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新刊書籍から
≪GOLDONI/2011年3月≫

『公共劇場の10年 ―舞台芸術・演劇の公共性の現在と未来』 
伊藤裕夫・松井憲太郎・小林真理 編
美学出版 2010年

 (略)しかし筆者も地域における芸術拠点(劇場)形成の必要性は、強く意識しているし、求めていることには変わりはない。ではそれは、法制化によらずしてどのように可能なのだろうか? これについては本稿では十分に論じるスペースはないので、以前書いたこと(「演劇人のための文化政策セミナー2 地域公共劇場の成立条件~米国の事例を参考に~」、舞台芸術財団演劇人会議発行『演劇人』17号所収)から要点のみを挙げることにする。
 そこで筆者が取りあげたのは、一九五〇年代後半から一九七〇年代にかけてアメリカにおいてフォード財団が主体となって取り組まれた地域劇場づくりである。それは、基本的な考え方としては地域における非営利かつプロフェッショナルな演劇の育成で、各地で細々と生き残って活動を続けている地域レベルの劇団を、その芸術的ならびに経済的基盤の強化とネットワーク化を通して、各地に「レジデント劇場」(劇場付き劇団ないし専属劇団をもった劇場)を形成していった経緯である。ここで最も参考になるのは、たとえ細々とであれ各地で実際に創造活動している地域レベルの劇団を核にしたことである。そして、そうした地域のコアに対して、経済的な面だけでなく芸術的な基盤の強化――具体的にはネットワークを通した芸術家の交流、新しい試みへの支援、その他プロフェッショナル化に向けての様々な研修などをはかったことも着目すべきところである。
 このフォード財団のやり方は、もちろんそのまま日本で通用するとは筆者も考えているわけではない。まず日本にそうしたプロを目指す劇団が各地に存在するかということもさることながら(実際には鳥取の鳥の劇場や青森の弘前劇場など、決して多くはないが存在する)、最大の問題はフォード財団に当たるような、そうした長期的視点にたった推進母体が見当たらないことである。確かに「劇場」を認定し、そこに国や自治体が重点的に支援するというのはひとつの解決手段であるとは思うが、それを地域の公共文化施設が応えられるとは(ごく一部の例外的施設を除いて)とても思えない。そこで第三の助成制度の見直しという問題も交え、日本における可能性を展望してみることにする。

 (略)このアーツプランは、前述したように、当初は年間の事業計画に三年連続で助成するというきわめて団体助成に近い形態を取っていたのだが、程なくして(たぶん大蔵省=現財務省からの圧力もあって)なし崩し的に特定の事業に対する「重点支援」に変わっていくのだが、その背景には文化・芸術への公的支援の根拠法がなかったこともさることながら、憲法89条問題があると思われる。憲法第89条は「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属さない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」という条項であるが、例えば私学助成についてはこれをめぐって様々な論議があった(一〇年ほど前にも東京都の石原知事が私学助成は憲法違反といった発言をして問題になったことがある)。私学助成については、六〇年代までは憲法の規定もあって一部例外的措置を除いては助成はなかった。七〇年代になって私学の急激な膨張と経営危機が生じ、経常費に対する国庫補助が始まり、法的にも「私学振興助成法」が制定されて合法化されたが、その一方で「公の支配」*4に属すべく、所轄庁による監督も強化された。
 そういうわけで、基本的に自由な活動を前提とする文化・芸術活動への団体助成(経常費への補助)は、少なくとも憲法89条を改正しない限り活動の自由を束縛しかねない問題がある。そこで「劇場法」論議の中では劇場資格を公立文化施設(公立文化施設は「公立」である以上「公の支配」に下にある)に限ったり、芸団協の提案にあるように、新公益法人制度により「公益」認定を受けた団体(民間団体であっても可能)を対象にするとするなどの対応をしているわけである。しかしながら私学助成のように、助成を受ければ何らかの「監督」が生じることには変わりはない*5。

 (略)筆者は、日本の場合、明治末から大正期にかけて全国に数千あったといわれる芝居小屋(これらは地域の人々が株主となって経営はもちろん、興行=企画運営にも参加したという)の盛衰の歴史や、戦後の全国各地で繰り広げられ、今日においても地域においては一定の役割を果たしてきた演劇鑑賞会運動(そこには政治的・イデオロギー的な問題をはじめ、経済的な問題もふくめ、それがストレートに参考にはならないことは承知の上で)の経験、また民間の劇場(特に演劇人が作った俳優座など)の試行錯誤も検討し、フォード財団がコアにした地域のシーズをもっと重視すべきだと考えているが、これについてはまた稿を改めて考察したく思っている。

 注
 *4 「公の支配」については研究者の間でも諸説あるが、最も厳格な説では所轄庁による事業内容や人事への介入までも求めるものもある。
 *5 公的な助成が所轄庁(人によっては「権力」ともいう)の監督(介入)の不即不離の関係にあることは、戦前の「映画法」を見るまでもなくよく指摘されることであるが、だからといってそれを恐れて公的助成を敵視する――本文でも触れたように六〇~七〇年代演劇界はそういう観点から芸術関連団体補助金を拒否してきた――ことはない。しかしそうした側面を忘れて「文化・芸術は人類の宝であるから国は支援すべき」といった脳天気なことを要求ばかりするのもいかがなものか。「スケベ根性が死を招く」こともあることを決して忘れてはならない。
 (「第4章 これからの公共劇場・劇場法についての課題」 ≪昨今の「劇場法」論議を廻って≫<執筆・伊藤裕夫>より)