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「閲覧用書棚の本」其の十二。『「かもめ」評釈』

池田健太郎著、中央公論社、1978年刊。
池田は昭和4(1929)年、東京生まれ。東京大学仏文科卒業、立教大学講師を経て東京大学の助教授になるが、昭和44(1969)年に退官。在学中から師事した神西清や原卓也とともに『チェーホフ全集』(中央公論社刊)を翻訳・刊行。昭和54(1979)年11月に没している。享年五十。ちなみに、神西清は昭和32年3月に53歳で亡くなっている。自裁だが昭和28年12月に亡くなった加藤道夫は享年三十五。加藤同様に、文学座文芸(演出)部に籍を置いた神西、池田の早すぎる死は、文学座ばかりか演劇界にとって大きな痛手であった、といま思うものは数少ないだろう。
 昨年の10月、ロシア・マールイ劇場が来日して、天王洲のアートスフィアで、ともにユーリー・ソローミン演出の『かもめ』と『三人姉妹』を上演した。朝日新聞、アートスフィア、阿部事務所の三者の共催で、私の観た日は、ほぼ3割程の客席。一、二日は台風の影響もあったのだろうが、それにしても記録的な不入り興行になったようだ。作品は、いまどき珍しい正統なリアリズム演劇のお手本のようなもので、久しぶりにチェーホフ作品を堪能することの出来た稀有な機会になったが、台風等の影響によるチケットの変更やキャンセルなどの観客対応に誠実さがなく、チケットが12,000円、9,000円、5,000円と3種あったが、9,000円、5,000円の席は二階のごく僅かな席だったようで、見せ掛けに安い席を数席だけ用意し、実際には最高価格席だけを販売するという最近にしては珍しいえげつなさで、劇場も製作団体も天下の朝日新聞ともに、ビジネスを理解しているとは思えない営業制作姿勢が、せっかくの公演の高い評価を貶める結果となった。
『岸田國士全集』について書いた18日の『提言と諌言』でも触れたが、この国では未だに現代劇の俳優や演出家は、「玄人面をした素人」でしかない。同様に、自助努力、新たな観客作りを忘れ、国税投入、文化庁などの補助金に頼り、地方の演劇鑑賞会や地方行政立ホールの買い取り公演を繰り返している製作団体、テレビタレントとそれを生で見たいだけの客におもねり、あとはこれも行政の補助金に頼るだけの商業劇場や新国立劇場始め行政立ホールは、薄汚い「玄人面した素人」でしかない。チケットをばら撒くのは、新国立劇場や行政立ホールくらいかと思っていたら、立派な商業劇場である「とうきゅうBunkamura」も、TBSとの共催、キリンビールの特別協賛での舞劇『覇王別姫』のチケット販売が振るわず、客席を埋めるべくの動員(無償の集客活動)努力をしていた。このBunkamuraで覚えたことか、芝居の最中に、舞台の上から、客席にいる知り合いの芸能人などを探すほどの天晴れ野郎も登場してしまう歌舞伎座も、既に本当の玄人の劇場とは言い難い。観客が見巧者という、観客としての玄人でなくなった現在、劇場も俳優も演出家も製作者も、玄人でも素人でもない、半端ものになってしまった。
そんな時代を生きずに済んだだけでも、加藤道夫、神西清、そして池田健太郎は幸いだった、と言えば言い過ぎだろうか。

私の所蔵する『「かもめ」評釈』は、神保町の文学専門の古書店から購入したもの。
福田恆存氏宛の献呈署名本である。


「モスクワ芸術座による『かもめ』初演のさいに、トリゴーリン役を演じたスタニスラフスキイの演技をチェーホフが好まなかったことは先にも触れたが、この場におけるトリゴーリンのせりふ「おれには意志というものがないんだ。一度だってあったためしがないんだ。」をめぐって、チェーホフとスタニスラフスキイとのあいだに解釈の相違があったことが知られる。第二幕ですでに語られたように、流行作家トリゴーリンは祖国を愛し、民衆を愛していた。自分が作家であるならば、民衆の苦しみや将来について語り、科学や人間の権利について書く義務があると感じていた。ところが彼はそれを実行することができなかった。そういう厳しい作家の道に踏み入る意志と忍耐力を欠き、単なる風景描写や小手先の技巧によって、流行作家となっているにすぎない。つまり彼は意志薄弱な男なのであり、逆に言えばその意志薄弱なところに、―人気もあり、才能もあり、しかも弱い男であるというその点に、アルカーヂナが、―のちにはニーナが―女として、強く心を惹かれたとも考えられるわけである。そんなところから、スタニスラフスキイは、見るからに意志薄弱な、弱々しい、いわば優男として、トリゴーリン役を演じたらしい。それが作者であるチェーホフには気に入らなかった。一八九九年二月、―このとき彼は『かもめ』の舞台をまだ見ていない
が、―トリゴーリンが弱々しく活気がなさすぎるという意味の劇評が出た。それを読んだチェーホフは、憤慨して妹マリヤに書いている。「なんという頓馬だ! だってトリゴーリンは人に好かれるんだぜ、人を夢中にさせるんだぜ。ひとことで言えば魅力的な男なんだぜ。それを弱々しい、うすぼけた人物として演じるなんて、よっぽど無能な、気のきかない役者だよ」。チェーホフの不満は、芸術座の舞台を見たのちも収まっていない。同じ年の十二月、彼は芸術座のもうひとりの創立者である旧友ネミローヴィチ=ダンチェンコにあててこう書いている。「トリゴーリンの歩き方や話し方はまるで中風患者みたいだった。彼には『意志というものがない』、で、そのことを演技者は彼なりに理解したわけだが、僕は見ていて吐き気がする思いだった」。
 チェーホフの評語は、毎度のことながら言葉少なであり、委曲を尽したものではない。が、このことは彼の人間理解が深く、また彼が人間を熟知していたことを、―人間が複雑な存在であり、決して一面的な評語をもってその全人格を表現することができないことを彼が知っていたことを、物語っているのであろうか。トリゴーリンは「意志」がないが魅力的であり、またアルカーヂナはケチで俗悪ではあるが、同時に息子を愛しているのである。」