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新刊書籍から《GOLDONI/劇場総合研究所 2017年3月》

『わが記憶、わが記録 堤清二✖️辻井喬オーラルヒストリー』
御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一=編 中央公論新社 2015年11月刊

鷲田 もう一つ気になるのが、このころの読書傾向です。『本のある自伝』を読んですごく意外だったのは、一九六八、九年は全共闘運動がピークに達したときですが、そのころの学生が読んでいたものと、堤さんが読んでいた本が、ほとんど重なっている。
たとえば思想に関しては、橋川文三からさかのぼる形で、保田與重郎を読んだり、吉本隆明や高橋和巳を読んだりしている。これはどうしてですか。私と堤さんは二十二歳違うのですが、このころ同じような本を読んでいます。つまり、当時は世代間を超えた共通の教養の磁場、あるいは批評文化があったのか、それとも堤さんの世代の読書傾向からすると、堤さんが少し変わっていたのか。

堤 私が学生時代の意識のまま止まっちゃっているのかもしれませんね。意識、関心の持ち方が。だからおそらく、今でもあまり変わっていない。いまの学生よりは少し読んでいるかもしれません。(笑)
たとえば東浩紀君の『郵便的不安たち』も面白かったですね。どうしても気になって読んでしまう。カルチュラル・スタディーズというと、えっなんだろうという感じで本を買ってくる。
だからだんだん同世代の人、あるいは経営者と話が合わなくなる。向こうはどんどん経営者になりきっていくわけですが、こちらはずっと三十代前半の関心でいるから、どんどん離れるのですね。たとえば、経営者にこれは向くだろうなと思って、樋口覚さんの『三絃の誘惑』を薦める。三絃(三弦)は三味線ですから、日本の伝統と革新思想みたいなことを書いています。これなら経営者でも関心を持つと思って薦めて、「どうだった」と聞くと、「難しくてわからなかった」「君、変なものを薦めるな」と言われる。どうしても駄目でした。年とともにそうなります。
経営者は、何と言ってもピーター・ドラッカー、最近はサミュエル・ハンチントン(政治学者)が好きですね。私が「ハンチントンなんて、二流のひどい学者だな」と言うと、変な顔をします。
(第五回 作家活動、三島由紀夫との交流)

御厨 最初の話に戻ります。バブル景気下の堤さんの引退は、同時に辻井喬としての領域の拡大です。なかでも詩がめざましい。一九九二年『群青、わが黙示』、一九九四年『過ぎてゆく光景』、一九九七年『南冥・旅の終り』と詩集が上梓される。詩の世界のなかで、昭和史と自分史を重ね合わせされたように見えたのですが。

堤 そのとおりです。

御厨 それは堤さんにとってどういう意味を持つのですか。私には、経営がうまくいかないなか、堤さんがそれをも含んだ形で詩を書いたという印象を受けたのですが。

堤 そうですね。実は『群青、わが黙示』『南冥・旅の終り』『わたつみ・しあわせな日日』で、三部作にしています。詩を書く者として、生涯の訣別の完了という意識でした。この次はまったく自由な詩を来年(二〇〇一年)になると思いますが、出そうと思っています。
私が行ってきた詩作は、日本の詩壇ではかなり孤立した作業だと思います。なぜなら、日本の詩壇にはそういった歴史意識がほとんどない。思想的なものを作品に反映させる時の流れは、不思議なことに、基本的には途絶えている。こういったものは、金子光晴、小野十三郎、最後はおそらく、田村隆一、鮎川信夫、敗戦直後の『荒地』(第二期、一九四七〜四八年)まででしょう。
その後に出てきた能天気に自分の感性を信用している世代、戦後第一世代は、今や老いさらばえている。感性なんて、歳をとったら鈍るのは当たり前ですから、思想的なものでそれを支えなかったら老いさらばえる。同世代では残念なことに、その姿を現しているものばかりです。
では若い世代はどうか。一つは肉体への信仰。自分の性感覚だとか、匂いがいやだとか、「私詩化」していますね。そこにはコスモスに対する認識がない。詩はその社会の一種のキャラクターを最も先端的に反映する様式だと思うので、ちょっとこれは危機ですね。詩が衰えるときは、その国の文化が衰えるときだと言いますが、そのとおりですね。
(第七回 スカウト失敗、事業の苦戦)