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バイエルンの招待者は首相ただ一人

この秋には、ドイツ・ミュンヘンからバイエルン州立歌劇場が来日、ワーグナーの『タンホイザー』、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、ヘンデルの『アリオダンテ』の3作品を計9公演、同劇場音楽監督のズービン・メータ指揮のコンサートが2回予定されている。10月には、オーストリアからウィーン・フィル、ドイツからベルリン・フィルが続々と来日する。政府・自治体の助成金(税金)が引き出し易いからか、「日本におけるドイツ年」に便乗、海外演劇事情に疎い芸術監督や制作担当者が作品の水準も推し量れずに、仲介者などの言うままにか買わされた作品を上演、顰蹙を買うこと度々の新国立劇場を始めとする日本の行政立ホールの主催した演劇公演とは違い、クラシックの音楽会は、民間音楽ホールや招聘団体の企画だけに、チケットも高いが吟味された定評のあるものを聴くことが出来る。
今回は、このバイエルン州立歌劇場の話である。
今年の4月9日に東京・赤坂のドイツ文化会館で催された昭和音楽大学オペラ研究所主催のシンポジウム『オペラ劇場運営の現在』には、残念ながら出席できなかった。先月だったか、GOLDONIのご常連の内山崇氏から、このシンポジウムを聴講したと伺い、気になって早速に主催者である昭和音楽大学に問い合わせて資料を頂戴し
た。当日の講義録は制作中とのことで、後日に送って戴くことにした。
内山氏の関心も、また私の関心も、この日の基調講演者だったこの歌劇場の総監督(Staatsintendant)であるピーター・ジョナス(Sir Peter Jonas)にある。ジョナスについては、オペラ通でもない私でも長く知っているほどの人物なので、多くの方がご存知だろうから詳しくは書かないが、イギリスとアメリカの大学、大学院で文学とオペラ、音楽史を学んだのち、ショルティ率いるシカゴ交響楽団の芸術監督(8年)、イングリッシュ・ナショナル・オペラの総監督(8年)を経て、1993年からバイエルンの総監督を務める辣腕のディレクター。来年7月までの05/06シーズンを最後に引退、その後は音楽の世界と別れ、第二の人生を建造物や絵画の鑑賞、長距離歩行などで楽しもうとしているそうだが、最近は07年からのザルツブルグ音楽祭総監督の最有力候補とも言われている。
講義録が入手出来たら、改めてその詳細を書くつもりだが、今日は内山氏から伺ったお話で、最も興味深かった、ジョナスの経営改革についてのエピソードを書く。が、その前に日本の歌劇場である新国立劇場について書く。
新国立劇場の「平成16年度の事業報告」によれば、オペラ公演の有料入場率の最高は、野田秀樹演出による新制作『マクベス』の91.8%(しかし残念なことに、この『マクベス』の再演は、60.1%と記録的な不入りに終った。)。この『マクベス』は、客席数1,814のオペラ劇場での6回の公演なので、単純に計算すれば、総キャパシティは10,884席。これの91.8%は9,991席。差し引きすると893席が売れ残りか招待・非売の席だったことになる。初日からチケットは売り切れていたと聞いたが、それが事実だとしたら、仮に893席を一般料金21,000円で売ったとしても売り切れたことだろう。その合計額は18,753,000円である。2千万円近い大金を無駄にしていると思うが、毎年50億円を超える税金が投入される天下の新国立劇場にとっては、この2千万円は端金なのだろう。
オペラについての知識・造詣は無論のこと、またその企画力は当然として、歌劇場の統率、運営にも定見を持ち、采配を振るって来たジョナスが書いた、彼の最後になる05/06シーズンブックのはしがきの一部を英文そのままに引き写す。
At the time of writing,in early 2005,we are riding on the crest of a wave of public success supported by public loyalty.2004 again broke all attendance records and,yet again, showed increased financial receipts beyond our expectation.The extraordinary level of tikket sales and sponsorship income recently has shielded us from the slings and arrows of political fortune and misfortune.
いかに観客を増やすか、支援を受けるかは、公共劇場の命題である。国家・行政の政治的あるいは人事的介入をどう避けるかは、芸術性を高め独立性を保障・担保するためにも重要なテーマである。ピーター・ジョナスの歌劇場運営改革の一つに、公演の観劇招待という慣行をやめたことが挙げられる。招待状が届かなくなった人々からの招待の強要・無心には、『チケットはご用意します。(引き落としの)クレジットカードの番号をお知らせ下さい』とだけ答えたという。
そして現在、バイエルン州立歌劇場の招待者はバイエルン州首相ただ一人だそうである。   
新国立劇場の演劇公演では、6月のベルリナー・アンサンブル公演だけでなく、不入りな公演ではチケットを大量にばら撒いていると聞く。オペラやバレエの主催公演では、1階2階正面の最高価格席に、この劇場の理事や評議員あるいは職員が座り、その何人もが寝入っている姿を度々見掛けるが、彼らがチケットを購って観ているとは思えない。劇場関係者に、舞台稽古でなく、本公演を最高価格席で観せる神経も、また観る度胸も私には無いが、こんなところからも改革の手をつけなければいけないだろう。
新国立劇場の改革を推進するといわれる遠山敦子理事長だが、その見識と辣腕を多いに期待する。