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『本質は些事に宿る』

20日の14時。月83万ヒットの美術ポータルサイト、美術館.comの米山公紀氏、駅前コーヒーショップのアイス・ラテを手土産に、打合せのため来店。実弟の作家・米山公啓氏をクールにした、元美丈夫。役所広司を知的にした姿かたち。人生を間違えて演劇でもしていれば、舞台俳優かく在るべしの、一つの典型になったであろうほどのハンサムおじ様。かつては私の周りでも、たとえば大学の劇研でも、四季でもそれぞれ幾人かは、そういうタイプの男はいたものだが。最近、日本でも人気の高い韓国の俳優たちについての印象は、美男・好男子、知的、男っぽい、骨がある、などだそうだ。かつては日本でも称揚され、そして絶滅した「男」の価値。現代日本の映画・テレビ芸能界、歌舞伎・能楽は無論、そして現代演劇の男どもは、『韓流』ファンからすれば、汚く、足りなく、女々しく、軟弱、か。演劇の姿は、現代日本の象徴。山本夏彦の顰に倣えば、『本質は些事に宿る』。
創立90年の宝塚歌劇団が今だ命脈を保っているのは、日本人が好きな偉大なマンネリズムも一因だが、「宝塚音楽学校」を数十倍の競争率で選抜された娘たちの多くの、姿かたち、その後のダンスや歌唱の不断な精進の故ともいえる。
『舞台は選ばれざる者、励まざる者の立つ場ではない』。頭でっかちなだけで上達の遅い子供を叱咤した師のひとりは、そのあとに「がんこうしゅてい、ではいけません」。小学生の頃に最初に覚えた四字熟語は、稽古場でいつも言われていた、あの『眼高手低』。
選ばれ、励み、見識・品格を高め、鑑賞眼をつくり、技を磨く。「演劇の道」は険しく厳しい修行の道。一般の方にとっての行楽地は、「演劇の道」では修行の場。精進潔斎、女道否芸道精進、未熟児・海老蔵の彼女同伴ニューカレドニア篭り。あっぱれ。