2018年06月

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

アーカイブ

« 「閲覧用書棚の本」其の十二。『「かもめ」評釈』 | メイン | 「閲覧用書棚の本」其の十三。『加藤道夫全集』(弐) »

「閲覧用書棚の本」其の十三。『加藤道夫全集』(壱)

『加藤道夫全集』全2巻。青土社、1983年刊。第1巻は「なよたけ」「思い出を売る男」「襤褸と宝石」などの戯曲や放送劇、舞踊劇の脚本などが二段組み700ページに、第2巻は評論・エッセイ・書簡などが二段組み630ページに編まれている。発売当時の定価は共に7,800円だったが、現在は日本文学などの専門古書店では2冊揃いで3万円台の値をつけている。今回はその第2巻から、岸田國士著の『新しき演劇のために』(創元文庫刊)の解説として書かれた文章を紹介する。
青土社の予約申込書には、監修=中村真一郎・芥川比呂志、編集=浅利慶太・諏訪正と書かれている。加藤道夫は昭和28年12月に亡くなっている。芥川比呂志とは残念ながら面識がない。文学座のアトリエを初めて覗いたのは大学生の頃で、既に十年も前に芥川さん達は劇団雲に移っていた。実際の舞台を観ることもなかった。たまたま新宿の紀伊國屋や、来年の閉場が決まった千石の三百人劇場、三宅坂の国立劇場などの客席やロビーで見掛けたことがあるだけだが、今でも芥川さんの鋭い「目」を思い出す。中村真一郎氏は劇通としても著名だった。日生劇場での四季の公演の初日によくお見えになった。二十年も前のことだが、劇場雑誌を6号ほど作ったことがあるが、中村さんにも巻頭エッセイを無心したことがある。原稿料の振りこみ先が何ヶ所かに分かれていて、中には奥方に内緒の口座でも作っておられたのか、『こっちに入れてね』と念を押されたことがある。幸いにして浅利慶太氏、諏訪正氏には、今でも年に何度もその謦咳に接して教えを受けている。諏訪さんにはつい先日、浅利さんには先月、GOLDONIにご来駕を賜った。

「岸田氏が演劇研究の為、フランスに渡った頃は、既にフランスの演劇が更に新たな変革を行いつつあった時期でした。それが恰度、フランス演劇の革新運動に生涯を賭けた故ジャック・コポオがヴィユ・コロンビエ座に拠って、新しい劇作家・俳優達と共に新しい演劇美を追求し、世の注目を惹いていた時期であります。岸田氏はすすんでコポオに師事し、自ら真新しい二十世紀演劇の息吹きをはっきりと感じとった最初の日本人であったわけです。
 コポオは何よりも先ず演劇に本質的な美を求めた人であります。極端な写実主義や自然主義の演劇には本質的な演劇美が欠けていたし、国立劇場の演劇なども唯仰々しいデクラマシオンと型通りの科を無意味に伝承しているだけでした。要するに、演劇は本来の芸術的生命を喪って、低俗な商業主義に隷属し、文字通り堕落した状態にあったわけです。この堕落の状態から演劇を救済しようとして立上がったのが、ジャック・コポオでした。《演劇をして再び演劇たらしめる》必要を痛感したコポオは《此の侮辱に打ち勝ち、演劇本来の光輝と誇りを恢復する為に「完全に新しい劇場」を作らねばならなかった》のであります。
(中略)コポオは先ず俳優達に本質的な芸術意識を鼓吹し、言葉に対する厳格な知的配慮を要求し、戯曲の台辞に宿る芸術的生命を引き出すこと、つまり、演劇に於ける言葉の使命を最も重要視して、新しい演劇は飽くまでも演技は中心にならなければいけない、更に演技の基準は厳正に言葉の内的生命を表現することに置かれねばならぬ、と主張した人であります。之は、言い換えれば、それまでの芸人的演技を否定し、俳優も立派な芸術家としてはっきりと内的意識を持たねばならぬ、と言うことであります。
(中略)斯の様な演劇を直接にコポオそのひとから学び取られた岸田氏が、故国である東方の島国に帰って、その国の演劇の寒心すべき水準の低さを眼のあたりに見た時、その慨嘆たるや如何ばかりだったかは、この書を読んでも容易に感得出来る筈です。
(中略)氏は又、劇作家には<戯曲以前のもの>、演技者には<演技以前のもの>を要求して居られます。之は別の言葉で言わして頂けば、芸術家として持つべき芸術意識のことであり、精神の器のことであり、内面のレンズのことであり、詩的感受性のことであり、知性のことであります。新劇の舞台に鋭い現代感覚が閃かない理由はすべてその<以前のもの>の欠如にあります。新しい演劇を志すものは、ひたすらな努力に依って先ず此の<以前のもの>をしかと己れの内側に獲得しなければなりますまい。新しい演劇表現は新しい演劇意識の獲得なくしては考えられぬことであります。
それは文学・音楽・美術等、あらゆる分野の芸術の富を貪欲に己れの内側に摂取する不断の努力に依ってのみ実現し得ることでありましょうが、此の書こそはその様な演劇意識獲得の道に通ずる最初の扉の役目を果すものであることを、最後に筆者は断言して憚りません。」