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推奨の本《GOLDONI/劇場総合研究所 2017年4月》

小玉 祥子著『二代目 聞き書き 中村吉右衛門』
毎日新聞社 2009年

江戸時代の風情を残す芝居小屋「旧金毘羅大芝居」(香川県琴平町)では、例年四月に「四国こんぴら歌舞伎大芝居」の名を冠した歌舞伎公演が行われる。だが一九八五年六月に第一回公演が実施されるまで、劇場は長い眠りの中にあった。発足の端緒を作った一人が吉右衛門である。(略)天保六(一八三五)年創建の、花道、セリ、スッポンなどの舞台機構を備えた七百人規模の劇場に、吉右衛門はすっかり魅了された。(略)
江戸時代の芝居小屋と同規模の劇場に出ることには、単に芝居を演じるという以上の意味があった。歌舞伎には昔の俳優の口伝、秘伝が多く残されているが、その意味に気づかされたという。
「例えば足を愛らしく見せるために女方が小さめな草履を履く、という口伝があります。今の劇場なら大半の客席から役者の足元までは目に入らないからそんな必要はない。でも『こんぴら』では、踊りなら役者の足さばきまでが全部見えます。昔の芝居小屋では、全てが見えたからこそ、足元を注意する口伝もできたんでしょう」
舞台と客席の距離。それは演技にも影響する。
「お客様が芝居に即座に反応してくださる。『こびる芝居をするな』『手をたたかせる芝居をするな』と昔から戒められてきました。大劇場の三階席後方まで演技を理解していただくには、オーバーにした方がいいという意見もあるでしょうが、『こんぴら』のような空間でそうすると真実味が出ない。逆にわざとらしく映る。役で芝居に打ち込めば、十分にお客様は理解し、身を乗り出してくださる。そのことがよく分かりました」
化粧法についても発見があった。
「自然光を取り入れているので、薄塗りの方がきれいに見えるし、顔を赤く塗る敵役の赤っ面がきれいに見える。厚く塗ると表情の変化が分からないんですよ」(「こんぴら歌舞伎」より)

「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助、「元禄忠臣蔵」の大石内蔵助、「熊谷陣屋」の熊谷直実、「石切梶原」の梶原平三など、数多い当たり役を持つ吉右衛門だが、初代から引き継いだ役への思い入れはことに強い。その一つが「俊寛」の俊寛である。
正式な題は「平家女護島」。「平家物語」の世界を題材にした近松門左衛門の五段構成の時代物浄瑠璃で、「俊寛」と通称される二段目のみが頻繁に上演される。初代が度々手がけ、人気作品とした狂言でもある。
平家打倒の「鹿ヶ谷の陰謀」が露見し、俊寛、成経、康頼の三人は鬼界ヶ島へ流罪となる。俊寛が成経に海女、千鳥という恋人ができたと知らされ、仲間と二人の祝言をしている時に、都からの赦免船が着く。成経は千鳥も連れ帰ろうとするが、上使の瀬尾は乗船を許さず、俊寛に妻の東屋が平清盛を拒んで死んだことを告げる。俊寛は瀬尾を殺し、自分の代わりに千鳥を乗船させてほしいと頼む。残された俊寛は、独りで船を見送るのであった。(略)
俊寛は去っていく船を「おおい」と叫びながら波打ち際まで必死に追い、最後には崖に登ってじっと見つめる。心情を表す「思い切っても凡夫心」の詞章が利いている。
「おやじに教わったのはこうです。船に近づこうとすると波が寄せ、だんだん深みにはまる。都人で水が苦手なので気づいて怖くなって後ろへ下がっていく。とうとう船が見えなくなったので崖に登る。リアルなんです。若いころ、もっと派手なやり方をした初代も最後には、そこに行き着いたようです」(略)
「彼方に見える帆に向かって『おおい』と叫んでいたのが、すべて視界から消えてしまい、じっと水平線を見つめる。それまでは生臭く四苦八苦していたのが、欲も何もなくなり、悟りの人間となる。おやじは『石になってしまうんだ』と言っていました。 幕が閉まった後に、『かわいそうだな』とお客様に余韻を残すようなやり方です。初代の演出を他の追従を許さないようなものにまで持っていくのが僕のつとめだと思います」(略)
「僕もどうしても、泣かせようとしてしまいます。でもおやじの俊寛を最近ビデオで見返すとそうではない。俊寛に成り切っているというのでしょうか。『自分が身代わりに島に残って、成経と一緒にこの娘を都に行かせたい』という一念だけ。技術的には何もしていないのですが、それが胸に迫る。僕はそれこそ初代吉右衛門の神髄をまねできたということではないかと思う。ちょっと見にはおやじと初代は全然違う。台詞の言い方も違う。ですがそこに一本つながっているものがあるんです」(「俊寛」より)