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「閲覧用書棚の本」其の三。『鏡獅子』

今回は、二世市川翠扇著『鏡獅子』(芸艸堂出版部、昭和22年刊)である。編纂は、翠扇の夫で、明治36年に九代目市川團十郎が亡くなって以来、昭和31年に病没するまで、市川宗家の当主として勤め、歌舞伎界きってのインテリゲンチャとしても著名な市川三升(歿後に十代目を追贈された)。校閲は養父・宝岑と親子二代の劇作家・劇通として鳴らした川尻清潭。執筆者は、この翠扇のほかには、六代目尾上菊五郎、三代目中村時蔵、四代目市川男女蔵(後の三代目市川左団次)、五代目中村福助(現七代目中村芝翫の父。戦前に早世している。)など。明治26年3月の歌舞伎座で、九代目團十郎が初演した、『春興鏡獅子』(作:福地桜痴、曲:三世杵屋正次郎)について語っている。
既にこのブログでも書いたことだが(6月19日『閉店三ヶ月をきったGOLDONI』)、今年の9月13日は、店の開業5周年。この日が九代目の正忌である。何とかこの日までは店を開けていようと思っている。この二世翠扇は昭和19年に病没しているので、資料でしか彼女のことを知らない。何枚かの写真がこの本にも載っているが、彼女と従姉妹である私の祖母によく似ている。そんな祖母の歿後五十年の今年は、何も報いることが出来なかった。そして私が幼少の頃から尊敬する三升の五十年忌にあたる来年、GOLDONIの更なる事業の展開を彼等に報告できるとよいのだが。

「踊りの巧拙」
よく人様から、どういふ風な踊りが上手か、又いいのか…と問はれる場合があります。一口に言ひ難いので、先づ總體にクセのないこと、またアクのないことで、第一に潤ひがなければならぬ事です。それから同時に、ふつうに踊りを御覧になる場合、又おどりを習ふ人でも、その動作の止まりの型は元よりやかましく言つて習ひますが、形の善悪よりも、モツト大事なものがあります。それは一つの形から次ぎの形に移るその微妙なところを無理なしに
程よく運ぶことで、そこにうま味があり、妙味もある譯でございます。よく靜姿に非常にいい形を示す方の内に、どうかすると木に竹をついだ様な感じを与へられる様な事がありますのは、その動作から動作に移る間に缺陥がある譯です。
例を擧げますと、扇一本扱ひましても、技が達して居りますれば、それによつて天地の萬象を目前に見せる事が出來る譯であります。然しそれは、口に言ひ得ない事であり、従つて筆で書き現はし難い事であります。これは凡ての藝事にも共通でありますが、先づ早いお話が、踊りの好きなお方であり、又見巧者の方々が、あれがいいと言ふ場合は共に一緒です。その事を思へば口に言ひ現はし難い事であり、筆で書き現はし難いのであつてもハハアと共通する點があります。それが妙と申すものでありませう。
(中略)或る日一つの形が何としても出來ないので、鏡を見て色々と工夫をしてをりました処が、之れを父・團十郎が見て申すには、『鏡を見て研究するのは惡い事ではないが、決してそれに囚はれてはならない。鏡が無くても自分の體が見える様にならなければ本當でない。つまり自分の形の良し惡しを自分の目で見てゐては、何時までも上達しない。何としても自分の形を自分の心で見る。つまり自分の心の鏡に寫して見て研究せねば不可ない……』と言われましたが、當時自分としては深く氣にも止めず、又さう言ふ事が果して為し得るものかと考へもしませんでした。ところが、何年か経つ間には、成る程と思ふ事が數々あり、その言葉の意味が良くわかつてまゐりました。
自分の心で、自分の形が見える様になれば、自然體だけは動ける様になつたのですから、それに大事の心を吹き入れるといふ事は、演ずる主人公の心持になる事で、前に例を引きました通り、物を見る場合、手をかざしていい景色だな――といふ心持を以て、その形をするのであります。さうして、その心持が目や體、全體に自然と現はれてくるのです。此の表現の判然とするとしないと、又その現はし方が美しいと、否とから巧拙が分るるものであります。只景色を見るだけにも、之れ程の複雑さを感ずるのでありますが、踊りは只それだけの事でなしに、人間の込み入つた心持や、世の中萬物に對する種々の感情などを現はすのでありますから、一つ一つを筆や口に上せて申し述べる事は、中々盡し得るものではありません。ほんたうの少しの事が、非常な相違を生むものであります。