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推奨の本
≪GOLDONI/2011年1月≫

『芸と美の伝承 ―日本再発見』 安田 武 著
  毎日新聞社  1972年

 だいぶ以前だが、春日野(栃錦)親方が、週刊誌にこんなふうな話をしていて、ホウと思わず感嘆したことがある。話というのは、春日野部屋が先代の栃木山親方以来、小兵の名横綱、名力士を多く産んだのには、何か奥の手があるのか、という記者の質問に答えて、格別な秘訣があるわけではない。ただ新弟子の時分から、爪先で歩け、踵をつけるな、ということをやかましく躾ける。相撲の基本は「押し」、それにはそっくり返っていてはだめなので、常に前かがみの姿勢を身につけていなければならぬ、というのだ。
 何の道であれ、おおよそ基本というものは、日常の生活の仕方と切り離すことのできないものらしい。むつかしくいえば、職業の倫理ということになろうが、土俵に登った時だけ、舞台に立った時だけ、あるいは稽古場にいる時だけ、カッコよくしようとして、人間できるものではない。日々の生活の立居振舞、いわば常住坐臥において、その道その道による心得があり、それをきびしく実践するところに、まさしく職業の「倫理」と呼ばれるものがあるのではないか。近ごろの諸技芸における荒廃は、この心得の喪失にふかい関連がある、と私は思う。
 歌舞伎役者が舞台で和服を着て、サマにならないなどとは、まったくもって論外だが、実際、昨今の若手役者にはそういうのがいるのだ。というのも、日ごろ当節ばやりの風俗を真似て、おかしな格好をしているから、さて舞台へ立つ段になって和服が身につかない。街頭をうろついている若者たちが、どんな服装をしていようと、もともと職業人としての日常のきびしさをもたないのが彼等だから、どうとも勝手次第というほかないが、役者は日常生活においても役者である。平素から和服を着こなして、立居振舞の作法を、おのずと身につけておかねばなるまい。(略)

 だが、基本がおろそかにされ、基礎が忘れられ、総じて「基本」ということの意味自体が見失われてしまった人間生活では、「伝承」ということの重い意味も、同時に見失われる。伝うべき基本があるから、その伝承をめぐっての手続が問題になる。伝うべき事柄がなければ、そもそも伝承・継承ということなど問題になる筈もない道理だ。そして、伝承すべき事柄が、人間生活に存在しなくなったということは、いまや人間相互における真のコミュニケーションが存在しえなくなった、というに等しい。
(「伝承ということ」より)

 「明治の文明開化以後の歴史は、社会生活から文化にいたるまで、江戸時代が三百年かかって営々と築きあげて来た、型・形式がひたすら崩れてゆく一方的過程で、戦後はただその傾向が加速されただけ」と、丸山真男が鶴見俊輔との対談(『語りつぐ戦後史』1)で鋭く指摘している。私もまったく同感だ。「大衆社会というのは、一口でいえば、型なし社会ということ」といい、「型へのシツケという意味、これが人生にとって、どんな意味があるかを考え直す必要があるんじゃないか、芸術でも、学問でも」と、丸山はいっている。「芸術でも、学問でも」そうだ。まして特に伝統芸能の世界においては、「型へのシツケ」が、十中の八、九であって、才能は、最後の一ないし二でしかない。その一ないし二が、窮極的には、如何に重く且つ大きいとしても――。
 遊芸と、昔気質の職人たちの世界にだけ、辛うじて、まだ「型へのシツケ」という一種の厳格主義が生き残っている。この世界へ、私が心魅かれるのは、「大衆社会」という名で呼ばれる、現代の「型なし社会」に、やりきれない違和感を覚えるからだ。だが、その遊芸や職人の世界でさえ、厳格主義は、急速に見失われつつある。竹沢弥七や野沢松之輔と一緒に、「人間国宝」に指定された尾上松緑との一問一答を伝えた新聞のコラムには、「三十五を過ぎるまで『ほんとに役がつかなかった』。それが息子たちは『忠臣蔵をやれば、いきなり勘平。わたしたちは何十年もその他大勢で、おじぎをしながら他人の芸を見てのみ込んだのに』」という松緑自身の述懐が紹介されていた。「伝承の芸の授け手になって『若い人に、ときどきカミナリを落さんと』」(朝日新聞・三・二五)といっているのである。「梨園」の今日もまた例外ではないらしい。
 文楽は、この二、三年、若手の志望者が増えつつあるという。それはそれで慶賀すべきことにちがいない。だが、いまだ三十にもならぬ若輩の三味線弾きが、雑誌の座談会に出席して、「新作の作曲が忙しくて……」などと、臆面もなく発言しているのを私は読んだ。
 伝承の技芸が危殆に瀕しつつあるのは、丸山も指摘していたとおり、「社会生活から文化にいたるまで」、あらゆる領域において、「型」の伝承がおろそかにされ、無視され、総じて「型」ということ自体の意味が、明治以後の私たちの文化に、見失われてしまったことに根源がある。
 嘗て、喜多六平太が「ちかごろの世間は、なんでも理解のいふ言葉で、かたづけやうとする。けつこうなことではあるが、芸道の伝書なんかを、さう易々と簡単に、理解だけで片付けて、得意顔をされては甚だ困る」(『六平太藝談』同信社)と語っていた。この場合、六平太のいう「理解」とは、単なる知的理解を指しているのだ。そして、この知的優越主義とでもいうか、わが国近代に固有の「知的理解主義(インテレクチュアリズム)」信仰が、「型」の伝承を崩した。「型」は、あくまでそれのもつ具体性、全人間性において「型」となる。だからこそ、その恢復と擁護は、単に伝統技芸の問題にとどまらず、現代文化全体の問題にかかわる筈なのであった。
(「「型」への修練」より)