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「閲覧用書棚の本」其の十四。『役者論語』(壱)

今回は、岩波書店刊行の日本古典文学大系『歌舞伎十八番集』に所収の『役者論語』を取り上げる。
安永五(1776)年九月に、京都の役者評判記の版元である八文字屋が出版した、この『役者論語』の冒頭には

此書や、むかしより上手名人と稱ぜし役者のはなしどもを古人書留めし巻々なり

として、「舞臺百ケ條」「藝鑑」「あやめ艸」「耳塵集」「續耳塵集」「賢外集」「佐渡嶋日記」をあげ、

右七部の書は、優家の亀鑑なれども梓にちりばめ、付録に當時三ケ津役者藝品定を加入する而已

と記す。
「優家の亀鑑なれども梓にちりばめ」は言うまでもなく、<俳優の家の手本・秘伝ではあるが出版する>というほどの意味である。三ケ津は、京・大阪・江戸のことである。

此書をとくと御覧ん被下候へは役者善悪鏡にかけたることくあきらかにわかり申候。右も無ちかい近日より本出し申候故おしらせ申上ますかほみせ二の替芸品定并ニやくしや大全やくしや綱目やくしや全書かふき事始なとも此書に御引くらへ御覧ん被下べく候上手下手の分ち相見へ申候

岩波版の校注・解説者の郡司正勝氏は、この出版広告に着目し、「この書に載せた古人役者の金言が、当時の劇評の基準となるべきもの」との、版元の出版意図があったことを指摘し、「劇評の基準としての『役者論語』をもって、現代の役者を批判した実例を挙げて示そうとしたのではないか」と述べている。

今回は、「舞臺百ケ條」から取り上げる。

一 精を出すといふは、ねても覚ても、仕内を工夫し、稽古にあくまで精を出して、さて舞臺へ出ては、やすらかにすべし。稽古に力一ツぱい精出したるは、やすらかにしても、少しは間はぬけぬものなり。稽古工夫には心をつくさず、舞臺にてばかり精を出だせば、きたなく、いやしく成て、見ざめのする事うたがひなし。さて惣稽古といふものは、初日より二日も前にすべき事也。初日の前日は、とくと休みて、きのふの惣稽古の事を、ほつほつ心におもひめぐらし、気をやすめて、初日を始れば、初日よりおち付て、間のあく事なし。前日にアタフタと稽古し、夜をかけて物さはがしく、翌日を初日とすれば、わるひ事もかなりがけにせねばならず。此ケ條大切の事なり。

メディアでは全く取り上げる事がないが、この5月の新国立劇場での井上ひさし書き下ろし戯曲公演は、初日の三日前に本が出来上がるという、本来であれば公演中止をすべき興行であった(5月25日の『提言と諌言』<『危険な綱渡り』を上演中の新国立劇場>)。つい先月の帝劇公演も、本が初日の前日に仕上がるという、ぶざまなものだった。こんな仕上がりでは、さぞかし製作側も、俳優も、スタッフも、アタフタとしたことだろう。新国立の方の演出者は芸術監督だそうだが、初日直前に劇場内の他の公演の稽古場に現れ、「うちの稽古場は覗くな。皆気が触れているから」と、本人も気が昂ぶっていたのだろうか、真顔でのたまったそうだ。
帝劇公演の方の演出者も、この新国立劇場の芸術監督氏だったそうで、その偶然に驚かされたが、さてどんな心境だったのだろう。
最近は生き馬の目を抜くほどの、泣く子も黙る芸能プロとも手を組む早稲田大学の出身で、この郡司正勝教授の教え子だというこの芸術監督氏、郡司先生から直々に演劇者にとっての亀鑑、バイブルとも言える『役者論語』を学ばなかった、のだろうか。