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『殻を破る異才』と『殻に篭もる演劇オタク』

元旦の日本経済新聞は『待ったなし改革』という大特集を編んでいて、読み応えがあったが、それ以上に面白かったのは、1面、9面の『ニッポンの力』、とくに9面での、「小さくまとまった『ニッポン』という殻を自らの意思で、自らの知恵と技を頼りにぶち破ろうとする」異才として、ロック歌手の矢沢永吉、スーパーコン開発の後藤和茂、オランダで活動する建築家の吉良森子と、ニューヨーク・シティ・オペラの指揮者の山田敦の4氏を取り上げた記事である。私は、とくに建築と指揮の二人に関心をもった。
年末に、柳家花緑・立川志らく・柳家喬太郎の三人会を聴いた折、前座が、「私の父は一級建築士でして」と言うだけで満員の客席が沸くほどに40万建築士の旗色は悪いが、これはまた別の話。
吉良氏は早稲田大の院生の時にオランダ政府奨学生としてデルフト工科大学に留学。97年にはオランダで独立。99年にはハーグのオランダ首相官邸の改装の設計を手掛けた。昨年は古都ライデンにある、幕末の日本で活躍した医師シーボルトがオランダ帰国後に暮らした邸宅を、シーボルト記念館として改修する計画の設計者として活動した。
記者は書く。
≪大学院時代のオランダ留学。与えられた課題に沿って設計図を書けば合格だった日本と違い、留学先では作品の意味や文化的な背景までを厳しく問われた。「この設計で環境と調和できるのか」「なぜこの場所に窓を置くのか」。図面を提出するたびに教授や学生から容赦ない質問が飛ぶ。苦しかったが、その経験を通じてオランダ建築を学び、表現力や交渉力を身に付けた。≫

指揮の山田敦氏は早稲田大教育学部卒、日本IBM、ソニー生命の営業部門出身。十年間の勤め人暮らしをやめ、97年に渡米してNY・シティ・オペラの研究生に。
昨年11月、今までの「音楽監督助手兼指揮者」から「正指揮者」として契約、07年から同オペラを率いることになった。
ニューヨーク駐在の記者は書く。
≪米国では指揮者がコスト計算からスポンサー集めまでこなすため、ビジネス手腕が欠かせない。職人肌のマナハン(同音楽監督)は「営業は助手に任せたい」と思っていた。だが山田以外の志願者は現役音大生ばかり。日本では軽視された経験が生きた。〇五年五月に愛知万博で開いた凱旋公演でも、「営業大好き」の山田は総予算六億円のうち二億円強を集めてみせた。≫
≪「脱サラ根性物語はおしまい。これから待ち受けているのは実力だけが評価される世界だから」と気を引き締める。≫

ヴァイオリニストの諏訪内晶子さんが、文化庁在外研修制度を利用してニューヨークのジュリアード音楽院に入学した折、同級生達から歴史、とりわけ作曲家の生きた時代を理解できてヴァイオリンを弾いているのかを問われ、己の不勉強を知って、音楽院との単位交換制度を実施しているコロンビア大学で西洋史を学んだ、という話を思い出した。

文化庁が今年度も8億円以上の予算を組んで実施している芸術家在外留学研修制度についてである。
演劇研修に限っていえば、ニューヨークやロンドンなど物価の高い都市に滞在しても、国費から支給される1日一万円程度の日当で生活して、1年後の帰国時には百万円も貯めて帰って来る者や、大学(院)への正規留学はほぼ皆無で、十八歳の高校新卒生でも入る演劇学校の短期コースや、前衛というよりはハミダシ組の演劇人などが行うワークショップに気まぐれに参加する程度の者が続出する。ニューヨークでもロンドンでも、他の者よりは名を知られている研修生は、牢名主さながらに、日本人グループの中心に収まり、アパートなどに寄り集まって無為な時を過ごす。
外国政府奨学制度利用や、外国芸術施設への私費留学・研修をしてきた吉良氏や山田氏のような真剣さは微塵もない。

昨年の7月1日の『提言と諌言』<文化庁在外研修制度利用者を自衛隊予備役に編入せよ>、10月17日の『提言と諌言』<『在外研修』を実施する文化庁の『常識』と『言語感覚』>にも書いたので、ここでは繰り返さない。お読み戴きたい。
春には来年度予算が成立し、該当予算がどうなったかを確認出来るだろう。そうなれば、また国会議員や会計検査院などに提言や申し入れをするつもりである。