
内記、一同を見てツカツカと下の間に入らんとする。
村井    恐れながら、一同よりの御斟酌にござりまする。
内記    (閾際に立ち止り)何じゃ。
村井    御目通りは恐れ入ります。御通りがけ御覧を願いまする。義士一同の願い出にござります。
内記    それは入らぬ斟酌じゃ。(ツカツカと入り来り)内蔵助はどこにおるか。内蔵助、どこにおる。
内蔵助  はい。(少しく顔を上げる)
内記    永々の辛労、察し入るぞ。されど、思い通りに本望とげて、目出度うござったのう。
内蔵助  あ、恐れ入ります。(身を遜る)
内記    四十六騎の念力念願、誰に勝り劣りのあろうはずもないが、余は同年ゆえか取り分けて、お身の長男主税良金のけなげの振舞いに…思う度に涙を催しておるぞ。
内蔵助  とんでもない…。
内記    主税は、松平隠岐守屋敷にあって、十日ほど以前から風邪になやみおったるそうなが、人をもって聞かせると、一昨日あたりよりすきと本復いたしているそうな。その便りは、既に聞かれたか。
内蔵助  一別以来、互いに音信は致しませぬ。彼も一人、わたくしも一人、互いに同志の者と申す外には、人情は…互いに絶っております。
内記    せめて御預け中なりとも、親子一緒に暮らさせたかったのう。
内蔵助  ほかにも子を持つ者がござります。吉田忠左衛門は長男沢右衛門、間瀬久太夫は長男孫九郎、小野寺十内は養子幸右衛門、間喜兵衛の如きは長男十次郎、次男新六の両人、堀部弥兵衛は養子安兵衛…、みな一味同志の挙に加わり、親子別々に…お預けでござります。内蔵助一人のことではござりませぬ。
内記   (一同に)皆どもの御心中、内記察し入りまするぞ。ただ主税も十五歳、われらも十五歳、あッたらけなげの若者を、かようの事に死せずと…、身などの家来にして、長く主従といわれたかったのじゃ。
内蔵助  (平伏、声を搾り)恐れながら、御通行を願い上げまする。
内記   一同、名残が惜しいのう…。
一同   ………。
内記   父上綱利朝臣の上意に、汝も十五歳、武士の鑑の十七人にあやかり、一代の武名を上げるようにと…今日初めてお許しが出て、喜び参って対面するのじゃ。またと申してもその時があるまい。内蔵助、只一語でよい、身が一生の宝となるような言葉の贐はないか。あらば聞きたい、聞かしてほしい。
内蔵助  当座のこと、用意もなく申し上げます。人はただ初一念を忘れるなと―申し上げとうござります。
内記   初一念とな―?
内蔵助  咄嗟にうかぶ初一念には―決して善悪の誤りはなきものと考えまする。損得の慾に迷うは、多く思い多く考え、初発の一念を忘るるためかと存じられます。
内記   内蔵助、内記一生忘れないぞ。
内蔵助  は―。
一同平伏する間を、細川内記静かに去る。

真山青果著『元禄忠臣蔵』(下)岩波文庫1982年刊

『元禄忠臣蔵』「大石最後の一日」
平成18(2006)年12月 大石内蔵助=九代目松本幸四郎
初演 昭和9(1934)年1月 大石内蔵助=二代目市川左團次