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劇団が国の補助金を受けるとこうなる 日刊ゲンダイ2月25日

「ふるさときゃらばん」破産の報道に触れて
 2月23日付けの読売新聞、朝日新聞など一般紙の報じるところによれば、株式会社「ふるさときゃらばん」とその関連会社が、東京地裁に自己破産を申請して、破産手続き開始の決定を受けていたことが22日にわかった。その負債総額は2社合わせて6億47百万円、劇団員約40人は解雇された、という。この「ふるさときゃらばん」は1983年に統一劇場から独立、各地の青年団や婦人グループなどに働きかけて実行委員会方式で全国公演を展開、ピーク時には年間二百ステージ近い活動だったが、不況のあおりを受け、企業などのスポンサー確保が難航、国土交通省などの官庁の委託による橋や道路整備啓発のイベントや公演製作で劇団維持を図っていた。一昨年、国土交通省の道路特定財源から『みちぶしん』(道普請)という作品の製作費が使われていたことが国会で追及され、03年から07年まで(95件、約五億八千万円)続いていた公演が中止され、経営が成り立たなくなったようだ。
 大衆紙の日刊ゲンダイでは、2月25日付けでこの問題を取り上げている。
題して、<「ふるさときゃらばん」を破綻に追い込んだガソリン税キャンペーン/劇団が国の補助金を受けるとこうなる>。
 記事には、「絶頂だった劇団が<転落>のきっかけになったのはガソリン税(道路特会)に手をつけたこと」とあり、国交省関係者や他の劇団主宰者の話などから、社会の矛盾やサラリーマンの悲哀という社会のひずみをテーマに扱っていた劇団がその特色を棄て、行政の補助金にすがって行政施策の宣伝隊、旗振り役を務めてしまったこと、そして委託費支出が問題視されて公演が中止になり、大きな収入の柱を失ったとあった。
 また、記事によれば、ツルハシを持った作業着姿の男たちが、「道路を造れ道路を造れ」「道路走って世界を開く。道路は新しい時代をつくる」などと歌うというから、なかなかあっぱれな道路整備啓発・宣伝ミュージカルである。
 「ふるさときゃらばん」破産の新聞報道に触れ、かつて真山美保が作った「新制作座」、そこから独立した「統一劇場」などの学校公演を活動の柱とする日本共産党など旧左翼勢力に近い学校巡回劇団の名を思い出した。新制作座は1950年の設立から現在も活動中だが、1965年に創立した統一劇場は1983年に「ふるさときゃらばん」「現代座」など3組織に分裂している。
 私自身も、中学と高校時代に区立ホールや一橋の共立講堂だったかで、「新制作座」と「統一劇場」の公演を学校の視聴覚教育の一環で見せられている。子どもの頃の思い出を殆ど忘却している今も、あの経験を思い出すと寒気だつほどだ。宿題やレポートが出来なくて単位を落とす夢でうなされる、ということは無くなったが、あの演劇体験が夢に出てきたらと想像するだけで恐ろしい。
 二十年近く前のことだが、社団法人日本芸能実演家団体協議会の懇談の席に呼ばれたことがある。その終盤までは出席していた新劇団、児童劇団、舞踊団などがそれぞれに構成する団体の代表者の意見をひたすら拝聴していたが、最後に舞台芸術による社会貢献について発言するように求められ、「いろいろご意見を伺ったが、国は文化にもっと助成しろ、文化省を作って予算を大きくしろ、との皆さんのご要求は如何なものか。些か説得力がなく、自助努力を忘れた話である。それよりももっと本質的で有効な社会貢献策がある。それは、即刻皆さんが劇団や職能団体を止めることである。演劇で言えば、全国の児童・生徒が演劇嫌いになる理由は、レヴェルの低いあなた方の劇団の巡回公演を見せられるからだ」。要旨はこんなことだった。当然だが団体の長たちの反応は凄まじいものだったが、隣席の東京バレエ団代表の佐々木忠次氏だけは笑っておられた。
 後の日本近現代演劇史に名が残るであろう先達たちへの早い時期からの私の諫言は生かされることはなかった。取って付けたような借りものの「文化政策」やら「公共性」やら「公共劇場論」に縋り、自助努力を忘れ、税金のばら撒きによる助成金に群がる舞台芸術の集団や舞台人の行状を二十年近く見せられてきたが、この「ふるさときゃらばん」の破産は、舞台芸術団体の先行きを暗示している。「文化予算を拡充しろ」「文化庁を文化省にせよ」などと主張した哀れな先達の残党が、こうやって消えて行くことについては彼らの批判者ではある私も複雑な思いでいる。そして、また近いうちに、かつての大手新劇団、舞踊団などが、この「ふるさときゃらばん」と同じように悲惨な終わり方をするであろうことにも、だ。
 「劇団が国の補助金を受けるとこうなる」。厳しいが時宜を得た見事な小見出しである。