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「財団法人新国立劇場運営財団の存廃」について考える(十一)

行政刷新会議の事業仕分けで、文部科学省・文化庁の事業に「廃止」「整理・削減」連発(5) 

 <サン=デグジュペリは一九三八年に、ブルジョワ第三共和制に対して、無関心と怠慢によって小さな子供のモーツァルトを殺していると非難している。この非難は、文化国家という建造物がその上に建てられている要石のひとつである。いまやさまざまの芸術に適した設備の数は増えている。だが、フランスの文化的エンジニアリングのラインから出てくるはずの、モーツァルト、ランボー、ゴッホはどこにいるのだろうか。フランスには数多くの劇場があり演出家がいるが、劇作家はどこにいるのか。わが国の演劇の名を高からしめた最後の劇作家たちは、演劇の地方分散の飛躍に先立って、セーヌ左岸の民間の小劇場によって知られるようになった人びと、イオネスコ、ベケット、デュビヤール……といった作家である。博物館の数は以前より増え、よりよく経営され、訪れる人も多く、きわめて立派な展覧会を惜しみなく開催しているが、パリに絵画の首都としての“品格”を与えられるような画家はどこにいるのだろうか。パリは、ローマ賞コンクールの参加者がまだコンクール用の個室アトリエにいたとき、そういうことは考えずして格を保持していたし、ブラック、ピカソといった“洗濯船”の借り手を支援するものといえば、一握りの熱烈な友人だけだった。われわれはまっさらの公共建造物を持っており、その数は増えるいっぽうだが、そのうち、傑作の名に値するものはどれだろうか。これらの建造物のひとつを作ったことで国際的な名声を確立したフランスの建築家がいるだろうか。三〇年来その機構と予算が増えるいっぽうのこの組織は、戦前に支配的であり、天才とはいわないまでも才能が輩出していた家内工業的で平凡な制度に比べて実り少ないのではないだろうか。不均衡はあまりにも明白であるため、そんなものはなかったというわけにはいかない。私は喜んで認めるが、量的な公共サービスとそれが助長は出来ても、その支配者ではない創意の質の間には比較の余地はない。フランスの文化政策を支配しているのがこうした基本的な慎み深さの原則でないことは確かである。
 偉大な才能と天才が存在しないとしても、少なくとも品のよい好み、仕事についての公式の基準があって、これが文化機構の製作物における標準と範例となるのならまだしもよい。ところがそこでは、即興、性急さ、アマチュアリズム、浪費が増大するいっぽうであり、入念に仕上げられた仕事が例外だというのは、上述の現象を確認するものだ。文化国家は競争を念頭におくどころか、逆に市場に競争をもたらすことを懸念しており、文化国家の定義上からして節度、慎重さ、手段の節約つまりはスタイルをなおざりにしているが、このスタイルこそ、これまで誠実にフランス的であるものについての揺らぐことのない名声をなしてきたのである。詩人の免許は自分だけが与えうるものとし、それが触れるものを不毛にしてしまうという特性を持つ文化国家の悪弊は、やたらに装飾過剰で贅沢な演出のようにわれわれをおどろかせる。そうした演出は俳優と、それが仕えていると称する劇作品を押しつぶしてしまっているのである。
 ポール・ヴァレリーは好んで“精神の政治学”について語った。それがどのような国であろうと、国家にこうした政治学を持てと要求するのは難しいし危険である。かりにフランスにおける国家がどうしても文化政策を持たざるをえないというのであれば、そうした政策と精神の政治学との間に横たわる距離を絶えず想起することだ。文化政策が精神の政治学の代わりをしているようなふりをすることはできない。文化国家は、その傲岸かつ酔いしれた文化的抱負をありのままに写し出す鏡を鼻先にあえてつきつけないかぎり、自己の権力の守るべき節度、さまざまな次元の区別、国家があまりにも長い間公衆と混同してきた民衆の心の底からの願いに払うべき注意を再び学びとることはできないだろう。文化国家はこうした抱負をあまりにも長い間国旗の聖なるひだの中に自ら覆い隠してきたのである。>

