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ひと場面・ひと台詞
≪―11月の舞台から―『元禄忠臣蔵』「御浜御殿綱豊卿」作・真山青果≫

甲府家浜手屋敷(後ち将軍家に帰してお浜御殿といい、明治後、浜離宮となる)のうち、松のお茶屋の御腰掛というところ。
時は元禄十五年、三月上巳節句のころ―。
(略)
綱豊、仮廊下の前に来り、立ち、姿勢を調える。深呼吸をなし、能楽出演者の厳粛なる態度となりて、ゆるやかに一歩を仮廊下に移さんとする時、助右衛門、逸りきって第一の槍を突き出す。綱豊あやぶくもその槍を避け、助右衛門なることを見定め、また仮廊下に第二歩を踏まんとする時、助右衛門また鋭く第二の槍を突き出す。綱豊、あやぶくもまた、これを避く。
助右衛門あせって、間近に近寄り、槍を動かさんとす。綱豊これを避けて庭に下り、次第に立ち廻り模様となる。
元来は武術の心得ある綱豊なれども、助右衛門はただ決死の一念、ただ突きに突きかかれば、綱豊はしばしばあやぶくなる。そのうち、立ちまわりの拍手にて、綱豊の面はずれて、その顔見ゆ。
助右衛門、綱豊と知りてびっくり仰天、槍を引いて逃げ出さんとする。綱豊、助右衛門の襟髪をつかみ、引きもどす。
(略)
綱豊   うろたえたか助右衛門!
助右衛門 (ガチガチ歯を噛んで)何何何―?
綱豊    二年この方辛労して、一味の者が企てている仇討というのは、ただ吉良上野介の命さえとれば、それでよいと申すのか。
助右衛門 何―?
綱豊  上野介の手足を斬って、彼の命を奪うのみが、そちたちの願っている復讐なのか。
助右衛門 (はじめて綱豊の言葉が耳に入り)ええ―。(と棒立ちになる)
綱豊   助右衛門。そちも多少は聖賢の書を読んだ者であろう。学んで思わざれば則ち罔しという。聖賢の言葉を何処に聞いた。
助右衛門 (ぎょっとして)むむ…。
綱豊    (その隙に乗じて躍りかかり、助右衛門の襟髪をグッと引き掴み)古人の言に、義を義とすべきはその発するところにありて、その終るところにあらずという、この金言を何と思う。如何に不学の田舎侍でも、それほどの義理をも弁えず、かかる大義を企てるとは、身のほど知らぬ大たわけだ!
助右衛門 (綱豊の拳に引き寄せられながら)ううむ、ううむ…。
綱豊    (少しく語気を和らげて)助右衛門、男子義によって立つとは、その思い立ちの止むに止まれぬところにあるのだぞ。義の義とすべきはその起るところにあり、決してその仕遂げるところにあるのではない。吉良の生首を、泉岳寺の墓前に捧さえすれば、内匠頭の無念、内匠頭の鬱憤はそれで晴れると思うのか。そちたちにして義理を踏み、正義をつくす誠あらば、たとえ不倖にして上野介を討ち洩らしても、そちたちの義心鉄腸は、決してそれに傷つけられるものではない。そちたちの今はただ、全心の誠を尽して、思慮と判断と智慧との全力を尽すべき時なのだ。思慮を欠き、判断に欠くるところあれば、たとえ上野介の首打っても、それは天下義人の復讐とは言われぬのだ。何故何故何故、おのれ、たとえ吉良上野介を討ちそこなったような場合でも、みずから顧みて、疚しとも口惜しいとも思わぬほどの仇討をしようとは企てないのだ?(と、助右衛門をこづき廻す)
助右衛門  むむ…。(ただ唸る)
綱豊    (語調を改め)最前おれが、内蔵助にただ一つの誤りがあるというたのが此処なのだ。たとえ物の行きがかりにもせよ、浅野大学頭の再興を公儀へ願い出たは、いかにしてもそちらの誤り、また内蔵助の誤りだ。右手に浅野家再興を願い出でながら、その左の手にて上野助を斬ろうとは、ただに公儀に対して憚かりあるのみならず、そは天下の大義を弄んで、天下の公道を誤るというものだ。(助右衛門、すすり泣きして声を立てる。)
綱豊    其処はさすがに内蔵助だ。(穏やかな口調にかえり)彼が今日島原伏見の遊里に浮かれ歩くのは、そちたちの目から見れば、或は吉良を油断させようための計略などと思おうが…俺の目にはそうは見ない。(と頭を振り、やや涙を目にうかべて)彼は今、時の拍子に願い出た、浅野大学再興に…その心を苦しめながら、あやまって手から離した征矢の行方を、淋しくじっと眺めているのだ。この内蔵助の悲しい心を、淋しい心を…そちたち不学者には察し得られる事ではないのだ。(一滴落涙)助右衛門、吉良は寿命の上、らくらくと畳の上で死んでも、汝ら一同が思慮と判断の限りを尽して、大義、条理の上にあやまちさえなくば、何アにあんな…ゴマ塩まじりの汚い白髪首など、斬ったところで何になる。そなえたところで何になる。まこと義人の復讐とは、吉良の身に迫るまでに、汝らの本分をつくし、至誠を致すことが、真に立派なる復讐といい得るのだ。
助右衛門  むむ…。
綱豊     助右衛門、そちには、この道理が判らぬか。
助右衛門  (ベタベタと座って、大地に崩れ、両手をつき)恐れ入りました。(平伏、大声立てて泣く) 
真山青果著『元禄忠臣蔵』(上)岩波文庫1982年刊

『元禄忠臣蔵』「御浜御殿綱豊卿」
    平成18(2006)年11月 国立劇場公演甲府候徳川綱豊=四代目中村梅玉
初演 昭和15(1940)年1月           甲府候徳川綱豊=二代目市川左團次/六代目市川寿美蔵(後の三代目市川寿海)