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バイエルン総監督・ジョナス氏の講義録(壱)

GOLDONIご常連の内山崇さんと、昭和音楽大学オペラ研究所から、同研究所が昨年4月に開催したシンポジウムの講義録を頂戴した。
『提言と諌言』の昨年8月15日には、<バイエルンの招待者は大統領ただ一人>として、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場の総監督であるサー・ピーター・ジョナスの手腕や、世界でも高い評価を受ける同歌劇場の製作運営姿勢と、わが新国立劇場の体たらく振りを書いた。今回から数回に分けて、この講義録から、ジョナス氏の基調講演と質疑応答の幾つかの発言を要約しながら書いてみよう。
ジョナス氏は講演の冒頭、「オペラが何を意味しているのか、なぜ必要なのか、そしてなぜ皆様の将来のために必要か、また私たちが文化的施設、オペラ・カンパニーをいかに運営して、偉大なアーティストたちに芸術を表現する舞台を与えているか」を語るとし、20世紀後半を代表する文芸批評家のジョージ・スタイナーの言葉を引用していた。その一部を採録する。「悲しむべき事実は、人類の95%ないしそれ以上がバッハのフーガや、イマヌエル・カントの総合的先検性や、フェルマーの最終定理などにはいささかの関心も持たず、おおむね満足しながら(あるいは事情次第では苦しみながら)暮らし」、「世界的信仰の対象は目下のところサッカーである。午後の遅いお茶の時間のダンスミュージックやロックは、ベートーヴェンのソナタが退屈以外のなにものでもない何億という人々を狂喜させ、感動させ、慰める。」「テレビのメロドラマやクイズ番組とアイスキュロスではどっちが好きかと訊けば、前者を選ぶわれらが同胞の数は後者のそれの千倍にも達するだろう。ビンゴとチェスの場合もまた然り。選択肢がメディアと大衆市場の経済的支配によってあらかじめ決められ、まえもってパック詰めになっている場合でも、民主主義の理念や制度と基本的に一致しているのはまさにこの選択の自由なのだ。」(『G.スタイナー自伝』訳:工藤政司、みすず書房刊)
ジョナス氏は、上記の引用に続けて、
ほとんどの方は、≪アリオダンテ≫を見るより渋谷に行くことを選ぶ、同様に野球を見に行く方が、≪タンホイザー≫を見るよりはいいだろう。そして、テレビの前に座ってうつらうつらしたり、枝豆にビールを飲みながらテレビを見るほうが≪マイスタージンガー≫に行くよりよいだろう。それに対して、私たちは闘わなければならない、と語る。
なぜ芸術はそれほど重要なのか。それは、芸術が私たちの持っている社会を形成する儀式の一つだからだ。それは、集合的な儀式によって成り立っている。宗教、スポーツ、そして芸術である。しかし、現在一番人気があるのはスポーツで、過去数百年の間も私たちの生活に重要なものであった芸術の価値が、今は低下の危機に瀕している。……