2017年06月

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サンタの代わりは、『JUGEND』

昨24日の15時前、演出家の木村光一さんが久しぶりにご来店。『Faber and Faber』刊の古書をお探しだったが、在庫がなくお役に立てず。氏からお若い時分の話が出て、「丸善などで取り寄せてもらった数冊の洋書代金は、当時の演出料より高かった。それでも必要に迫られて、買って読んだものです」。氏は、アーノルド・ウェスカーの『調理場』『大麦入りのチキンスープ』『僕はエルサルムのことを話しているのだ』や、J・オズボーンの『怒りをこめてふり返れ』、ロバート・ポルトの『花咲くチェリー』、R・アンダーソンの『お茶と同情』ほか相当な数のご自身の翻訳による演出作品がある。最近の演出家、たとえば新国立劇場の芸術監督や、彼の周辺のごく内輪で独断先行、懇ろな演劇ワークショッパー、新聞記者や批評に手を染める人たちと計らっての同劇場演劇研修所設置に、自身が所属し、また出身の劇団の俳優養成機関の不備不足を忌憚なく批判してまで協力する天晴れな演出家たちに、自身の翻訳作品がどれくらいあるのか、寡聞にして知らない。こういう御仁の多くが、木村氏の演出助手の経験者。芸術座などの商業劇場、地方自治体やテレビ芸能界など、「興行主の為の演劇」「俗衆の為の演劇」「人気俳優の為の演劇」(岸田國士『演劇漫話』)の舞台演出に余念のない彼らが、氏のどんな後姿を見て育ったのか。辛辣で強心臓の私でも、多少の憐憫の情も働き、伺えなかった。氏と入れ替わるようにして母娘の二人連れの来店。長い時間を掛け、何冊かの本を読んでいる。途中、外に出ていた母親が戻ると、「この2冊を買って貰っていい?」と了解を求め、お買い上げ。ラシーヌの研究書2点。「三一致の法則についての研究報告に必要」と、嬉しそうに本を抱えてお帰りになった。高校の一年生だそう。「団塊の世代から三十代までの現役演劇人が来ませんね」と木村氏に話したが、15、6歳の少女が1時間も掛けてラシーヌの研究書を探している様子を、彼ら遣ってるつもりの演劇人に見せてやりたかった。
17時過ぎ、教育NPOの実践家・志村光一氏が最近の活動を知らせに寄って呉れる。途中、GOLDONI JUGENDの一人が柏水堂のクッキーを手に前触れ無しに現れる。気を利かせて、『お邪魔だから、一回りしてきます』と言って出て行く。18時過ぎ、志村氏の帰りしなに間が良く戻って来た。今度は彼女と1時間半ほど話し込む。
今日の14時頃、明治大学文学部の神山彰教授が見える。先生がお持ちの資料で、北村喜八宛の書簡の、築地小劇場の棟上式の誘いの浅利鶴雄氏(浅利慶太氏の父)からの手紙や、二代目市川左團次からの挨拶状など、以前に拝見した折、コピーを無心していたものをお届け下さる。当方のHPの新コンテンツに、エッセーの寄稿ページを作ろうと思っていたところで、玉稿を賜るべく厚顔にして汗顔のお願いにご快諾戴く。先生のお帰りの直後、GOLDONI JUGENDが姉妹と二人で自転車でやって来る。手には、貸していた本と、フルーツケーキの詰め合わせ。心遣いして呉れるJUGENDたちの為にと思って菓子を用意していたが、昨日も今日も忘れて手ぶらで帰してしまう。
16時過ぎ、カーテンコールの小林秀夫さんが見える。「図書館のその後の動きは如何」と訊ねられるが、つい弱気になり、叱咤される。「GOLDONIの棚は本当に良く揃っている。こんな演劇書に囲まれていたら、素敵ですね」と、遠回しな表現で、舞台芸術図書館の設立を促してくださる。ひょうご舞台芸術の演劇制作担当の三崎力さんとこれから会うと仰るので、彼宛てに「紙礫」を託す。
17時半過ぎ、友人の西村幸久氏が、近くの岩波ブックセンターで『未来』2冊を確保して届けて呉れる。忝し。来週にでも食事をと思っていたが、スピーチライターでもある彼は、「会長、社長の急な御用があるやも知れず、スタンバイです」とのことで、その詫びでのご来店。真っ当な社会人というものは、かように義理堅いもの。本をあげても貸しても無しのつぶての、天晴れな遣ってるつもりの演劇人に、彼らの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいもの。
19時前に北千住へ。THEATRE1010主催の『区民ミュージカル・しあわせなモミの木』。終演後、ゲスト出演している浜畑賢吉氏を訪ね、珍しく楽屋に。通路で美術家でこのホールの芸術監督の朝倉摂さんと出会い、立ち話。「(出演している)子供は無邪気でいいでしょう」とのお言葉に、「何十年も無邪気なままの人もいますね」と憎まれ口をたたきそうになる。