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推奨の本《GOLDONI/劇場総合研究所 2017年1月》

伊藤肇著 『左遷の哲学』 産業能率大学出版部 1978年

現職総理への直言

佐藤栄作が総理在任中に佐橋(滋・元通産事務次官ー引用者注)は「佐藤首相、あなたは今すぐ辞めるべきだ」という論文を発表した。
「……権力のポストには職務と責任が付随する。これを職責という。権力が増大するにつれて、その職責は大きくなる。 日本中で最も大きな職務と責任をもつものは総理大臣である。佐藤総理は本当に職責を痛感しておられるだろうか。六年、その職についても、いっこうに疲れをしらない。あとニ年、四年はその激務に耐えられそうである。まさにスーパーマンといえよう」
冒頭から佐橋一流の痛烈な皮肉だ。
たしかに総理は激務だ。総理をつとめて痩せなかったのは元老、西園寺公望くらいのものである。
総理とは、その激務においてはくらべものにならない社長のポストだって、三期六年、全力投球したら、ヘトヘトになるはずである。となると、「職務と責任とは二義的で、権力を十二分にエンジョイしておられるような印象をもつのは私だけだろうか」という佐橋の批判は、かなりドスがきいている。
「総理は利口ものである。利口と聡明とは違い。読んで字の如く、口さきがうまい、というのが利口の原義である。器用にふるまうのを利口ものといい、利口ものの本体は保身である。われわれが政治家に要求し、期待するものは偽りのない誠実さである。誠実を貫くためには勇気を必要とする。保身を心がけるものには勇気は生まれてこない。勇気は他人のために、真実のために、自らを投げ出すことである」
佐橋があるとき総理大臣に呼ばれて、経済問題を説明したあと、総理が「また遊びにきてくれよ」とお為ごかしをいったのがカチンときた。
「遊びにこい、といったって、私のような素浪人が、まともに筋を通しても総理には会えないような機構になっているじゃありませんか。そんなホンネとタテマエの違うことは最初からいわぬほうがいいのです。必要があるなら、堂々とよびつければよい。それが一国の宰相たるの見識ではありませんか」
佐藤栄作は苦虫を十もかみつぶしたような面をしたという。
最後に佐橋は「古今東西、どんな名君、名宰相といえども、長らく、その職にあれば、必らずマンネリ化し、飽きられるのは歴史の常則である。あまり、総理職を一人で楽しまないことをおすすめする」とバッサリきりすてている。
辞め方を会得すれば、政治家も経営者も一人前である。たとい、万斛の涙をのんでも、散るときには散らねばならぬ。それが出処進退の要諦というものだ。
興銀相談役の中山素平も「責任者は、その出処進退に特に厳しさを要するというより出処進退に厳しさを存するほどの人が責任者になるべきである」と喝破しているが、もし、その時点で、佐藤が辞める決意をしておれば、心ならずもロッキード事件の田中角栄に政権をわたして、あれほど無様な野垂れ死をすることはなかったであろう。