2017年05月

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貸切り状態の『千田是也展』

朝9時過ぎ、昨晩遅くまで狭いGOLDONIで、出席者7名でのミーティングをしたので、その為に移動させた本や棚を元に戻すなどの後片付けをして、11時に早稲田大学演劇博物館に赴く。「新劇の巨人-その足跡」と副題された『千田是也展』の最終日。いつものように一階の閲覧者の人数を数え(2人)、会場の2階に上がると、受付のガードウーマンの他に人影無し。この展覧会の関連シンポジウムが先月4日が開かれたが、平日の午後だったので参加できなかったが、明治大の神山彰教授やGOLDONI JUGENDの話では、パネラーの中で、小沢昭一氏、佐藤信氏の語る、千田是也氏との邂逅、旧俳優座劇場、俳優座養成所時代のエピソードが秀逸だったそう。一人で静かに歩いても怖いほどに床の軋む演劇博物館、シンポジウムのあったその日くらいは、大人数が押しかけ、危険回避のための入場制限をする騒ぎにでもなったのだろうか。展示品は、写真やポスター、公演の映像など、安手の印象。昭和18年8月の、真船豊から千田宛ての手紙があった。<…森(雅之)や戌井(市郎氏)などは前々から度々小生に言ってゐたことですが、稽古といへば、文学座は元来ままごとのやうなことばかり。一度あなたの手にかかって根本的に叩いて貰いたい、といふことは熱心に私の前で言ってゐたことで、「結局、文学座しかないですね」「森は本筋の役者です」と私に言ったあなたの言葉を思ひ出したので…>とあった。これが、真船豊の作・演出の文学座公演『田園』で、千田是也が覆面演出をしたきっかけとなった手紙。演劇博物館は千田氏の蔵書の寄贈を受け、千田文庫として管理しているようだが、その参考にか、数十点の単行本を展示していた。その本の背表紙のシールの貼り方のだらしなさに愕然。ニコライ・ブハリン著『史的唯物論』などは、まったく補修されていなかった。本来は補修して収蔵することが書籍管理の原則だが、都も西北まで来ると他の考えでもあるのか。予算が足りず、蔵書の管理まで手が回らないという、大学経営側などに対する今回の展示にかこつけた手の込んだアピールなのだとしたら、演博関係者は見事な演出力。手書きや辞書を切り貼りして作った千田さんの情報カードを初めて見た。戦後の50年代、関西公演『オセロ』の大阪朝日会館の楽屋での休憩時間にカードゲームをしようとして、自分の名刺で作った自筆手書きトランプは見事なもの。千田さんのビジュアルなセンスは、遺伝・環境が作ったものだろうが、映画の黒沢明といい、千田是也といい、一級の演出家は絵が描け、その造形力も高い。舞台美術家・オペラ演出家・映画監督のフランコ・ゼフィレッリはその典型か。批判は承知で何度でも言うが、他人の舞台は殆ど観ず、独善的な唯のやりたがり、演劇専門教育は無論のこと、美術や建築・工芸などの素養も造詣もなく、同様にやりたがりの、戯曲分析力が演出家同様身に付かない舞台美術デザイナーと組んで天晴れな舞台を作り続ける我が国の昨今の舞台演出家の何人が、日常の気分だけは遣ってるつもりの演劇人の何人が、この巨人を作った時代や環境、演劇の偉大さ崇高さを感じる絶好の機会でもあったこの展覧会に足を運んだのだろうか。私のような至らぬ者にさえ、常に気付きの機会は用意されているが、唯我独尊の天晴れなやってるつもりの演劇人たる彼らには、どうなのだろう。