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旧西原町を歩く

朝10時、文京区千石の図書館に用があり、そのついでに近くの旧西原町を歩く。幼少時分の数ヶ月通った保育園(かすかな記憶がある。拙宅の近所のひとつ年上の綺麗なお姉さんといつも一緒に行っていて、同じ組の男の子と諍いを起こし、それこそボコボコにしてしまい、放園処分を受けたような気がする。小学生の時だったか、母と当時の話をしていて、『おばあさんのお迎えがあった』と言ったら、『亡くなったから、行かせた、の!』。それくらいだから、まったくあてにはならない記憶だが。)は、この辺りかと、近くを探し歩いたが見つからない。商店街の案内図を直している六十過ぎの小父さんに伺う。「憶えがないなあ。ここで35年靴屋をしてるけれど。店に戻って調べましょうか」と言ってくださったが、作業の途中でもあり断っていたら、巧い具合に通りかかった老婦人に声を掛け訊いてくださる。「そう言えば、大鳥神社の先の、今は新興宗教の施設が、先は保育園だったんじゃないかしら」。さすがに、新興宗教の道場を訪なう立派な心掛けも、周囲をうろつく勇気も無いので、諦めて小父さんと立ち話。閉店廃業した飲食店の名の書かれたプレートを、大きな案内図のボードから剥がす手を休めて、「こうしてどんどん店屋が無くなっていくんですよ。見てください、歯の欠けたような地図でしょう。スーパーやコンビニ、外食産業におされて、商いが成り立たなくなるんです」。(思わず、スーパーのハウスカードや外食産業の株主優待券の入ったバッグを隠すように持ち替えた。)何軒かあった靴屋も次々になくなり、今は自分のところだけが細々店を開けている、とも。山手線の内側で、都心回帰の昨今はマンションが建ち、全国で問題になっている『シャッター商店街』とは違う現象だが、これも淘汰という厳しい現実。礼を言って別れたが、百メートルほど先の角を曲がる時に振りかえると、とんだ闖入者に邪魔されて中断していた心弾まない作業を再開した、靴屋の小父さんの淋しげな姿が小さく見えた。