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推奨の本
≪GOLDONI/2007年3月≫

 『金と芸術』  グラムブックス刊
ハンス・アビング著 山本和弘訳 2007年

 芸術の仕事を始めようとする若者の多くは、懸賞金や競争者、自分の能力について曖昧な考えしか持っていない。それらについて知っていたとしても、勝ち目を正確に査定しようとはしない。もし勝ち目を正確に査定できれば、芸術を目指そうとする若者など、ほとんどいなくなってしまうだろう。自信過剰が彼らを正確な判断から遠ざけている。(略)
 芸術について与えられている情報は極端に不十分なものであることが多く、このような事態がひたすら自信過剰につながる。これとは対照的に、サッカー選手を目指す十八歳の若者は、自分の能力についてかなり明快なイメージを持っている。このことは現代音楽の作曲家を目指す十八歳や現代美術のアーティストを目指す十八歳には当てはまらない。彼らは芸術と自分の能力についての明解な情報をほとんど持っていないために、自信過剰になる様子が容易に見てとれるのである。さらに、サッカー選手は四年のトレーニングを積んだ後、自分の可能性についてより豊富な知識を得るのに対して、若い作曲家や若い美術家が同じ年月を経た後に持つ情報は、そのキャリアをスタートさせた頃とあまり変わらない。こうして、過大な自信を持ったまま、多くの時間を費やしていくことになる。
 こうしてみると、スポーツ界との違いが明らかになってくる。ここでは、プロになるべきかならざるべきか、そして、いつプロを辞めるべきかの明確な理性的判断を下すことは、そう難しいことではない。他の人と比較して自分の能力と自分の進展を測ることが可能なのである。スポーツ・マーケットは芸術マーケットに似ている。ほんのわずかの勝者と多くの敗者がいる、勝者がすべてを得る極端なマーケットだからである。しかし、スポーツはより情報が豊富なため、行き過ぎということは少なく、平均すれば最終的に敗者が支払うコストは、芸術を目指す場合よりも少なくて済んでいる。
 また、与えられる情報が誤って解釈されたり、無視されたりすることがある。後者の場合は、自己欺瞞という形をとる。自信過剰と同じく、自己欺瞞はアーティストの過剰と低い収入に結びつく。例えば、若者が自分の能力をチェックするための情報に当たろうとしても、おそらく最終的には自分を騙すことになってしまう。オーディションに行ったり、画廊と接触したりしなければ、彼らはマーケットに留まるべきか、去るべきかを決めるために、自分の能力を査定することができない。しかし、その結果が自分の能力についての自己評価に見合うものでないことを恐れるために、しばしばオーディションや面接に行くことを拒否する。このように、彼らは知らざることを選好するのである。若いアーティストは自分のキャリアに多くの投資をしてしまっているので、すでにゲームが終っている、という事実を受け入れることが難しい。このように、回避の姿勢が芸術においては比較的強いのである。
 芸術における懸賞金が高い一方で、アーティストは他の人々よりもリスクをとり、自信過剰で、自己欺瞞の傾向が強いために、より多くの人々が芸術に参入し、結果として、平均収入は他の職業の場合よりも低くなる(テーゼ38)
(「第5章 アーティストにとってのマネー」より)