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『劇場の記憶』

 午前中、ゴルドーニで9月HP更新のためのチェック作業。推奨本のページで、原典からの採録があり、チェックしていたら、ついつい本を必要のないところまで読んでしまう。12時20分、日比谷・帝国劇場の『ミス・サイゴン』の開演ギリギリに滑り込む。市村正親・本田美奈子・岸田智史の初演を観たのは12年前。ヘリコプターが出たり、キャデラックが浮かんだりの派手ではあるが、秀作とは言えないミュージカルだった。
 松たか子を観ながら、38年前のこの帝国劇場の開場時に、母のお供で来た時の場景を思い出していた。松の祖父・八代目松本幸四郎率いる東宝歌舞伎『二代目中村吉右衛門襲名興行』。今日の歌舞伎の第一人者・二代目中村吉右衛門誕生の舞台だった。休憩時に客席からロビーに出たら、この幸四郎夫人・正子さんが小走りに近づいて来て母に挨拶。今度は、そばの柱の陰に隠れるように立つ十一代目団十郎の未亡人・千代さんを見つけると、引っ立てるようにして連れてきた。
 中村歌六の子で門閥から外れての生まれ育ちながら、一代で名を高めた名優吉右衛門の娘として何不自由なく、また歌舞伎の水で育った正子さん。七代目幸四郎宅の使用人として働き、後に十一代目との子(当代の団十郎)を成しても、親子ともに暫くは入籍・認知してもらえないというほどの、辛酸を嘗め尽くしたであろう千代さん。歌舞伎の世界では対照的な二人との遭遇は、短時間の一場だったが、今でも帝劇のロビーに立てば、鮮明に蘇る「劇場の記憶」だ。
 「劇場も歌舞伎も薄味だった」「でも、あのおば様たちの立ち居振舞いは芝居より面白かったでしょう」。この日が親子で最後の観劇であることを互いに意識しながらの、生意気盛りの子供とそれを受け留める辛辣な母とのいつものやり取りだった。
 その翌年の春、母は長患いの苦しみから解かれた。