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推奨の本≪GOLDONI・劇場総合研究所 2016年1月≫

『ストレーレルは語る』―ミラノ・ピッコロ・テアトロからヨーロッパ劇場へ―
 ウーゴ・ロンファーニ著  高田和文訳  1998年 早川書房刊

 演出家の仕事と演劇の倫理
 ロンファーニ 今、演劇の"倫理"ということを言ったが、君はずっと演劇を倫理的な制度と捉えてきた。それによって、歴史の発展に寄与し、社会を変革することができると。今はどう見ても、そういう考え方はかつてほど信頼されていない。もはや時代遅れの考え方だと言われている。これに君はどう答えるのか?
 ストレーレル 率直に言って、新しい概念を取り入れたり、用語を変えたりするのにやぶさかではないが、演劇について別の考え方をすることはできない。演劇とはやはり、倫理的な制度だと思う。
 ロンファーニ 確かに、君の演劇観のある部分が誤解されてきたことは間違いない。特に、公共の演劇という概念については、現在、かなりの混乱が生じている。
 ストレーレル 演劇を現実からの逃避、単なる娯楽、ないしは営利行為と見る危険な傾向がある。時代のせいだと思うが、演劇の使命などということについて語るのは気恥ずかしい、あるいはうんざりだという人がいる。私は違う。しかし、だからと言って、演劇への情熱や演劇の楽しさを否定しているわけではない。

 演出家の仕事と俳優
 ストレーレル 私の考えでは、演出家とは、俳優としてある程度の経験を積んだあとで、俳優とは別の道を歩もうとする者だ。そうした経験こそが、演出家としての自らの拠り所になる。また、自分で身に着けた文学や芸術についての知識や、ものごとを理解したり、説明したりする能力も必要だ。卒業証書によって演出家の資格を与えるなどということはありえないと思う。
 ロンファーニ つまり、演出家になるにはまず俳優になれということ。基本的に自分自身で学ぶべきで、学校ではただ規則や技術を教えるにすぎないというわけだ。
 ストレーレル 演劇を生み出すのに必要な想像力は、限りなく広い範囲にわたるから、学校だけで演出を教えるというのは無理だ。事実、少なくとも私にとっては、演出の決定的な部分、最も難しく危険の大きい部分は、どういう角度から批評を行なうか、その方向を選択することにある。というのは、一般的に言うと、演出とは批評する行為だからだ。最初の段階では、ほとんど科学的とも言える厳密さを具えた知的な作業だ。しかし、いったん最初の選択がなされたら、その中で自由に空想を働かせる。厳密な批評の行為と想像力という二つの要素を融合させねばならない。私の出す指示が厳格であったり、声の抑揚や仕草、位置に徹底的にこだわったりするのは、全体の構想と俳優の自由な表現とを調和させようとしているからなのだ。
 ロンファーニ なるほど。しかし、君について悪い噂を立てる者もいる。ストレーレルは独裁者だ、役者を徹底的にしごいて、自分に服従させようとする、と。
 ストレーレル 待ってくれ。ここで自己批判しろと言うのか? もちろん、感情のズレや多少の誤解、意見の対立がなかったとは言わない。しかし、舞台の独裁者だなんて、そんなことは断じてない。権威と権威主義の違いは微妙だが、私はそれをわきまえているつもりだ。権威とは信頼感により説得する力であり、権威主義とは誤っているにもかかわらず正しいと主張し続ける独断のことだ。実際、どれだけ多くの俳優たちがピッコロ・テアトロで仕事をしたことか……。
 ロンファーニ 何人くらい?
 ストレーレル 千人。いや、たぶん千二百人はいるだろう。そのうち何人かは、我々の家族の一員としてピッコロ・テアトロにとどまる決意をした。また、ここを去った者も、決して機械仕掛けのロボットのような役者にされたわけではない。ジャンニ・サントゥッチョのように、別の道を選んだ者もまた、ピッコロ・テアトロでの経験から多くのことを学んでいる。だれもがロヴェッロ街の劇場で、俳優としてのかけがえのない経験を積んだ。しかも、同時に社会的な意識を深めることもできた。優れた俳優たちは、このことをはっきりと認めている。(略)ピッコロ・テアトロはいつだって、人々が去り、また帰って来る我が家のようなものだったんだ。長い旅路のあとの休息の場であると同時に、次なる飛躍のための踏み台だった。それこそ、私がこの劇場に誇りを持っている理由の一つだ。