 <フランスの記念建造物は白く洗われ、修復され、博物館は数を増し、内容も豊かになった。劇場の数も増え、地下鉄の通路には演奏が響きわたり、壁には祭典に次ぐ祭典、記念祭に次ぐ記念祭のポスターが貼られている。パリは数多くの文化の家で溢れ返っているが、フランスの教育機関は“破産に瀕”しており、、国際的な信用は低下している。その推進者の想像の産物なら別だが、このすばらしい文化はフランス精神の代わりにはなっていない。“フランスの順位”は世界一の観光大国の順位になりつつあり、パリはその知性と趣味という資本があるにもかかわらず、レジャー・センターになり果てようとしている。圧倒的な外観の下で、“世界の頭”のこれほど細密な首の縮小化を想像するのはむずかしい。(略)ジャック・ラングは、マルロー、ポンピドゥという二人の創始者の“文化”戦略を硬化させ、組織化するのに専念した。かれはそこに“商業化”という燃料を注ぐことにより、“民主化”と“創造の奨励”というエンジンを過熱させてしまった。だがこの活動の激化はまたしても国防の名において行なわれ、かれの発言はさらなる懸念をもって内政に関わる考慮に結びつけられた。ゴーリスムは傷つけられた偉大さの埋め合わせを求めていた。社会主義も破産したイデオロギーの埋め合わせを求め、最後のカード、文化に賭けていた。外国の演出家に宛てられた招待、ラップやロックに与えられた政府の特別な行為は、フランスの国内における心地よい収縮と愚行の宣伝の言い訳として役立った。愚行とは、すべての文化は等価値であり、すべてが文化的であり、文化と経済は同じ闘争をしている、抱き合おう、気違い都市(ヴォードヴィルのルフラン、[酔いしれようではないか、そうすればすべてがうまくいく]の意に用いられる)よ、というわけである。地平線上に浮かぶのはレジャー・ランドと化したフランスの姿であり、そこでは歴史と遺産は広告用として大衆観光の役に立つだろうということである。  
 このような精神の政治の腐敗は、フランスの学問がこれに自らの分析と皮肉を対置させていれば、ありえなかっただろう。考えてもみよう。ジイドの『日記』、ヴァレリーの『カイエ』、ティボーデの精彩に満ちた論争を、文化の家の叙事詩に向けてみる、あるいはガヴローシュとはいわないまでもカインの目を開いて、誌の家、作家の家、超大図書館、読書の祭典その他文化国家が気前のよさを発揮したものを見たとすればどうだろう。だが既成事実を何よりも崇める社会科学、“西欧形而上学の終わり”を説く哲学は、こうした勝手気ままな楽しみを近代個人主義の進歩の中に入れてこれを正当なものとして承認するか、さもなければあっさり認めてしまったのである。
 ヨーロッパにとって文化国家のフランス型のモデルを取り入れることにもまして重大な過ちはないだろうし、フランスにとってこれ以上嘆かわしい過ちもないだろう。しかしながら、政治・行政上の寡頭支配体制にとってこれほど安易な坂道もない。モーツァルト二〇〇年祭、討論つきの盛式ミサ、“活力化”などは“創造”を目指して遮二無二突っ走る官僚が進む道であり、生活習慣、物事の処し方、人びとの考え方の権威主義的な操作である。フランスの例にならってこのように共同体から漂流してしまうことは、これまで共同体を導いてきたリベラルな政治哲学の終わりを意味するだろう。ナポレオン、ビスマルクによる悲劇を味わったのちに、再びメッテルニッヒの国際協調路線に復帰した一二か国からなるヨーロッパ共同体は、“現実政治”ではなく会談と交渉、自尊心の尊重と外交にその基礎を置いている。制限された権限は、已むを得ない手段であるどころか、共同体を構成しており、国家の上に権利を置くというよりは、国民、歴史的な判例とさまざまな精神的家族の間の会話の上に国家を置くことを考えるべき国のすべてにとって範例となるべきであろう。形成の途上にあるリベラルなヨーロッパとフランスの文化国家の間の矛盾は、文化国家を共同体のモデルに昇格させるというよりは謙虚さに従わせることによって解決させるべきである。“文化のヨーロッパ”を望むのではなく、甲殻を打ち砕き、フランス精神に自分を取り戻させるヨーロッパのために努力をしようではないか。>

『文化国家―近代の宗教―』マルク・フュマロリ著 天野恒雄訳 1993年 みすず書房刊