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『演劇センター』構想は、何処へ行ったか

先月に書いた原稿の載った未來社の『未来』12月号が届いた。大型新刊書店のインフォメーション、レジで求めて、是非お読み戴きたい。書店にない場合は、GOLDONIに電話で請求してください。書かせて戴いたことは、虚仮の一念を信じての『舞台芸術図書館』構想についてだった。ここのところ毎日のようにGOLDONIや劇場・ホールで、劇団四季のかつての先輩たちに出会うが、先日も親しくお付き合い戴いている先輩から、「日本芸能実演家団体協議会(芸団協)が来年春に新宿区立の小学校の廃校を活用する研修施設『芸能花伝舎』ならば、舞台芸術図書館が活きるのでは」、とのアドヴァイスを貰う。たまたま芸団協からも、同施設の改修前の見学と説明の会の案内があったので、29日の夕方に出掛けてきた。新宿区と芸団協の提携事業とのことだが、10年の賃貸借契約で、毎年三千九百万円の賃借料だというから、オフィス利用の教室一室分を借りたとしても、相当の費用負担になるはず。新宿駅からは徒歩20分、最寄駅の地下鉄丸の内線・西新宿駅からは徒歩8分。新都心高層ビル群のはずれ、中高層のオフィスビルやマンションに囲まれた、昼でも薄暗そうな校舎だった。この廃校利用の話は、昨年末の日本劇団協議会の機関誌『JOIN』43号に掲載されていた座談会「演劇センター構想を大いに語る」で語られていたものではないか。「水害や地震で苦労されている方がいると思うと率直に喜べない」、と配慮をきかせた受章の談話をお出しになった文化功労劇作家を始め、日本共産党指導の劇団責任者や全共闘出身だかの演出家など、国や自治体からのさらなる演劇助成の拡大を主張し、自助努力などはお構いなしの天晴れな方々ばかりが、ここでも当然のことのように、国や行政の金(税金の投入)をあてにしての、なんとも立派な『演劇センター』構想を語っていた。いったいあの話は、その後どうなったんだろう。配慮はいらないので率直なコメントを伺いたいものだ。